眠りと夢

2016年8月29日 (月)

眠りと夢・その16 ひたすら眠る

昨日は早朝から道路清掃と公民館掃除の作業があった。普段より二時間以上も早く起床し、作業を終え、そういえば久々に今日は教室に行かない日だったと思い出した。たまっていた録画を観たり、あれこれ雑用を片付け、一息入れて横になったらそのまま昼寝をしてしまった。

夕方になると自治会の集金常会があるので顔を出し、秋祭りの準備の予定を確認し、今度の土曜日に防災訓練があるからできるだけ参加してほしいという担当係の話を聞く。うちに戻ってぼうっとしているうちに眠くなり、大河ドラマの始まる時間の少し前に布団に入ってしまった。途中で何度か目が覚めかけては、また眠りに落ちるということを繰り返し、気がつくと十二時間以上も眠っていた。

普段はその半分くらいの睡眠時間である。日中に少しうつらうつらと仮眠すればそれでスッキリするような睡眠習慣だったのだが、昨日はどうしたわけかむやみと眠かった。これだけ長く眠ったのは久々のような気がする。夢もいくつか違うものを見たように思う。少しだけ覚えているのだが、相変わらず夢の中の展開というのは妙なものが多い。

一つ目は、友人とどこかの旅館に泊まるのだが、浴衣に着替えて旅館の下駄をはいて勝手口のようなところから外へ出て、町をぶらぶらしているうちにそのまま家に帰ってきてしまうという話。旅館に上着やズボンを置きっぱなしだと気がつくと同時に、宿賃を払っていないじゃないかと慌てる。友人の方はどうしたのか分からないが、とりあえず旅館を訪ねて友人の分と一緒に服を受け取ってくるというものである。上着やら何やらの色を覚えているので、色つきの夢だったのだろう。

もう一つも相当に変な夢だ。川幅の広い大きな川の真ん中辺りに、作りかけの高速道路のような構造物がある。ただ、高速道路ではないなと分かるのは、スキーのジャンプ台のように傾斜のついた部分が二カ所あり、その一方の上に立っていると気づいたからだ。真っ白いジャンプ台からどうやら川に飛び込むらしい。してみると、これは新しいタイプの飛び込み台か。係員らしい男から何やら説明を受けているのだが、高所恐怖症の私はそれどころではない。早くここから降りたくてしょうがない。とにかくどうにかして一つ目の飛び込み台から降りることができたのだが、もう一つの飛び込み台のようなところまで上らないと、どうやらこの構造物から出られないらしい。

必死になって上まで登ると少し前までとさほど変わらない高さの台である。先客がいて中学生か高校生か分からないが夏服のセーラー服を着た女の子である。その子も高いところは苦手なようで、顔色が悪い。二人でどうしたものか迷っていると、下の川面にボートが二艘近づいてくる。どうやら、川に飛び込めばそのボートが拾い上げてくれるらしい。しかし、である。小さく見えるボートからして、いま立っているところが相当に高い位置にあることだけは間違いない。とすると、飛び込んだ時の衝撃も相当なものであるはず。早くここから立ち去りたいが、かといって飛び込むのも勇気がいる。さてどうしたものか。迷っているうちに目が醒めた。こちらも色つきの夢だ。

落語では、「夢は五臓の疲れ」ということになっているが、確かに夏の間の疲れがどっと出たのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 1日 (木)

眠りと夢・その15

もうずいぶん書いていなかった「眠りと夢」のシリーズを、ひさびさに一つ。

先日の明け方見た夢に、亡くなった中学時代からの友人が現れた。しばらくぶりに彼の夢を見た気がする。細かいところは忘れてしまったが、はっきりした色の付いた夢だった。

どこだかよく分からない場所、大きな居酒屋の一室のようにも思えるし、納屋のようなだだっ広いところのようにも思える部屋で、その友人と何か話をしていた。なぜか二人ともアルコールではなく、果汁100%と思われるオレンジジュース(おそらくPOMジュース)の入ったグラスを片手にしている。オレンジ色ではなく黄色に近い鮮やかな色の液体は、見るからに濃厚そうだ。それにしても、なぜアルコールではないのだ。しらふで何を延々話していたのか。内容は全く思い出せない。

そこから場面が急に変わって戸外となる。キャンプ場の近くのような、あるいは川原の近くのような雰囲気の場所だ。岩場となっている緩い斜面の途中に立ち、そこから下を見下ろすと、別の友人がその友人を背負って登ってこようとしている。手に登山用のストックのようなものを握って、杖にしている。雨が降った後なのか、岩場は濡れていて足許が滑りやすい。なぜ亡くなった友人が背負われているのか、詳しい事情は分からない。足をくじいたのかもしれない。二人がゆっくりと時間をかけて斜面を登り始めるのだが、途中まで登ったところでストックの先が滑り、バランスを崩した二人は下まで転がり落ちる。思わず、大丈夫かと上から声を掛けるが、二人とも倒れたまま動かない。あわてて駆け降りようとしたところで目が醒めた。

どちらの場面も、どういう意味を持っているのかはまったく分からない。しかし、本当にしばらくぶりで、亡くなった友人と夢で再会した。彼の夢を見ると、目が醒めてからいつも考えてしまう。あの夢で何か伝えようとしてくれていたのだろうか。それにしても、オレンジジュースの入ったグラスがあまりにも鮮やかな色で、目に焼き付いて離れない。

そういえば、今年の春の彼岸には墓参りするのを忘れていた。お盆のときにはちゃんと来てくれよな。そういうメッセージなのかもしれない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月15日 (日)

眠りと夢・その14

この前の明け方、妙な夢を見て目が覚めてしまった。起きてからしばらく変な気分が続く夢だった。一年数カ月ぶりとなるが「眠りと夢」の記事として書き留めておこうと思う。

通り慣れた近所の道を自宅へ向かって車を走らせている。道路には砂利の固まりやら穴ぼこがあちこちにあり、ずいぶん走りにくい。二十数年前に今の場所に引っ越すまで住んでいた家の近くにさしかかり、思わず左へハンドルを切って細い小道に入ろうとしてあわててブレーキをかけた。下っていく道の先が水浸しである。

現実であればそのような状況なら家には帰り着けない可能性が高いのだが、どこをどう通ったのか自宅までたどり着くことができた。現在住んでいるところとほとんど同じ風景であるが、この自宅付近の水はすっかり引いている。家の壁の一部にここまで水が上がったと分かる線が残っているので、少し前まで水があふれていたのだとは思うが、その割にはいつもと変わらない様子である。家の中に入ってみるが誰もいない。中へは浸水しなかったようで、どこも何ともない。どうなっているのかといぶかりながらまた外へと回ってみる。隣家との間にある道路の上に雨よけの屋根のようなものが張り出していて、そこだけ現実の自宅とは違っている。

夢の中ではあるものの、ふとパラレルワールドに紛れ込んだような気持ちになってしまった。目の前にみえる風景はほとんど現実の風景と変わらない。近所の並びも同じである。けれどもここは「よく似ているけれど違うどこか」なのだという感覚が強く迫ってきた。

隣近所の家にも車が停まっているのに、なぜか人の気配がしない。それは自分の家も同様だ。家族が誰一人そこにいない。なぜ誰もいないのだろう。自分一人だけ取り残されてしまったような少しわびしい気持ちと、いやいやこれは自分のいる世界とは別の世界の中なのだと冷静に考える気持ちが入り混じり、何とも妙な気分だった。

目が覚めてぼんやりした頭でとりとめもなく夢の光景を反芻する。福島の原発事故が起きて汚染されてしまった東日本に住んでいることが今更ながら非現実的なことのように思えた。もしかすると東日本大震災が起きても福島の原発事故が起きなかった世界や、東日本大震災も原発事故も起きなかった世界というのもあり得たのかもしれない。パラレルワールドのどこかでは平々凡々と変わらない日々を続けている自分がいるのかもしれない。そんな妙な考えがどっかりと居座ってしまい、少し気が重くなった。

しかし、私たちが実際にいるのは、まぎれもなく東日本大震災が起き福島の原発事故が起きてしまった世界である。それ以上でもそれ以下でもない。

これからこの国はどうなっていくのか。ひとえにそれは、この国に住む人々の選択にかかっている。どういう社会を望むのか。そのために自分がどう関わるのか。選択と指向の中に未来の姿が立ち現れてくる。一人一人の考えが問われる局面に差しかかっているのではないか。過去は変えられなくても、未来は選びとることができる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 6日 (月)

眠りと夢・その13

久々に妙な夢を見た。明け方の夢であったが思わず目が覚めてしまい、一瞬現実なのか夢なのか区別がつかず、ぼんやりとしてしまった。

授業をしているのか、それとも全く仕事とは関係のない場面なのか、例によって唐突に始まったように思える部分からしか記憶がないのではっきりしない。高校生かあるいはもっと上くらいの若い人たちが数人目の前にいる。何の話をしていたのか、どういうやり取りがあったのかは分からないが、私が彼らに向かって話しているときに、彼らはこちらの言うことをほとんど聞いていなかった。

思わずカッとなってしまい、「人が真剣に話をしているときには真剣に聞け。いい加減に聞き流すんじゃない」と叱りとばしていた。その途端に目が覚めた。動悸が速くなっている。怒りの気持ちだけが宙に浮いてる。

そういえばこんなふうに怒ったり、叱りとばしたことが最近なかったなとぼんやりした頭で考える。日頃、家族以外の人間からは、温厚な人物で滅多に怒らないように見られることが多い。しかし実際の私は短気である。家族はよく知っているが、私は肚を立てやすい。しかもどうでもいいような、ささいな事に対して肚が立つことが多いので、私自身内心、「これでは『小言幸兵衛』じゃないか」と思っている。

夢の中で若い人たちに向かって言っていた科白には心当たりがある。たぶん宮台真司氏の『日本の難点』の中に引用されていた重松清さんの小説の登場人物が言った言葉とほぼ同じだ。全身全霊をこめて叱っている場面だったはずだが、原文を読んでいないので確かではない。

単なる怒りはそのときの感情を吐き出しているにすぎないが、叱ることは別である。叱ることによって相手にあるメッセージを伝えることを目的としている。だから叱り方は難しい。一方的に感情をまき散らすだけの怒りの方が当方にとってはスッキリする。

最近真剣に叱る機会がほとんどなくなってしまった。年を取ってこちらも体力や気力が落ちていることもあるのだが、生徒が平均的に「よい子」になってしまったということもある。特に塾に通ってくるような生徒は、基本的に素直な生徒が多い。そういうことでは非現実的な夢なのだが、どこかに全身全霊で叱ることへの郷愁みたいなものがあるから、こんな夢を見たりするのだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月28日 (木)

眠りと夢・その12

同床異夢という言葉がある。比喩的な意味で使われることが多いが、一緒に眠っていても夢は別々というのは常識的に理解できる。これが「異床同夢」だと、そんなことってあるんだろうかという珍しい話になる。上方落語には、この異床同夢とでも呼ぶべき夢の噺がある。「土橋万歳」という噺である。

遊蕩が過ぎて丁稚の定吉を見張りにつけられた若旦那は、離れで思案する。なんとか丁稚の定吉を言いくるめて遊びに抜け出せないか。鮨の土産やら小遣いやらをエサに定吉をうまく丸め込み、若旦那は遊びに出かける。

ところが、この定吉が番頭に呼び出される。番頭が大旦那の代わりに葬列に出ることになったのだが、荷物持ちに小柄な丁稚の亀吉を連れていったのでは、荷物ばかりが歩いているように見えて具合が悪い。そこで定吉を供にして、若旦那の見張りを亀吉に交替させようということになる。

葬列が無事終わり、番頭は定吉にカマを掛ける。定吉はうかうかと誘導尋問にひっかかり、若旦那はどこそこのお店に上がっているはずと言ってしまう。そうか、じゃあお前先に店に帰って番頭は少し遅れますと伝えておけ。番頭はそのように命じて定吉を店に帰す。

定吉から聞き出した店まで来ると、若旦那の遊び仲間の名前をかたって呼び出そうとするが、逆に座敷に上げられてしまう。番頭だと分かった若旦那は露骨にいやみを言う。しかし番頭も引き下がらない。これでは身代が保てませんと諫めようとする。

若旦那は腹を立て、帰れ帰れと番頭を階段から突き落とす。下まで転がり落ちた番頭は肩をがっくりと落として店から立ち去る。一方、番頭を追い返してさんざん飲み食いした若旦那は、席を変えて遊び直そうじゃないかと、幇間やら芸者やらを引き連れて、ぞろぞろと土橋の近くまでにぎやかにやってくる。

そこへにわかに追い剥ぎが現れる。幇間や芸者はみな逃げ出すが、残った若旦那が金か着物かと訊ねると、追い剥ぎが妙な要求をする。「今後一切茶屋遊びはやめていただきたい」番頭の茶番であった。

これにまた腹を立てた若旦那は、番頭を悪しざまにののしり雪駄で頭を何度も叩く。がまんしかねた番頭は、葬列に加わるために差していた小刀を抜いて若旦那に斬りかかる。

うーんとうなっている若旦那を定吉が揺り起こす。「ここはどこじゃ?土橋は?番頭は?」と寝ぼける若旦那に定吉は「ここは離れの座敷ですがな」と答える。番頭を呼んできてくれと若旦那からたのまれた定吉が帳場に来てみると、番頭もうとうとしながらうーんとうなっている。定吉が声を掛けると「ここはどこじゃ?土橋は?若旦那は?」と言う。番頭が離れに来て若旦那と話してみると二人とも全く同じ夢を見ていたのであった。

夢でよかったという夢オチであるが、全く同じ夢を別々に見るというのが面白い噺である。噺の大筋は三代目桂米朝師匠が演じたもの。興味のある方は、一度お聴きになってみてはいかがか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 7日 (火)

眠りと夢・その11

夢で問題の解決を示されたり、自分の進むべき道を示唆されたりするということは、昔からよくあったのだと思う。いわゆる霊夢と言われる夢である。自分ではどうしても解決できない壁にぶつかっている時、夢に観音様やら何やらが現れて何々するがよいと教えてくれる。

私が住んでいる北上市には奥寺八左衛門という南部藩士が指揮して完成させた奥寺堰という用水路がある。支流の和賀川から上水し本流の北上川に戻す用水が、三百年以上前の江戸初期に作られたのだが、正確な土木技術がなかった頃でもあり、最初に水を引こうとした堰は通水しなかった。解決策も見あたらず八方ふさがりに思われたのだが、ある晩、八左衛門が見た夢にお告げがあり、明朝の暁方白い狐の足跡をたどって西山の麓までいけば、連理の枝を持つ木があるからその付近を掘れという。夢のお告げ通り連理の枝を持つ木を見つけ、水を引く場所を発見する。

この伝承は、単に伝承として斥けるべきものなのかどうか私には分からない。しかし、奥寺八左衛門が用水堰工事の無事を願って勧請した大神宮の御神体として、この連理の枝が納められた。現在は天照御祖神社(通称伊勢神社)と呼ばれており、私の自宅から歩いて五分ほどの所にある。同じ自治会のメンバーである宮司さんに訊いてみると、確かに連理の枝が御神体であるという。

狐で思い出したのが落語の「御神酒徳利」。ひょんなことから、にわか易者にまつり上げられてしまった番頭が、大阪の大家のお嬢さんの病を占ってほしいと頼まれる。もともと易者でも何でもないのだから、易など出来るわけがない。さて困ったなと横になって見た夢に稲荷大明神が現れる。この稲荷大明神のお告げ通り、障りとなっていた仏像が土中からみつかり、お嬢さんの病も癒えて万々歳という噺である。

この噺での稲荷大明神は、にわか易者の番頭が大阪へ案内される途中の宿場町で、お稲荷さんのせいにして問題を解決したという伏線があって登場してくる。祟りをなすほどの稲荷だから霊験あらたかだろうと参拝客が増え、稲荷の位階も正一位に昇り、その礼に夢枕に立ったのだという。

進退窮まったときに夢という形で訪れる救済という物語には、何か心引かれるものがある。ポイントは、もうどうにもできない所まで追い込まれているという所だと思う。人事を尽くした上に訪れる天啓だから意味があるのだと思う。「御神酒徳利」の噺ではそれほど人事を尽くしている番頭ではないが、それでも困り切った状態であるのは変わりがない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月21日 (水)

眠りと夢・その10

眠っているときに夢を見ている時間は、相当短いらしいと聞いたことがある。聞いた話なので、真偽のほどは分からない。めくるめく展開の長い夢を見たとしても、実際に見ている時間はそれほどでもないかもしれないというのは面白い。時間の長さが主観的なものに左右されるという例の一つになるのだろう。よく言われるように、楽しい時間は短く、苦しい時間は長いというあれである。

一晩のなかで見る夢も実は、いくつかあるらしいのだが、目が醒めた時点で忘れているものが多いので夢を見たということすら覚えていないということはよくある。寝ている人を傍から見ていて、寝言やらニヤニヤ笑いやら、しかめ面やらをするので何か夢を見ているのだろうなと思っても、寝ていた当人が目を覚ましてから訊ねてみると何も覚えていないことが多かったりする。

上方落語の「天狗裁き」もそういう噺である。

ある男が長屋で昼寝をしている。おカミさんが見ていると、ニヤニヤ笑ったかと思うと眉にしわを寄せて難しい顔になったりとまことに忙しい。うんうんうなされたかと思うとまたニヤニヤしたりしているので、おカミさんはよほど面白い夢を見ているにちがいないと思い込む。

目が醒めた男に、どんな夢を見ていたのかと訊ねるが、亭主のほうは全く覚えていない。夢など見ていないと答えると、女房のほうは、わたしに話せないような夢を見ていたから教えないんでしょうとやきもちを焼く。教えるも教えないも、見ていない夢の話はできないと男はくり返すが女房は納得せず、大声の夫婦喧嘩になってしまう。

そこへ隣の徳さんという男がやってきて事情を尋ねる。まあまあそうカッカせずにと女房を制して、徳さんは亭主のほうに「カミさんに話せないような夢でも友だちのわしには話せるやろ」と水を向ける。ところが夢を見た覚えがない亭主は話せない。業を煮やした徳さんは、お前とは絶交やと騒ぐ。

この騒ぎを聞きつけたのが家主の幸兵衛さん。「仲裁は時の氏神」というくらいだから、まずはわしの言うことを聞いて、喧嘩はやめなさいと両者を分ける。徳さんが帰ってしまうと家主は、「で、どないな夢をみたんや」と男に訊ねる。しかし見ていない夢を話すことはできないので、男は見ていないと伝える。わしは家主やぞ、町役人や、それに逆らうとはふとどきな。というわけで御奉行所へ訴えられてしまう。

御奉行さんは家主の話を聞いて、ばからしい訴えであると却下する。お裁きを下した後に、「ああ、これこれ。その方はしばし残れ」と男だけ御白州に残す。何だろうと思ったら「この奉行にだけ、どのような夢であったか語れ」というご命令。見ていない夢は語れませんと男が答えると、御奉行さんは「ええい、強情なやつじゃ。かくなる上は語ると言うまで木につるしておけ」と下役に命じる。

木につり下げられてうんうんうなっているとバサバサッと音がして、誰かが男を助けて連れ去る。誰だろうと思うと鞍馬山の大天狗であった。「公正な裁きをせねばならぬ町奉行が町人を苦しめるとは不届き千万。この鞍馬山の大天狗が助けてやったのじゃ。して、なにゆえつるされておった」この問いかけに事情を話すと、「ほう、そうか。で、どんな夢だったのじゃ。わしにだけ語れ」という展開となる。サゲは伏せておくものの、雪だるま式に話が大きくなっていくさまは、まるで筒井康隆の小説である。

江戸前の落語に出てくる夢の噺には、こういうタイプのナンセンスなものは少ないのではないか。江戸の落語ではストーリー性が勝ってしまうのかもしれないが、上方落語のようなナンセンスな笑いも楽しいものである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月23日 (日)

眠りと夢・その9

中学時代からの友人が久々に夢に現れた。亡くなってだいぶ時間が経つのだが、ときどき思い出したように夢に出てくる。

今回は何やら一緒に仕事をしている。あるいは何かの企画を相談しているようでもあるが、いずことも分からない場所の一室にいる。部屋の中は明るい。外の光がよく入る、こざっぱりした事務室という趣の部屋だ。

中央部に四つほど寄せてあるスチールデスクの上に、友人は何やら図面を広げる。相変わらずプカプカ煙草が途切れない。おいおい、この部屋は禁煙じゃあないのかと声を掛けると、そうだっけととぼけた様子。何の企画でそこにいるのか、あるいは何かの仕事の準備なのか不明なまま雑談を続ける。その中味はほとんど覚えていない。

おい、また腹が出てきたみたいだな?そう話しかけると、お腹をさすりながら、ああ、なかなか痩せなくてね、と友人が答える。窓の外はハレーションを起こしたように白茶けて様子がよく分からない。ただ、部屋の中は明るい。寒くもなく暑くもなく、適度な室温だ。妙に居心地がいい。

友人は笑いながらしきりに何か話しかけてくる。残念ながら、何を言っていたのか覚えていない。何かを忠告してくれているようにも感じた。ただし、いつもの調子で冗談めかして言っているので笑いながらの話になっているようだ。何だか分からないが、私はその忠告をありがたく受け取る。

友人が煙の出ている煙草を手にしたまま、窓際に歩み寄る。ハレーションが起きる。友人の姿が白茶けた光の中に見えなくなる。そこで夢が途切れて目が醒めた。

元気だったころ、不意にやってきて世間話をして帰っていったことが何度かあったが、なんだかあのころのことのように錯覚してしまった。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 2日 (日)

眠りと夢番外編・日曜の午睡

今日は授業はないのだが、教室に来てゆっくりしていた。風が少し強いけれど天気がよくポカポカと暖かいので、椅子に座ったまま少しウトウトしているうちに本格的に眠くなってしまった。ソファーとかがないので、パイプ椅子を数脚並べてごろりと横になるとすぐ寝入ってしまった。

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。ふと時計を見ると二時間近く経っている。なんだか切ない夢を見て目が醒めてしまった。よく分からないが、初夏の公園のようなところを一人で歩いている。日差しが強くなってきて汗ばむくらいだ。公園は上り下りの多い、坂道だらけなのだが、日当たりのよい斜面に大勢の人が憩っている。その人々の脇をすり抜け、公園から外へ抜ける細い道へと歩き続ける。

いつの間にか両側に古い土蔵のような建物が建ち並び、日差しが遮られ陰になったところを通り抜ける。なぜかその先に「わが家」があると感じる。何段かの石段を下りようとしたとき、小さな男の子が視界を横切って駆けていく。「息子」だ。小学生の低学年か、あるいはまだ幼稚園のころだろうか、それくらいの年頃の姿をしている。「息子」は私に気付いて立ち止まり、笑顔を見せる。なぜだか分からないが、胸が締めつけられるような気持ちになった。

「息子」は何か言って走り出す。何と言ったのか聞き取れない。石段を下り、「息子」が走り去った先を見ると、大きな蔵の扉が外側へ開かれていて、中で子どもたちが遊んでいる。照明をたくさんつけているのかやたらに蔵の中が明るく見える。「息子」は友だちの一人を見つけて駆け寄っていく。私はその様子を石畳に立ちつくしてぼんやりと眺めている。そこで目が醒めた。

ぷっつりと途切れるような夢だった。目が醒めてなんだか切ない感じだけが残った。現実には息子は中学生で、今日はソフトテニスの大会があって出かけている。カミさんが父母会の役員の一人でもあるので、ほとんど任せきりでめったに試合を見に行ったことがない。後でビデオを見せてもらうのがせいぜいだ。そういう後ろめたさが夢で形を変えて現れたのか。

日頃、息子とは割合あっさりした付き合いしかしていない。息子の人生は息子のものだから、やりたいことが見つかったらそれに向けて自分で歩き出してくれたらいいなと思ってはいるが、だからといってあまりああだこうだと言うことはない。父親と息子の間柄というのはそんなものだろうというくらいにしか考えていなかった。

ところがこんなふうに不意打ちのように、幼い頃の姿の息子が夢の中に現れると、なぜか切ない気持ちになる。これは一体何なのだろう。普段そんなふうに強く思ったことはないのに、やはりわが子はかわいい、ということなのか。帰って試合の様子でも聞かせてもらおうかと思っている。息子の方では面倒くさがるかもしれないが。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月24日 (土)

眠りと夢・その8

このところ眠りが滅茶苦茶である。春眠暁を覚えずというが、睡眠時間が一定していない。短かったり長すぎたり、したがって目覚めもスッキリしない。夢も見ているのだろうが、一つも覚えていない。おとといの朝の夢の痕跡が微かに残っているように思っていたが、すでにそれも消えてしまった。

「眠りと夢」のシリーズなのに、夢の話が出てこない。そう思っていたが、今朝見た夢が少しだけ残っていたので、書いてみようと思う。これまでにあまりなかった状況設定の夢だったので、目が醒めてから面白く感じた。

なぜか分からないが、私はドキュメンタリーのレポーターになって取材をしているようだ。テレビ取材のクルーも一緒である。場所がよく分からない。南米のようにも思えるが、それにしては近所の風景とあまり変わりがないような、つまり湿度とか気温とかいった皮膚感覚に訴えてくるものがない場所である。もちろん夢の中だからそうなのだろう。

そのどこかの場所に何を取材しにやってきたのか。これがまたあいまいだが、どうやら移民として故郷を離れ、一度も日本へ帰っていない方々のようだ。それなのにどういうわけか高齢者が少ない。まあ、夢の中だからなあ。

その方々の親兄弟、親類縁者から託された写真や手紙やメッセージを私は一人一人に手渡している。といっても、一箇所に大勢集まっているわけではなく、一人一人住所を頼りに尋ね歩いているという感じなのだ。先ほど書いたようにテレビクルーが一緒である。

取材対象者の一人は、なぜか大阪の叔母に似ていたりする。木の杭に有刺鉄線が張り巡らしてある牧場の外の道路端で、預かってきた写真を渡し取材を始めようと思ったが、その人は取材されたくないらしい。取材されたくないらしいのだが、私の左後方にいるテレビカメラは遠慮なく撮影を続けている。ディレクターの指示なのだろうか。取材されたくない事情をよかったら聞かせてください、そう言う前にカメラが回り始めたので、ちょっと違うだろ、まだ撮影の同意をとってないよと振り返ろうとしたところで目が醒めた。

夢の中だからではあるのだが、妙なことにモニター映像のように取材場面の映像がところどころで入ってくる。インタビューの様子をモニターでも眺めるように見ているので、カメラがどの位置から撮影していたのかつかめた。

それにしても…、である。睡眠時間もメチャメチャなのだが、夢もわけが分からない。まあ、このわけの分からなさが夢のいいところかもしれない。夢の中だからあり得る不合理さや矛盾した行動が、なにかバランスを取ってくれているような気がする。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧