時事

2017年6月16日 (金)

詮ない事ではあるが・続き

参議院は「良識の府」ではなかったか。二院制は、慎重な審議を行うためのしくみで、法律案は国民に与える影響が大きいため衆参両議院の議決が異なる場合は、衆議院での再可決を要する。こんなふうに中学の「公民」では習う。

「共謀罪」は、委員会審議を打ち切り、委員会での採決をせず、「中間報告」による本会議直接採決で成立した。これが「慎重な審議」と言えるのだろうか。「良識の府」である参議院のとるべき姿なのだろうか。多くの疑義に答えることこそが必要なことであるはずだが、なぜそれほど成立を急がなければならないのか。

しかし、こういった強引な国会運営がなされるであろうことは、安倍政権が衆参両院で過半数を占めた時点で予想されていたことでもあった。実質的には有権者の25%程度の支持しか得ていない政権が両院の過半数を占めている。以前に何度か取り上げたように、投票率が低いからだ。それと衆議院の小選挙区制が党執行部に逆らえない風潮を作り出していることも大きい。本来、自民党は幅の広さが売りであったはずだが、いつの間にか共産党と変わらないほど、執行部絶対の議員が多数派の党になってしまったようだ。

小選挙区制がすぐには改まらないとしても、少なくとも投票率が上がれば選挙結果は大きく動いたはずだ。この低投票率が諸悪の根源なのかもしれない。有権者の四人に一人しか支持していない政権であっても、両院で過半数を占めていれば何でもできる。このまま、もうじき本丸の憲法改正へと進んでいくのだろう。

現政権には、議会制民主主義を守るという考えがないのではないか。あるいは形だけ議会制民主主義に見えるよう整えようという考えか。両院とも過半数を抑えているんだから、国会審議なんて形式的なものにすぎず、自分たちが好きなように法案を決めていくことができる。文句を言う奴はどんどん「排除」していく。答えたくない質問には答えない。「印象操作」と「人格攻撃」で、不都合な人間を社会的に消していく。

このような政治を何と言うか。「圧政」という二文字以外の言葉が浮かんでこない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月15日 (木)

詮ない事ではあるが

「共謀罪」が国会で成立した。実行行為なしでも処罰できるという法律は、これからどのように運用されていくのだろう。

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案
 (組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正)

(中略)

  第六条の次に次の一条を加える。

  (テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

 第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

  一 別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 五年以下の懲役又は禁錮

  二 別表第四に掲げる罪のうち、長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 二年以下の懲役又は禁錮

 2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者も、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、同項と同様とする。

(後略)

「テロリズム集団その他の組織犯罪集団」とあるが、「別表第三」に掲げる罪を実行することを共同の目的として結合されたものが「組織的犯罪集団」ということになる。その「別表第三」だが、長すぎるので省略する(詳しくはこちら、ページの真ん中あたり)。しかし、「別表第三」の中の

五十五 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第百十九条第一項又は第二項(著作権等の侵害等)の罪

を実行することを共同の目的とし結合関係の基礎とした集団が「組織的犯罪集団」と認定されることになると、さまざまな表現の分野で、著作権侵害を恐れて自主規制が広がりそうな気がする。また「別表第四」には、気になる一節がある。

五 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法第四条第一項(偽証)の罪

とあるのだが、その「〜刑事特別法第四条第一項」とは、「第四条  合衆国軍事裁判所の手続に従つて宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。」というもの。これって例えば沖縄の高江のヘリパッドの建設に抗議している住民たちとかを念頭に置いているってこと?

政府内閣は東京オリンピックに向けてテロ対策の強化が必要と強調するが、それならば「テロリズム集団」と限定すれば済むはずだ。それを「その他の組織犯罪集団」とし、しかもその定義に要する共同目的の犯罪がやたらに多い(ニュース等では277となっている)のでは、拡大解釈による恣意的運用を危ぶまれても仕方がないだろう。「テロリズム集団」以外の集団こそが処罰対象の本命なのではないかと疑わしくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月25日 (月)

7月22日の亀裂

先週の金曜日、ポケモンGOの日本版配信が始まった。その日の報道はポケモンGO一色と言ってもよいお祭り騒ぎだった。官房長官が定例会見で安全を呼びかけたということも報じられた。国民の生活に関係することだから、官房長官が記者会見でゲームの利用のしかたに注意を喚起しても不思議ではないかもしれない。

同じ日の沖縄県、高江のヘリパッド(米軍のヘリコプター発着場)建設予定地では、入り口に反対派の置いていた二台の車を、約500人の機動隊員が強制排除した。フリーランスのジャーナリストがその様子を詳細に伝えている(こちらこちら )。これを「暴力的」な排除と呼ばずして何と言うのだろう。

しかし、この沖縄の高江の強制排除の模様は、マスコミでは大きく取り上げられらなかった。ポケモンGOの日本版配信が、強制排除の日と重なったのは偶然かもしれない。あるいは意図的な誰かの演出だったのかもしれない。それは分からないことだから、あれこれ詮索しても始まらない。ただ、この22日の社会のあり方は、そこに大きな亀裂があることを私たちの目の前に示している。

スマホを使った位置ゲームに過ぎないじゃないかといえばそれまでだが、リアルな現実空間の中でゲームを展開していくことが面白いだろうということは理解できる。歩きスマホや不法侵入や危ない場所への立ち入りなど、懸念されていることがらもあるけれど、没入する人が増えてくるのも分からないわけではない。しかしそれでも、それは所詮「ゲーム」でしかない。

一方の沖縄の高江の出来事は、現実に人がこづかれたり蹴られたりして、「権力」の行使のされ方が目に見える形になったものだ。沖縄の人びとの意思より、米軍との関係を重視する(安全保障条約をもとにした対米従属がある以上、他の選択肢はないと思われているからだろうが)現政権の立っている所を明瞭に示したものである。

この同じ日の二つの出来事が、一方はお祭り騒ぎの浮かれ樣で報じられ、一方は片隅にちょっと触れられただけ。バランスが悪すぎる。ポケモンGOにハマっている人には、沖縄の高江のヘリパッド問題は見えないのだろうし、ハマっていない人でも、報じられなければ高江のことを知らないまま「ポケモンGOってゲームが流行ってるんだってねえ」ということで終わりだろう。

いっそのこと、沖縄の高江のヘリパッド建設予定地にレアなモンスターが出没するということにしたらどうだろう。不法侵入するゲーマーが後をたたず、連日強制的に排除されるというニュースが飛び交うようにでもなれば、少しは人びとの目が高江に向くかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月13日 (水)

のど元すぎれば

参院選の結果が出てしまうと、とたんにマスコミの話題は都知事選へと移っている。マスコミは最新の話題と情報にはとびつくが、すでに大勢の決まってしまったものは新たな動きが出てこない限り取り上げない。

一方、研究者や学問の世界は、一定の時間が経過してカラカラに干からびてからでないと取り上げない。学問的な対象になるものは、事実関係が固定し評価を下せるようになったものだけだからだ。切れば血が出るような生々しいものは、その対象として不適切だとされる。

その中間を担う調査報道を主とするジャーナリストが、日本では少なすぎるのではないか。あるいは、存在していても仕事がしにくい、ということなのか。海外に目を向けると、アメリカでもどこでも、単独あるいは少人数で深いところまで取材している調査報道専門のジャーナリストが存在している。企業ジャーナリズムではなくフリーランスのジャーナリストがもっと評価されるような環境になれば別だろうが、日本ではなかなか難しいようだ。

そういった状況が何をもたらすかと言えば、大手マスコミによる「情報操作」である。おそらく大手マスコミには「情報操作」をしているという意識はないのかもしれない。しかし、常に新しい話題にとびつき、反響があればさらに煽り、どうでもいいような話題をことさら大きく取り上げることは、結果的により重大な問題から人びとの目をそらすことになる。意図的ではなくても、これを「情報操作」と呼ばず何と呼ぶのだろう。

参院選後の最重要事項は、現政権がいつ憲法改正に着手し、その改憲案がどのようなものになるかということであるはずだが、現時点の話題の中心は都知事選である。都知事選が関心事となるのは東京都民にとってであり、それ以外の道府県に住む人間には直接関わりがない。しかし、都知事選の結果はオリンピックに大きく影響する。それに連なる建設利権や広告利権、放送利権などを考えれば、政界、財界、マスコミ業界にとっては最も注目すべき話題である。

ということで都知事選が終わるまでは、しばらくの間それ一色になるのだろう。しかし、大手マスコミが取り上げないからといって問題がなくなってしまったわけではない。大手マスコミに取り上げられない問題にこそ、我々の暮らしに直結した重要なものがいくつもある。お祭り騒ぎに乗せられてしまわないように、のど元過ぎても熱さを忘れずにいたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月12日 (火)

「無風選挙」と言うけれど

すでに結果が出てしまった後の選挙についてあれこれ言っても、「六日のあやめ、十日の菊」で詮ないことではある。議員は選挙に落ちれば「ただの人」だし、何を言っても愚痴かぼやきにしかならないだろう。しかし、今回の参院選の結果が出るまでの過程を振り返ることは、有権者である我々にとっても意味のないことではない。

大勢が決まってまもないころのある選挙報道で、ある解説者が「今回の参院選は、追い風となる争点がなく『無風選挙』だったと言えるのではないでしょうか」といった趣旨の発言をした。「無風選挙」?それはマスコミが取り上げなかったからではないか。政権与党は、改憲という選挙後の主要関心事にひとことも触れず、公約にも入れなかった。しかし、野党共闘が指摘していたように、選挙で必要な議席を獲得すれば、その後改憲に向けた作業が始まるのは明らかなことではなかったのか。民意は政権与党を支持している、というお決まりのフレーズを振りかざして。

政権与党が何を目指しているのか、参院選が始まる以前から問題点は数々指摘されていた。ただ、それをマスコミが大きく取り上げなかった。野党共闘が、改憲阻止・安保法制廃止を全面に選挙運動をくり広げても、それを争点と意識させる報道はなかった。政権与党が言うように経済と景気に人びとの目を向けさせておくことに、マスコミもひと役買っている。「無風選挙」は、意図的に「無風」にされたのではないか。マスコミが煽れば、逆に野党共闘に「追い風」が吹いたことだろう。

なぜ「追い風」ではなく「無風」か。それがマスコミの状勢判断ということだろう。選挙後に政権からにらまれないポジションを確保する。身も蓋もない話だが、今のマスコミに反骨や権力に拮抗する気概を求めるのは無理だろう。誰しもわが身がかわいい訳だから、保身に走る心理は分からなくもない。しかし、報道が権力に擦り寄ってどうするのだ。明治の昔から、御用記事を書く御用新聞は存在していたが、それは政府批判を果敢にくり広げる在野の新聞社が多かったからだ。

戦う気力のないマスコミが「無風選挙」でしたね、と総括をしても、あいさつに困る代物でしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月11日 (月)

投票率が低すぎる…

参院選は事前の予想のとおり、自民・公明におおさか維新などの改憲勢力を合わせると3分の2を越える結果となった。その事についての驚きはない。予想のとおりだったという感想しかないが、それにしても投票率が低すぎる。今朝の新聞では54%と出ていたが、要するに有権者の二人に一人は投票していないということだ。

憲法改正が安倍政権のねらいであるということが報じられても、関心を持たない人は持たないということの結果だろう。そして、投票率がこれだけ低いことをマスコミは大きく取り上げない。改憲勢力が参議院でも3分の2を越えたことしか大々的に報じられない。一人区で野党共闘が善戦したとはいえ、有権者の目を国政に向けて大きく動かすところまで至らなかった。結局、勝てば官軍式のなりゆきで、投票率が低かろうと何であろうと、この政権が続いていくという前提でしか報道がされていない。

これが日本の現状ですよ、と言われれば確かにそうなのだ。二人に一人しか投票に行かない。選挙の結果がどうであろうと自分の暮らしには関係がないと思っている。そして、自分に火の粉が振りかかるようになって初めて「こんな状態に誰がした」と騒ぎ出す。「こんな状態」になる前に、自分たちが選択しなければならなかったのだ。権利を放棄した以上、結果に不満を言ってもはじまらない。

投票率が低い国政選挙をみるたびに、これが日本の民度なのだとがっかりする。が、やむを得ない。お任せして文句だけ言うという一番ラクな位置にいたい人が多い、そういうことなのだろう。自分の問題として引き受けて考えたり、意見を交換したりするのが面倒だから、丸投げしてしまう。そんなにヒドイことにはならないだろうし、それよりも明日のおまんまのほうが大事だ。どうせ、誰がやっても大して変わりないんだし。

これまではそうだったかもしれない。しかし、今回の参院選は歴史的な転回点となるかもしれない。これまで70年以上まがりなりにも行なわれてきた立憲主義的、民主主義的社会が終わることになるきっかけの選挙だった。そのように後世の歴史家が評価するかもしれない。ちょうど、昭和六、七年が軍部を中心とした国家改造へと動き始めた画期だったように、ここから重苦しい時代に突入していくのではないか。

参院選の投票に行かなかった人は、そのことを心底後悔する日がまもなくやってくると思っていたほうがいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 6日 (水)

参院選後に待ち受けているもの

参院選投票日まで一週間を切ってしまった。さまざまな予測で、どうやら自民・公明・おおさか維新を合わせると改憲勢力が3分の2を越えるのではないかという。

さて、実際にそうなったらどうなるのか。自民党は改憲を選挙の争点に挙げず、本来の意図を隠したまま参院選に臨んでいる。前回の衆院選のとき、ひとことも公約に掲げていなかったのに、安保法制や秘密保護法を選挙後の国会で通してしまったことを考えれば、何が起きるか見当がつく。

あちこちで指摘されているように、まず緊急事態条項を新しく付け加えるところから始めるのだろう。緊急事態条項とは何か。2012年の自民党改憲草案を見てみよう。こちらのサイトにまとめられた現行憲法との対照表がわかりやすいので、詳細はそちらを見ていただくとして、改憲草案の第九十八条・第九十九条が緊急事態に触れている。

(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続 する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言 を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

(自民党改憲草案 2012年版より)

この第九十九条の第1項が問題である。「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」って、どうみてもこれはナチスドイツの「全権委任法」ではないか。緊急事態を宣言してしまえば、政令一つで何でもできてしまう。国会の承認は「事後」である。

この緊急事態条項の新設を、臨時国会で年内にも議題に取り上げ、あっという間に国会発議という話に持っていくのではないか。初めての国民投票となった場合、果たしてその国民投票が民意を正しく反映するのかどうか。イギリスのEU離脱を巡る国民投票の様子を見ていると、うすら寒い気持ちになってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 3日 (日)

想像力の不足

日常の雑事に追われていると、そこから遠い政治の話や大局的な話はピンとこなくなる。憲法改正よりも明日のおまんまのほうが重大な問題だ。どの政党が政権を取ろうと、自分たち一般大衆には関係のない話で、それよりももらえる給料の額が上がるのか下がるのかのほうが大事だ。現実的にものを考えたら、そうなのかもしれない。

しかし、実際に憲法が変えられて、基本的人権も国民主権も平和主義もなしということになったらどうだろう。黙ってお上の言うことを聞いていればいいんだ、まちがってもお上に逆らおうなんて不埒なことを考えるんじゃない。そういう世の中になっても、まだ自分たちに関係ないと言い切れるのだろうか。

生活に追われて、その日その日を送るので手一杯だという人が、政治に関心を持てなくなるのは分からなくもない。けれども、生活に追われて大変だからこそ、暮らしに直結している政治へと目を向けることが必要なのだ。消費税の税率にしろ、高校や大学の学費にしろ、労働時間や賃金にしろ、日常のありとあらゆる事は法令により定まっているのであり、法令に基づいて制度が運用されている。その法令を定めているのが政治だ。

だから、政治は自分たちとは縁のない遠い世界の話なのではなく、毎日の暮らしのこまごましたことがら全てに関係のある話なのだ。この法律が成立したらどういうことになるのか、憲法がこのように変えられてしまったらどういう事態が起きるのか、ちょっとだけ想像力を働かせてみることが必要だ。

そうしないと、自分たちの好きなようにしたい人たちが、好き勝手にあれこれ決めてしまうことを止められなくなってしまう。私たち一人ひとりに与えられている「主権者」としての権利とは、そういう人びとに好き勝手にさせないための権利でもある。私たちの望んでいるものとは違うものを行おうとしている人びとに、きちんと「否」をつきつけなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月28日 (火)

「この道を。力強く、前へ。」行くと、どこへ行くのですか?

参院選の自民党ポスターをあちこちで見かける。「この道を。力強く、前へ。」と大きく書かれたスローガンを目にすると、「…行くと、どこへ行くのですか」ですか?と反射的にツッコミを入れたくなる。「美しい(戦前の)日本」ですか?社会保障を切捨てて大企業優遇の社会ですか?社会保障費を削って防衛予算の増額ですか?憲法を改正して、国民の基本的人権を制限するのですか?

などなど、さまざまな疑問が浮かんでくる。同じように疑問を持っている人はたくさんいるようで、このところツイッターで話題になっているハッシュタグがあるそうだ。「#自民党に質問」というのがそれで、NAVERまとめもできている。ツイッターでタイムラインを眺めていると後から後からツイートが続き、一つひとつのツイートがおもしろい。

この「#自民党に質問」のハッシュタグがついたツイートを見ていくと、自民党が衆院選のときの公約をどれだけ破っているのかとか、年金原資が株式につっこまれて数兆円がすでに失われていることとか、甘利さんの件はどうなったのか、東京五輪招致の買収疑惑はどうなっているのかとか、現政権の何が問題なのか誰でもよくわかる。日本会議周辺の話も出てくる。

日頃、テレビや新聞しか見ない方に、特に目を通してほしいような問題点がどっさり挙げられている。一度ごらんになってはいかがだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月17日 (金)

この緊張感のなさは何だろう

参院選が公示前だからということかもしれないが、今回の選挙が国の歴史の流れを大きく変えてしまう結果をもたらすという緊張感がどこにもない。テレビは相変わらず辞任した都知事の政治資金の問題をほじくり返し、参院選の争点が何なのか大きく取り上げようとしない。

消費税10%増税の公約を再延期してまで自民党が実現したいものは、憲法改正以外の何ものでもない。増税によって国民の支持を得られず、改正の発議のために必要な3分の2を参議院で獲得できないのであれば、再度の延期は絶対にないと確約したこともあっさり反故にする。そこまでして安倍政権は憲法改正を実現したいということだ。

この事態の深刻さを有権者のどれくらいが受け止めているのだろう。足並みがそろわない野党も野党だ。なぜ比例代表の統一名簿が実現できないのか。これがなかったら3分の2を阻止できないではないか。党利党略が絡んでいるのだろうし、もともと政策や思想が一致しないのだから、野党共闘が難しいのは分かる。しかし、もう後がないのだ。この参院選で敗れれば、後はない。最悪の場合、国会の機能停止すらありうる話なのだ。杞憂だと笑っていられるのは今のうちだけだ。

自民党の改憲草案、安倍政権を支えている日本会議が目標に定めているところ、それらを合わせて考えるだけで、参院選で与党が改憲に必要な3分の2を獲得したらどうなるかおのずと明らかになる。時計を巻き戻して「美しい(戦前の)日本」を再びということだ。

せめて投票率が70%か80%まで上がればと思う。65%でもいい。投票率があがれば、与党票に動員される組織票を上回る浮動票が期待できる。憲法改正に賛成でも、反対でも、どちらかきめられなくても、とにかく議論する時間を確保するために、今回の参院選で政権与党に3分の2の議席を与えることにしてはならない。そうでなければ、選挙後改憲が着々と進められていくだろう。あっという間に憲法改正の発議がなされるはずだ。十分な議論もなされず、改正の本質が伝わらないまま、国民投票へとなだれ込み過半数の賛成を取り付けるというシナリオがこの先に待っている。

そうなる前に、まずは一度、その流れを止めなければならない。都知事選など、はっきり言ってどうでもいい選挙だ。参院選の重要度を覆い隠すためのお祭り騒ぎに過ぎない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧