ひとりごと

2020年5月26日 (火)

老い

人は老いていく。若い頃にはなんでもなかったことが、思うようにできなくなる。目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったり、動作も遅くなり、自分の力だけでは歩くのもままならなくなったりする。記憶力も衰えてくる。新しいことがらはなかなか覚えられなくなる。

老いとともに一つまた一つと失われ、損なわれていくものが増えていく。もう取り戻せない時間も増えていく。失われてしまったもの、損なわれてしまったもの、もう取り戻せなくなってしまったものばかりに目がいくと深い悲哀の中に閉じ込められてしまいそうになる。

その悲哀は、無数の可能性の中から一つを選び、あり得たかもしれない残りを捨ててきたことへの悔いから生まれる。あの時あのようにしていたら、という思い。しかし、そのような仮定法は悔いと悲哀を深めるだけで、何ももたらさない。

年老いて、失われたものや損なわれたものや取り戻せないものが増えてくるのは自然なことなのであり、誰もが避けられないことがらだ。だからそれを嘆いてもしょうがない。振り向いて来し方を思い返してばかりでは前に進めない。

学び続けることの意味はそこにあるのではないか。七十代や九十代になっても、もっと上手く弾けるようになるかもしれないからと日々の練習を欠かさなかったジャズピアニスト達。六十代の半ばを過ぎてから新しい外国語を身につけようと学び始めた詩人。もっとささやかな日々のちょっとしたことでも、何かを新たに始めようと思い立ち、実際に始めてみた高齢者はどこにでもいるような気がする。

残り時間が少なく、忘れてしまうことの方が多いのに、なぜ新たなものを学ぼうとするのか。それは、失われていくもの、損なわれていくもの、取り戻せないものばかりが増えていく中で、ほんのひと握りでも自分の手の中に残る何かであるからだ。いずれ風に吹かれてどこかへ消え失せてしまうものだとしても、今この瞬間に握りしめている感触は錯覚ではない。

いくらかでも前へと歩を進めているという感触。後ろ向きに立ち止まっていた時間から抜け出し、また時計の針を進めているという感触。今の自分より少しでもましな自分になろうとする意志がある限り、ひとは老いを嘆くばかりではない生き方ができるのではないかと思う。

このところ、『国際市場で会いましょう』『怪しい彼女』『ウンギョ・青い蜜』という韓国映画を立て続けに観て、老いるということについて考えさせられてしまった。

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2020年5月 9日 (土)

コロナ禍の中で・その3

ロックダウン(lockdown)の訳語は何だろうと辞書を引いてみると「(米)囚人の独房への拘禁、厳しい監視」とあって、現在世間で流通している使われ方とズレがあるように感じる。こういうときは英英辞典に当たるべきだ。「オクスフォード現代英英辞典(OALD)」で引いてみると、次のように出ている。

"an official order to control the movement of people or vehicles because of a dangerous situation"

直訳すれば「危険な状況により、人びとや車両の移動を規制する公的な命令」とでもなるだろうか。これならしっくりくる。

羊のように(あるいは去勢された豚のように、と言うべきか)おとなしい日本人は「ロックダウン」が長引いても暴動など起こさない。アメリカのいくつかの州で、ロックダウンの解除を求める「暴動」が起きていることとは対照的だ。良くも悪くも日本の社会では和を乱さないこと、悪目立ちをしないこと、大勢に異を唱えないことが美徳とされるので、激しい自己主張の表現である抗議など考えられないということなのだろう。60年代の終わり頃に新宿騒乱があったり、安田講堂事件があったことなど、今となっては信じられないような平穏ぶりである。

コロナウイルスの感染拡大による変化の中でひときわ象徴的だと思うのは、人と人との物理的距離を取ることが、公共の場において標準的なあり方になったことだ。スーパーのレジでも床に標示があって間隔をとるように求められる。何も標示がなくても、列を作らざるをえない所では、誰言うともなく「社会的距離」を取るようになった。

これではデモや集会などありえない。もっともアメリカで行われているように、車に乗ったまま集団でデモ行進をしようと思えばできないこともないが、そこまでしてデモをする日本人はいないだろう。

こんなふうに人と人の距離が遠くなり、連帯や団結ではなく、分断と孤立が進むようになると、そうでなくともひどかった「見たいものしか見ない」という風潮が一層広まるのだろうなと思ってしまう。他者に対する想像力を欠いても、それがあまり問題とはならない社会ということなのだが。

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2020年5月 7日 (木)

コロナ禍の中で・その2

全国に緊急事態宣言が拡大された時、ふと「並行世界(パラレルワールド)」という言葉が浮かんできた。きっと、コロナウイルスの感染が起きる前の世界がそのままどこかで続いていて、そちらの世界では、これまでと同じようにお気楽にあちらこちらへでかけたり、三々五々人びとが集まったり、映画館やサッカースタジアムが満員になったりしているのではないか。

私たちの世界は、どこかでポイントが切り替わったのだと思えてならない。ある時点でパチンとスイッチが入り、あるいは切れて、ウイルスの世界的流行という悪夢のような現実の中に投げ込まれている。

これは不条理なことである。しかし、もともと世界は不条理なものだったのではないかとも思う。不条理なものを不条理なまま受け入れて生き延びるより手だてがないのではないか。

不条理ということで思い浮かべるのはアルベール・カミュである。今回のコロナ禍の中、カミュの『ペスト』が読まれているということを耳にして、私も読み返してみた。以前読んだのは四十年ほど前の二十代のころだ。

冒頭に出てくる、階段のネズミの死骸という場面は印象強く残っていたが、その他の場面はほとんど覚えていなかった。それでも、二十代のころに激しく心揺さぶられた箇所は、変わりなく心に迫ってきた。長い引用となるが、新潮文庫の宮崎嶺雄訳で引いてみる。P155-156の一節である。

(前略)しかし、筆者はむしろ、美しい行為に過大の重要さを認めることは、結局、間接の力強い賛辞を悪にささげることになると、信じたいのである。なぜなら、そうなると、美しい行為がそれほどの価値をもつのは、それがまれであり、そして悪意と冷淡こそ人間の行為においてはるかに頻繁な原動力であるためにほかならぬと推定することも許される。かかることは、筆者の与しえない思想である。世間に存在する悪は、ほとんどつねに無知に由来するものであり、善き意志も、豊かな知識がなければ、悪意と同じくらい多くの被害を与えることがありうる。人間は邪悪であるよりもむしろ善良であり、そして真実のところ、そのことは問題ではない。しかし、彼らは多少とも無知であり、そしてそれがすなわち美徳あるいは悪徳と呼ばれるところのものなのであって、最も救いのない悪徳とは、みずからすべてを知っていると信じ、そこでみずから人を殺す権利を認めるような無知の、悪徳にほかならぬのである。殺人者の魂は盲目なのであり、ありうるかぎりの明識なくしては、真の善良さも美しい愛も存在しない。
(新潮文庫、アルベール・カミュ『ペスト』、宮崎嶺雄訳)

いったい二十代の私は、何故それほど激しく心揺さぶられたのか。今となっては思い出すすべもない。ただ激しく心を動かされたという感触だけが残っている。「ありうるかぎりの明識なくしては、真の善良さも美しい愛も存在しない。」この力強い認識に、心臓をわしづかみにされてしまったのかもしれない。

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2020年5月 6日 (水)

コロナ禍の中で・その1

すっかり変わってしまった世界の中で日々を送っていると、かつて当たり前のように存在していた日常が、本当にあったことなのかあやしくなってくる。

突然、私たちはなじみ深い日常から切り離されて非日常の中に身を置いていることに気付かされる。これは九年前の東日本大震災のときもそうだった。断ち切られた日常はあまりにももろく、非日常の中に投げ込まれていることの実感だけが時間とともに強くなっていった。

けれども、その非日常感も長くは続かなかった。私たちは非日常の中にあっても、日常を、恒常的なものの存続を望んだ。非日常の現実も、日を追うに従って新しい「日常」へと変容していった。ひと月、三ヶ月、半年と過ぎるにつれて、震災当初の衝撃も動揺も薄れていった。それは震災を契機に社会が変わるかもしれないという淡い期待がしぼんでいく過程でもあった。相も変わらぬ、おなじみの光景が続いていくことのやりきれなさが心の中に広がった。

だが、震災にはまだ先の見える部分が多かった。壊滅的な被害を受けた沿岸部の、言葉を失わせるような光景は、半年が過ぎてもあまり大きく変わることはなかったが、それでも瓦礫が片付けられ、低い土地のかさ上げがなされ、少しずつ、しかし確実に復興の進む実感はあった。元に戻ることはないのかもしれないが、それでもこの先、どれくらいの時間が経てば、どうなるのかという見通しはいくらかでもつけられるようになっていった。

それにくらべて、今私たちが置かれている現実は先が見えない。緊急事態宣言は五月末まで延長された。しかし、果たしてその時点でコロナウイルスの感染が終息しているのか。とてもそうは思えない。ワクチンの開発には18ヶ月かかるという話も耳にしたように思うが、WHOがパンデミック宣言した3月から18ヶ月と考えても、来年の9月ころにならなければ使えないということではないか。

コロナウイルス自体がえたいのしれないものであることへの恐れもさることながら、このウイルスのために、世界中の人々の日々の営みが回復不能なまでに損なわれていることを思わずにいられない。

人の移動も、接触も、まるでディストピアを描いた近未来小説さながらに、極度の制限を受けている。日本はあくまでも要請でしかないが、海外では拘束されたり罰金が課されるという所もある。人や物の動きが止まるということは、お金の動きが止まるということでもある。今回のコロナウイルス感染の拡大によって世界規模で経済が大きく損なわれている。

先日、国会で一人あたり10万円の支給が決まったが、ほかの国々でも外出制限と同時に補償給付が行われている。少し前までは、思考実験の材料だったユニバーサル・インカムが、このような形で実現するとは思ってもみなかった。既にそのよしあしを議論する段階を越えていて、急いで支給しなければ生活が破綻するところまで来ている場合も相当数にのぼるのではないかと思われる。

一方、さまざまな業種の中小企業、自営業、フリーランスはこの後どうなっていくのだろう。国による各種救済策は整備されてきているようだが、手続きの面も含めて、必要としている所に十分手が差し伸べられているのだろうか。

終息を迎えても、いったいどれくらいの事業者が生き残れるのだろう。コロナウイルスによる個人の死も恐ろしいが、このコロナ禍による各種事業の「死」も同様に恐るべきものではないか。スクラップ・アンド・ビルドで、今回の事態がさまざまな事業の再編につながり、かえってよしとすべきだという見方もあるだろうが、果たしてそうなのか。

感染症への対策を機とした事業の再編は、結局、体力のある大きな企業の独占や寡占へと進むだけなのではないか。つまりは社会的格差の拡大へとつながるような変化をもたらすだけなのではないか。

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2019年6月30日 (日)

蟷螂の斧・その2

理科の音の実験に、簡易真空装置を使ったものがある。目覚まし時計を中で鳴らし、徐々に空気を抜いていくと音の聞こえ方がどうなるかという、おなじみの実験だ。

簡易真空装置で徐々に空気を抜いてゆくと、次第に音は小さくなり聞こえなくなる。目覚まし時計は鳴っているはずなのに何故聞こえないのか。振動を伝える空気がないから、というのがたぶん記述問題の場合の模範的な解答例になるだろう。

固体、液体、気体に関わらず振動を伝えるものがあれば音は伝わる。逆に、伝えるものがなければ何も聞こえない。このことがとても比喩的なことに思えてならない。

私たちの置かれている状況も似たようなものではないのだろうか。テレビをつけてみるとバラエティ番組かグルメ番組かテレビショッピングばかりで、報道系は少ない。硬派のドキュメンタリ番組となると更に少ない。たぶん視聴率が取れないからだろう。

参院選間近だが、各政党の選挙公約を比較解説したりする番組がほとんどないのも同じ理由からか。スポンサーの意向もあるのかもしれない。よらしむべし知らしむべからずが望ましく、寝た子を起こすような番組は百害あって一利なしということなのだろう。

こうして何が争点なのか印象が薄いまま投票日を迎える。天気が悪かったり、逆に行楽日和だったりすると、「ま、投票に行かなくてもいいか」ということになる。「おれ一人投票してもしなくても大勢に変わりはないだろうし。」こうして投票率は低調となる。いっそのこと投票率が50%を切ったら選挙やり直しとかに法律を変えてみたらいいのにと思ってしまう。

結局、選挙権があることのありがたみを切実に感じられないということなのだろう。選挙権を持っていることがあたり前で、それを奪われたり与えられていなかったりという経験がないから、さほど大事なことにも思われない。もしかすると、選挙権などない方が毎回投票に行かなくて済むからラクチンでいいと考える人さえいるのかもしれない。

毎日同じように続いていく平凡な日常は、自分一人が投票しようがしまいが変わらない。選挙結果はいつも予想された通りで面白みがない。それより明日の仕事や遊びのほうが重要だ。おそらく、そう思う人が一定数以上いるのだろう。それもまたやむを得ない。

だが、簡易真空装置の中に空気が戻り、急にけたたましい目覚まし時計の音が聞こえてきたとき、それでも聞こえないふりを続けてゆくのだろうか。あるいは見たくないもの、聞きたくないものは、目や耳に入っても、見えず聞こえないものとされてしまうのだろうか。

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2019年6月26日 (水)

蟷螂の斧・その1

教室の南側の壁に少し色のあせた地図が貼ってある。七年前に出た七訂版の放射能汚染地図だ。群馬大の早川教授が作成したものを友人が入手し、十数部わけてもらったうちの一枚である。

七訂版の作成は2012年8月8日の日付になっているから、東日本大震災に続く福島第一原発の事故から一年半近く経つころのことになる。少し色褪せてはきたが、授業しているときにいつも目に入る。特に福島第一原発から飯舘村へと北西方向に濃い色の帯が伸びているのを見ると、まるでナイフでえぐられた傷口から血を流しているように見え、そのたびに複雑な気持ちになる。

この地図の下には「強い余震が来たら一番近い席の人はドアを開けてください」という手書きの紙が貼ってある。これは八年前のものだ。3.11の後、教室を再開して間もない頃に貼ったはずだ。

この手書きの紙の上に地図を重ねて貼るとき、たぶんこの先何年も貼ったままにしておくだろうと思った。東日本大震災があったことも福島第一の原発事故があったことも忘れてしまいたくなかった。他の人びとの記憶から薄れても、いつまでも覚えていようと思った。

去るもの日々にうとし。確かにその通りだ。もう誰も東日本大震災のことを日常の話題にはしない。津波被害の大きかった沿岸部と違い、ほとんど被害らしい被害のなかった内陸部は、忘れるのも早かった。福島で起きた原発事故に至っては、もはや本当にあったことなのか疑わしくなるほど話題にのぼらない。

あの頃降下したセシウム137はどうなっているのだろう。半減期三十年だから、2041年になってようやく半分の線量だ。もっとも表土は風雨にさらされて削られてゆくので、実質的には十七年くらいで半減するだろうということも、あの頃なにかの記事で読んだ。そうだとしてもまだ半分ほどの年数しか経過していない。目に見えるわけではないし、何か具体的な影響が出ているようにも思われないので、降下したセシウム137が今どうなっているのか、誰も切実に心配しない。今度の参院選でも争点にすらならないだろう。

そうやって忘れていくうちに、私たちは正当に持つべき怒りも忘れ、穏やかに虚勢されてゆく。社会の大勢に、あるいは体制に従順であることがよしとされ、疑問を持つこと、異を唱えることは身を滅ぼすだけであると周囲から諭される。いや、諭される程度ならまだいい方だろう。おそらく異分子、あるいは危険人物と見なされて、その存在を無視されてしまうのがオチではないか。

大勢に、あるいは体制に逆らうとどうなるのか。いくつか具体的な見せしめを大々的に示せば、それだけで効果は十分だろう。社会的な抹殺へと追い込むスキャンダルがあれば容易だし、無ければ無いで執拗な人格攻撃を続けて評判を下げてやればよい。

そういう見せしめを目にすれば畏縮する。どこからも圧力をかけられていなくても、自主規制をする。本当に思っていることを言わなくなる。少しずつ酸素濃度が下がっていくような息苦しさにもそのうち慣れて違和感を覚えることもなくなる。支配されているという実感など毛ほども持つことはない。

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2019年5月21日 (火)

「私」をつくるもの

先日、このブログに書きためていた「古典の底力」を抜き出して小冊子にまとめてみた。『伊勢物語』をとりあげた「その1」が「です・ます」調で書かれていたので、それ以降の分も敬体にそろえ目次もつけた。全部で二十七回。「その1」は2008/1/25の日付で、「その27」は2013/9/25となっている。

その後六年近く「古典の底力」の新しい記事を書いていない。ほぼネタ切れというのが真相で、何か材料になるものがたまってこないと更新できそうにない。

目次だけ載せてみると次のようになる

その1・伊勢物語① その2・伊勢物語② その3・源氏物語 その4・徒然草① その5・百人一首 その6・藤井貞和『古典の読み方』・今様 その7・堤中納言物語 その8・平家物語 その9・今昔物語集① その10・竹取物語 その11・更級日記 その12・七夕(枕草子・伊勢物語3) その13・大鏡① その14・大鏡② その15・大鏡③ その16・老子① その17・万葉集(山上憶良・大伴家持) その18・世間胸算用 その19・徒然草② その20・今昔物語集② その21・与謝蕪村 その22・徒然草③ その23・古今和歌集①(旋頭歌) その24・古今和歌集②(旋頭歌) その25・徒然草④ その26・老子② その27・新古今和歌集(三夕の歌)

目次だけ眺めてみたら、思っていたより偏りがないので、意外な感じがした。それでも、その中身は私が好きなものしか取り上げていないので、やはり相当に偏っている。たとえば、『万葉集』で山上憶良と大伴家持しか触れず、柿本人麻呂をまったく取り上げないのは、ディズニーランドに行って、ミッキーマウスに会わないようなもので間の抜けた話だが、 ピンとこないものはしょうがない。

結局、「私」という人間が出来上がる過程で触れてきたものや、アンテナに引っかかったものしか残らなかったということなのだろう。そうしてみると、これは古典に限った話ではなく、他のあらゆるものにも当てはまることなのだろうと思われてくる。映画にしても音楽にしても、好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いだ。そうやってえり好みしながら生きてきた結果が今現在の「私」なのだ。つまり、他の人と異なる「私」というのは、私が選択してきたものの総体に支えられていて、それこそが他と交換のできない唯一性を担保しているのだ。

あなたの代わりはいくらでもいる、という入れ替え可能性に日々さらされると、つい自分が何の価値もない存在のように感じることがある。けれども、他と交換できない唯一性を自分が抱え持っていることに気づけば、少しはその感じも和らぐのではないか。自分の好きなものや気になるものをときどき見直してみるのは、精神衛生上悪くないことだと思う。

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2019年4月10日 (水)

「平成の名人」は存在し得ない?・続き

スマホに時間を吸い取られる人が大多数を占め、スマホ画面を眺めていない人の方が少数派という時代になって久しい。こうなるとスマホ画面から視線を引っぱがし、「情報」を遮断することは、相当難しい。遮断したらどうなるのか。そこに生じる「余白」をどうしたらよいのか。大きなとまどいと不安が心を占めるに相違ない。「情報」が遮断されてしまうことは、もはや恐怖の最たるものになっているかのようだ。

だがそれは実体のないものに対する恐怖なのではないか。「情報」依存、「情報」中毒とでも呼ぶべき状態に入っているため、遮断されたときに耐えられないという感じが生まれるのではないか。

社会的動物である人間は、他者とつながりながらでないと存在していけない。それゆえに「情報」の共有を必要とする。孤立を恐れるのも同様だ。その一方で個としての存在は、周囲から遮断された時間の中で他と区別される個を形作る。「余白」が求められるゆえんである。

しかし、ここでちゃぶ台をひっくり返したくなるような考えが一方に生じる。他と区別される個、近代的自我と言い換えてもよいが、そのようなものは虚妄なのではないか。もともと集合的意識しか存在せず、自我はその偏差でしかないのではないか。自我が存在せず集合的意識だけだというと、まるで『エヴァンゲリオン』みたいだが、ひょっとすると個の存在など虚妄にすぎないのかもしれないと疑わしくなる。

近代以前の社会に生きていた人びとに個の意識があったのか。これは今ここで考えるべき論点ではないので別の機会に譲るとして、少なくとも近代以降の社会に生きる人間は、近代的自我の形成を前提として成長する。他と区別される個。あなたが他者ではなくあなた自身でしかないことの証。胡桃の殻のように、人は防壁を築いて他者と区別される自己を確立する。そのような人間存在のあり方を「孤塔の囚人(a prisoner in a solitary tower)」と表現したのは哲学者のバートランド・ラッセルだったか。

今その防壁が「情報」の洪水によって破られようとしている。もしかするとわれわれは近代的自我という虚妄から脱して、ネットワークの中に集合的意識を確立するという新しい局面に向き合いつつあるのかもしれない。私という存在は、ネットの海から生まれネットの海へと帰っていく。『攻殻機動隊』のモチーフの一つみたいな話だ。

それでも、『攻殻機動隊』の電脳化されたキャラクターである「少佐」こと草薙素子が時々つぶやく「あたしのゴーストがそうささやくのよ」というセリフは無視できない。「ゴースト」とは何か。自我ではないのか。ネットワークの中に融解してしまったかに見える「少佐」の存在が、集合的意識ではなく個を感じさせるのは、この「ゴースト」=自我があるからではないか。

「孤立する」を和英辞典で調べると"stand alone"、"be in isolation"という表現が出てくる。スタンド・アローンというネットワークから接続を断ったイメージが重なる。「情報」の洪水を遮断し、「余白」の時間を作る。その中にしか自我は形成されない。

落語の名人が現代に存在しない話から遠くまで来過ぎてしまった。すでに帰り途が分からない。道に迷ったままで話を終わりにしてもよいのだが、せっかく発端を思い出したのだから、一応それらしく話を終わらせたい。

平成の名人が存在し得ないのは、演者が「余白」を表現する感覚と技量を習得したとしても、その「余白」が観客に共有されなくなってしまったからだ。観客自身が「余白」の意味を理解しなければ、「余白」に依存する落語という話芸は存立の基盤を失ってしまう。名人を名人と認識できる場そのものが消失しているのだから、名人は存在し得ないのだ。

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2019年4月 9日 (火)

「平成の名人」は存在し得ない?

今の落語家にも上手な人はたくさんいるのだろうが、「名人」と呼ばれるほどの人がいると耳にしたことがない。

立川志の輔にしろ柳家喬太郎にしろ、上手な噺家だとは思う。しかし「名人」かと問われれば、答えをためらってしまう。これが六代目三遊亭圓生や八代目桂文楽、あるいは五代目古今亭志ん生なら、即座に「昭和の名人」だと答える。古今亭志ん朝や立川談志であったとしても、やはり「名人」として名前を挙げることに問題はない。

では、今現在の噺家に「名人」が存在し得ないのはなぜか。「し得ない」と言ったのは個々の落語家の資質や技量の問題ではなく、それらを超えた時代環境から来る時間感覚、空間感覚の違いが、どうにも乗り越えられない壁として存在しているのではないかと思うからだ。

中里介山の『大菩薩峠』を読みながら、明治の三遊亭圓朝の人情噺を思い浮かべたという話をこの間書いたが、その時に古今亭志ん生の噺はなぜ「心地良い」のかという問いが同時に浮かんできた。志ん生だけでなく、文楽でも圓生でも、昭和の名人たちの話芸はなぜあれ程魅力的なのか。

立川談志が、この昭和の名人たちのことを回想して独演会で話していたことがあった。確か若い頃の「ひとり会」の高座だったような気がする。五代目古今亭志ん生の噺を高座の脇だか裏手だかで横になって聞いていると、気持ちよくなって眠ってしまうことがあったと談志は言った。それは志ん生の噺がつまらなかったからではなく、あまりにも心地良かったからだ。

話芸の究極はそれだろうと思う。聞いている客があまりの心地良さについうとうとしてしまうような語り。大げさでも奇矯でもない、空気のような流れる水のような自然な語り。すっとその世界の中にくるまれてしまい、その中で呼吸をしているような気持ちの良さが名人たちの語りには感じられたのだろう。

それは噺家個人の資質によるものではなく、時代環境によって形作られた時間感覚・空間感覚に支えられた語り、間の取り方によるところが大きいのではないか。細かい論考をすっとばして極端な形で言ってしまえば、志ん生や文楽や圓生が今現在の落語家として高座に上がっていたとしても、決して「名人」と呼ばれる存在にはならなかっただろうということだ。「昭和の名人」は存在しても「平成の名人」は存在しない。

ではどのように時間感覚、空間感覚が異なるのか。江戸花火と現代の花火の違いみたいなものと考えたらよいのではないか。現代の打上花火は色彩も多く、形もさまざまなものがある。それにくらべると江戸花火は色数が少なく、形も現代ほど多様化していない。現代のわれわれから見れば、地味な花火という感じが強い。しかし、風情という点で言えば断然、江戸花火に軍配が上がる。地味で簡素な花火であるがゆえに、見る人がそれぞれの思いを重ねる「余白」が残っている。現代の花火は目と耳を楽しませるための情報が詰め込まれた見世物であり、色彩や形状や発する音響の多様さを楽しむものとなっている。

「昭和の名人」は、明治生まれであり、談志や志ん朝にしても昭和初期の生まれだ。江戸時代と地続きな感覚がまだそこかしこに残っていた時代である。落語の舞台となる江戸の町の空気と違和感なくなじむことができる感覚が、演者にも観客にも共有されていた。

平成の時代となってから何が決定的に変わってしまったのかと言えば、「余白」がなくなったということだ。かつては存在していた「余白」が、「情報」によって埋めつくされて消滅してしまった。「余白」が存在することを恐れるかのようにさえ感じられる洪水のような「情報」。たとえばテレビの「テロップ」と呼ばれる字幕の垂れ流し。聴覚障害者に対する配慮というより、「情報」の重ね塗りとしか思えないような「テロップ」の洪水。見る者に考える隙を与えないための工夫なのではないかと疑いたくなるほどだ。

大量の情報に瞬時にアクセスでき、即座に他者と情報を共有できる環境があたり前のものになると、「余白」が「情報」で埋めつくされて消滅してしまうことも不思議ではないなと思ってしまう。しかし、「余白」のない時間の流れに人間は耐えられるのか。

落語の「抜け雀」に出てくる老絵師のセリフではないが、「そのうち落ちて死ぬぞ」という気がしてならない。自分の息子が描いた、絵から抜け出ると評判の雀を見て、老絵師は「この絵には止まり木が描いていない。絵から抜け出るくらいの力を持った雀だから、いずれ力尽きて落ちてしまう」と指摘する。

止まり木がなければそのうち雀は疲れて死んでしまう。「余白」がなければ人も疲れて死んでしまうのではないか。肉体的にではなく、精神的に。止まり木はどこにあるのか。それは「情報」を遮断した時間の中にしかない。

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2019年3月18日 (月)

八年が過ぎて

八年前に東日本大震災が起きたとき、妻の母も、私の父もまだ元気だった。3月11日の夜に妻と様子を見に行くと、義父母はロウソクの灯の中、小型のラジオをつけて地震情報に耳を傾けていた。家の中はそれほどひどいことになっておらず、ひとまず安心して帰ったのを覚えている。私の父は、難病のため足腰が立たない暮らしが続いていたが、認知症の方はまだそれほどひどくなかった。強い余震が何度かきたときには、どうやって父を連れて逃れるかということばかり考えていた。

その義母は七回忌が過ぎ、父も昨秋他界した。八年の間に、義母や父ばかりでなく一人またひとりと身近な人びとがいなくなってしまった。叔父たちも数年前に亡くなった。五十代のはじめだった私も還暦を迎えた。だからどうだというわけではない。八年の間にずいぶん様変わりしてしまったのだなと改めて感じるだけだ。

東京オリンピックまであと五百日とかで、世間的にはお祭りムードなのかもしれないが、何か今ひとつ気乗りがしない。震災からの復興をアピールすると言っているようだが、本当に復興したのか。

10日の夜にNHKで見た震災関連番組が印象的だった。復興住宅での孤独死、除染された故郷に戻ったものの周囲に誰も戻っておらず呆然としている人。結局、形の上での復興は進んでいるように見えて、被災者の心の復興は一向に進んでいないのだと知らされた。震災がもたらした一番大きな被害は、被災者が所属していたコミュニティが失われてしまったことではないか。その喪失感が身内や友人・知人を亡くした喪失感と相まって人びとの心の中に空洞を作っている。失われてしまったものは戻らないのだという空虚感。おそらくそれは一人や二人どころの話ではない。膨大な数の人びとが埋められない虚ろを胸のうちに抱えて日々を送っている。

だからこそ元気になるためにもお祭り騒ぎが必要なのだという人もいるだろう。確かにそうかもしれない。けれど、そのお祭り騒ぎは、空虚感を抱えた人びとの心には何ももたらさないのではないかと思ってしまう。お祭り騒ぎで潤う人間だけが興奮して盛り上がっているだけではないか。そのように醒めた視線を投げかける人びとに、そんなことはないと正面から言えるのだろうか。表面的な復興のアピールにお祭り騒ぎが利用されても、苦々しく思うだけだ。

オリンピックが近づけば近づくほどいっそう押しつけがましさは増してくるだろう。国民一丸となってオリンピックを盛り上げましょう。背を向けているそこのあなた、あなたはホントに日本人ですか?オリンピックに協力的でない人は「非国民」であるかのような同調圧力がうっとうしいくらいに高まることだろうと、今から憂鬱になる。

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