ひとりごと

2017年4月27日 (木)

花の盛りを遠く眺めて

桜の花が満開を過ぎて散り始めようとしている。北国のここでは、いつもゴールデンウィークの直前に花の盛りが過ぎてしまう。ずっと昔、私が小学校に上がるくらいのころは「天皇誕生日」今の「昭和の日」あたりが見ごろだったと記憶しているが、この数十年でそれが繰り上がってしまったようだ。

花が散り始めようかという時期なのに、相変わらずヒマである。ヒマにまかせてぼんやりと何事か考えるのも変わりがない。例によって結論があるわけでもなく、無駄といえば無駄な行為である。しかし、生きるということは、必ずしも合目的なものばかりで成り立っているわけではない。何のためにこんなことを考えたりするのか分からないけれども、考えること自体が生きていることの同義語なのではないか。

といった前置きはさておき、何を取り上げようとするのか。過渡期にある世界の話。いったいこれから世界はどうなっていくのか。

アメリカの大統領にトランプが就任して以来、アメリカの政策はよく分からなくなってきた。特に主席戦略担当のスティーブ・バノンが、どうやらホワイトハウスの中で影響力を行使できなくなってきたらしいと伝えられるようになって、一層混沌としてきた。

スティーブ・バノンはアイルランド系カトリックの労働者階級の家庭に育ち、ゴールドマンサックスに短い期間勤め、その後映像作家としてドキュメンタリーを何本か作り(「右のマイケル・ムーア」と呼ばれているようだ)、「Breitbart.com」という右翼のたまり場のようなサイトを引き継いで主宰していた。「極右」「ファシスト」「レイシスト」「白人至上主義者」「性差別主義者」などなど、さまざまなレッテルが貼られている。

しかし、バノン自身の発言、たとえばバチカンで開かれた小会議にスカイプを通じてゲスト参加したときの発言や「Breitbart.com」の署名記事(共同記事も含めて)を読んでみると、レッテルに貼られているような過激なことを主張しているようには見えない。ただ、「Breitbart.com」のラジオ番組の中では過激な発言をしていたようでもあるし、彼が制作した「Generation Zero」というドキュメンタリー映画を見ると、確信犯的な強い思い込みがあるようだなあと感じる。ちなみに「Generaiton Zero」は大仰な雰囲気が全編に充満していて、最後まで見続けるのはなかなか骨が折れる。かなり偏った考えを持っているのだということはひしひしと伝わってくる。だが、それを先にあげたようなレッテルでまとめられるかというと、それは違うのではないか。

バノンに対する「極右」「ファシスト」「レイシスト」といったレッテル貼りは、彼が主宰していた「Breitbart.com」がalt-right(実態はかなり異なるのだが、アメリカ版「ネトウヨ」と乱暴に説明しておく)のたまり場となっており、過激な記事や発言が集積していることが原因となっているのだろう。

では、バノン自身の思想はどこにあるのか。ひと言で言えば、反エスタブリッシュメント。民主党・共和党の既成政党のどちらであるかに関係なく、ワシントンの支配層(ウォールストリートと結びつき、主流マスメディアを広報機関にしている)を攻撃し、「忘れられた人びと(白人の中産階級、労働者階級)」を主役にしようという考えだ。バノンは、エスタブリッシュメント側の資本主義を「crony capitalism」(「仲間内資本主義」とでも訳すのか)と呼ぶ。「state-controlled capitalism」(政府に管理された資本主義)と言い換えたりもする。端的な例として、2008年のリーマンショックのときに金融機関を公的資金(つまりは税金)で救済したことをバノンは挙げる。

ここから草の根運動の「ティーパーティー運動」への支持が出てくるのだろう。バチカンの小会議での発言中にも「a global tea party movement」という語句で、ヨーロッパのUKIP(イギリス独立党)やNational Front(フランスの国民戦線)その他の「中道右派」への共感が示されている。バノン自身が述べる「a global tea party movement」の簡潔な定義は、次のようなものである。

… a center-right populist movement of really the middle class, the working men and women in the world who are just tired of being dictated to by what we call the party of Davos.

まさしく大衆主義への共感ということなのだが、バノンが自身も含めてこのような勢力を「中道右派」と捉えているのは興味深い。バノンに対するのと同様、主流メディアではUKIPもNational Frontも「極右」というレッテルが貼られている。

バチカンの小会議でのバノンの発言と質議の全文は(こちら :英文)

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2017年4月 6日 (木)

春眠ぼけの頭でぼんやりと

新年度が始まっているが、ヒマである。昨日あたりから気温も急に上がり、うららかな春日という感じの一日だ。あまりにヒマなので、余計なことをぼんやりと考える。ぼんやりとだから結論も何もない。浮かんでは消える泡のようなものだ。

まずは2020年の大学入試改革から。センター試験が廃止され、代わりに実施される大学入学希望者学力評価テスト(いわゆる学力評価テスト)について、文科省の有識者会議の最終報告が出てから一年ほどになる。旺文社の教育情報センター(こちら)に紹介されている内容にざっと目を通すと、「知識・技能」だけでなく「思考力・表現力」を問う形の試験になるという。「記述式」も導入されるとある。

先日DMで送られてきたある塾情報誌の座談会でも、この大学入試改革に合わせて中学入試・高校入試が質的に変化していくということが話題として取り上げられていた。その座談会の中で、ある発言者が「こうした改革は、学力上位層の引き出しを考えているのではないか。」と見解を述べ、別の発言者が「下の学力層の生徒は、思考力・表現力と言われてもそれに対応できるような力が身についていないわけで、そのレベルには知識・技能の習得で手一杯の現状がある。」ということを補足していた。

つまり、二極分化しつつあるのではないかという現状がいっそう進行するだろうということだ。高校入試の開示請求の結果などを見ても思うのだが、学力検査で350点以上取る生徒と200点以下の生徒のどちらかしか来ておらず、かつてボリュームゾーンだった中間層がいなくなってしまった。「思考力・表現力」を伸ばすことを目標に置く生徒がいる一方で、それに取り組む前にまずは「知識・技能」をなんとかしなければならない生徒がもう一方にいる。

文科省が「地域貢献型」「特定分野の教育研究型」「世界水準の教育研究型」の三類型に国立大学を分けて運営費交付金を配分するとしたことが以前話題になったが、これも同じような流れの上にある話かと思ってしまう。

学力差があるのは現実だし、それをないものとするのは欺瞞だと思うが、制度設計からこぼれてしまう学力下位層の生徒に対してはどう手当していくのか。世界水準で海外の大学と対抗できる研究成果をあげられるような大学を日本にも作る。それはそれで結構なことだ。そのための選抜基準や要求される学生像のハードルが上がるのは、ある意味当然のことだろう。しかし、その対極にいる生徒にどのような力をつけさせるのか。下位層の生徒にも「思考力・表現力」や「主体的に協働して学ぶ力」を要求するのか。

「知識・技能」の習得の時点で問題を抱えている生徒をどうするのか。現状のように学年が上がるにつれてこぼれ落ちる人数が増えるようなシステムをどう変えていくのだろう。アクティブラーニングや情報端末の活用で、基本的な「知識・技能」の習得が大幅に改善されると見込んでいるのだろうか。学校の現場で実際に生徒に向き合っている先生方のさまざまな教育実践の蓄積はどうなっているのだ。まさか、それがアクティブラーニングと情報端末の活用ですということでもあるまい。多様な指導法の可能性があるはずで、アクティブラーニングや情報端末の活用もその可能性の一つでしかないと思うのだが、そういう考え方はもう時代遅れなのか。

 

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2016年11月16日 (水)

叔父の葬儀が続く

13日の日曜日に盛岡で叔父の葬儀があり出席してきた。父親の兄弟で一番末の叔父で、まだ八十前だった。今年は6月に父のすぐ下の弟にあたる叔父の葬儀があったばかりなので、葬儀が続いているという感じがする。

父親は男四人女二人の兄弟姉妹で、長男は二十年近く前に亡くなり、次女もだいぶ前になくなっている。今年叔父たちが亡くなったので、元気なのはうちの父親と大阪の叔母だけとなってしまった。

盛岡の叔父は、若い頃から豪放磊落な人で、細かいことにはこだわらない人だった。車と釣りが好きだった。私が中学生のころ、叔父がスポーツタイプのクーペに乗って遊びに来たことがあった。花巻の本屋さんまで乗せてもらい本を買いに行ったことがあったのだが、助手席のドアロックに不具合があり、ロックすると解除にならない状態だった。修理していないまま、叔父も私にそれを伝えるのを忘れていて、降りるときにうっかり助手席をロックしてしまった。叔父はあわてて「しまった!」という顔になったが、「まあ、そういうことだから、運転席側から降りてくれ」と運転席側のドアを開けた。それから知り合いの修理工場にすぐ車を持って行った記憶がある。

叔父のこういう大雑把なところが、私には救いだった。叔父といると気詰まりな感じがなく、なんだか妙に楽に呼吸ができるような気がしたものだった。

遺影の叔父は少し若いころの姿だった。叔父がいなくなってしまった実感はいっこうに湧いてこない。「よお、元気でやってるか」という大きな声が聞こえてきそうな気さえする。

葬儀の途中から雨となり、親族がまた一人いなくなるのだなというしみじみとした思いにとらわれた。その一方で、従弟妹たちの息子たちが元気に動き回っていて、こうして世代が変わっていくわけだと妙に納得してしまった日でもあった。

ちなみに葬儀と法要が行なわれたのは、天昌寺というお寺だった。かつて安倍氏の厨川柵があったと考えられている場所である。訪れるのは初めてだったが、こういう形で来ることになるとは思ってもみなかった。

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2016年11月 9日 (水)

風の電話

午後11時に帰宅し、遅い夕食を食べた後、ごろりと横になったらそのまま眠ってしまった。今年は早めにこたつを出しているので、ついつい気持よく眠ってしまう。午前2時をだいぶ過ぎたころ、つけっぱなしのテレビから誰かの話し声が聞こえてきて目が覚めた。ぼんやりした頭で画面に目を向けると、電話ボックスで誰かが話をしている。何の番組だろう。電話ボックスを出た男性の話が続く。静かなナレーションがそれに続く。

震災で家族を亡くした人がその電話ボックスから電話をかけているのだと、だんだん分かってきた。公園のようにも見える敷地の中に、緑色の屋根がついた白い電話ボックスがあり、そこに黒電話が置かれている。画面には別の人がボックスに入った様子が映し出されている。年配の女性だ。震災で無くなった夫に向けて受話器を取るのだが、ひと言も話すことなく受話器を置いた。

電話ボックスがあるのは、岩手県大槌町。東日本大震災で甚大な津波被害を受けた町だ。電話ボックスは私設で、おそらくボックスがあるところも私有地なのだろう。後から後から人びとがこの電話ボックスを訪れる。どこにも繋がっていない黒電話に向かって、人びとは抑えてきた思いを吐き出していく。

NHKスペシャルの再放送なのだと理解したころには、すっかり目が覚めた。あれからもう五年以上になる。けれども、身近な誰かを失った人びとにとっては、「まだ五年」でしかないのだということが沁みてきた。哀しみは時が解決するという。それは違うのではないか。いくら時が経っても哀しみが消えてしまうことはない。大事な誰かを失った人にとって、時間はそこで止まってしまうのだ。十年経とうが二十年過ぎようが、「思い」はいつもそこに戻る。決して癒されなどしない。ちょっとしたことで薄皮のようなカサブタがはがれ、耐えられない痛みがやってくる。

誰かに向かってその「思い」を吐き出せば、少しずつ生々しい痛みは薄れていく。消えてしまうことはないけれど、漂白された白骨のように、あるいは風雨にさらされた枯れ木のように、哀しみの核だけが結晶のように残っていく。けれども、外に向かって吐き出されることのなかった思いは、生々しい哀しみを内側に溜め込んだままとどまり続ける。

なぜ他の誰かではなくて自分がこのような目に合わなければならないのか。人が生きていくことは、理不尽な災害や災難に見舞われることと隣り合わせだ。なぜ自分なのかということに折りあいをつけていくことは、なかなか大変なことだ。合理的な説明などつけようがないのだから、どこかで断念するか飛躍するしかない。その断念や飛躍は、「思い」が外に吐き出された後にしか訪れないのではないか。

うまくまとめることができないが、そんなことを考えてしまう番組だった。

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2016年10月31日 (月)

腰痛

先週の金曜日から整骨院通いをしている。しばらくぶりに腰を痛めてしまった。別に重いものを持ったとかいうわけではなかったのに、急に「ギックリ腰」状態になった。二十年ぶりくらいの激痛である。運転席からの乗り降りで悲鳴を上げ、どうにか乗り込んで発進してからもカーブで重心がズレるたびにズキンと痛む。夜は寝返りができない。着替えるときに靴下やズボンをはくのが一苦労という、最悪の状態だった。

まだ寝返りは打てないが、日中の痛みはだいぶ和らいできた。あと数日はこんな状態で過ぎていくのだろう。整骨院の先生が言うには「腰の捻挫ですね、簡単に言うと」ということで、腰椎椎間関節捻挫なのだそうだ。wikipediaで調べると欧米では「魔女の一撃」と呼んでいるらしい。さらに「発症時の症状が強烈なわりに予後が良好であり1週間で約半数が、2週間から1か月で約9割が回復していくのが特徴」と書いてあり、確かにそうだなあと思う。

ギックリ腰になったばかりのころは、ちょっとした動作で激痛が走るので、まともな日常生活が送れないような気持ちになる。しかし、だんだん痛みがなくなり、回復してしまえば「のど元過ぎれば…」で不便な状態だったことなどすっかりと忘れてしまう。いかに腰が重要な役割を果たしているか痛さとともに認識したはずなのに、元の木阿弥である。またぞろ不摂生な毎日に戻ってしまう。

ときどきこうしてとんでもない激痛に襲われると、健康のありがたみがよく分かる。おそらくそういう戒めのためにギックリ腰があるのではないかと思っている。

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2016年10月18日 (火)

もの思う秋・その5

なぜ勉強しなければならないのか。中学生にとって最も根源的な疑問だろうと思う。たとえばこれが高校生であれば、大学受験や就職試験やらの間近に差し迫る試験が、具体的な必要性を感じさせる。しかし、岩手県の、盛岡以外の地域の場合、高校受験の倍率は軒並み1.0倍を切っている。高校受験があるからという動機付けは、ほとんど意味をなさない。

ある意味でこれは幸いなことであるとも思う。なぜ学ぶのか、という根源的な問いに向き合う機会を持つことができるかもしれないからだ。高校受験のためという理由づけは、きわめて分かりやすい。分かりやすいだけに底が浅い。あまりいい例ではないかもしれないが、かつて覚醒剤撲滅キャンペーンのスローガンに「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」というものがあった。かなり強烈なひと言だと思ったので、いまだに忘れずにいる。このスローガンが世に広まると、「じゃあ、人間やめれば覚醒剤やってもいいってことか?」という軽い反発も起きた。これと同じで、「高校受験がなければ中学生は勉強しなくてもいいのか?」という話になってしまう。

高校受験は、あくまで勉強する理由の一つでしかない。つまり方便である。学ぶことの根源的な理由ではない。

では、勉強することの根源的な理由は何か。中学生の中には、勉強することが学校に入っている間のものだと思っている人がいるかもしれない。学校を出て社会に入ってしまえば、もう勉強なんかしなくていもいい。そう考えているかもしれない。しかし、社会人になってから全く勉強しなくてもいいということは、まれな場合に属するのではないか。教科書を暗記したりすることはなくても、必ずしも試験があるとは限らないにしても、社会人になってから全く勉強をせずに済ませることができるほど世の中お気楽にはできていない。

仕事上で必要な資格試験を受けなければならない機会もあるだろう。試験がなくても社内研修でさまざまな業務のマニュアルを理解し覚えなければならないことだってある。何より、文書化されていなくても現場で実地に体験的に仕事を学んで覚えていかなければ、社会人としては一人前に扱ってもらえない。

仕事ばかりではない、家庭に入っても、地域のコミュニティ活動の中でも、新しく学ぶことは多い。学校の教科書で扱っていた、答えの出る、分かりやすい問題ばかりならよいけれど、現実に直面する問題は簡単に答えが出ない、正解かどうかすら分からないものがある。

つまり、人は日々学んでいる存在なのだ。学ぶことを抜きにして生きることは考えられない。だから、なぜ学ばなければならないのかという問いに対する根源的な答えは、より良く生きるためだということになるのではないか。大学まで進んでもたかだか学校で学ぶ期間は十六年。平均寿命まで生きるとして、のこり七十年近くをどうやって生きていくのか。そちらのほうがより重要だろう。いわゆる「いい学校」に入ったり「いい仕事」に就いても、必ずしもそれが幸福をもたらすとは限らない。

幾つになっても新しいものごとを学ぶことは、ワクワクする経験である。それをワクワクする経験だと捉えないから、面倒だ、苦痛だと感じてしまう。確かに、学ぶこと勉強することは楽しいことばかりではない。勉強する意欲が萎えてしまうときもある。それでも、少しずつ自分が成長していることを感じると、それは喜びにつながる。変わらないと思っていた自分が、学ぶことによって変わることができるのだという実感は、他の何ものにも代えがたい充実感を味わわせてくれる。

日々学ぶ。これに尽きる。

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2016年10月17日 (月)

もの思う秋・その4

分断統治は奴隷社会や植民地支配の基本的原則なのかもしれない。支配者である主人や宗主国に鉾先が向かないように、同じ境遇にある奴隷同士、植民地人同士でいがみ合い対立しあうように仕向ける。ある場合には、対立する一方に肩入れをして対立を煽る。和解や合意が成立しそうになると、巧妙な手口でそれを壊しにかかる。こうして支配者の地位は安泰となる。

ときどきのガス抜きは忘れずに行う。筋書きが決まっていて、どう転んでも予定調和からはみ出ない範囲での反乱。祭り騒ぎが終われば、また元どおりの被支配社会。管理できないような「革命」は、決して起こらない。「革命」ですらしっかりと制御されている。その後に待ち受けているのは、変質していく革命と引きずり降ろされる革命指導者と、以前よりもひどい混乱である。その混乱に乗じて公的部門が解体され民間部門へと移転された国富がどこかへ流出していく。

あまりにも救いのない認識だろうか。あるいは、「陰謀論だ」というお決まりのレッテル貼りで済ませてしまうだろうか。しかし、どこを見渡してもそういう支配・被支配関係が出来上がっているのではないか。それがはっきりと誰の目にも見える形ではなく、巧妙に覆い隠されているためその実感がないだけだ。メディアの果たしている役割は大きい。企業メディアは、「企業」メディアである以上「ひも付き」であろうと考えないわけにはいかない。つまり、企業メディアを所有している支配層の道具としての働きをしているだろうということは、少し考えてみれば分かることだ。報道の中立性や公平性などというものは、単なるお題目であり欺瞞でしかない。どの角度から、どの視点から事実を切り取るのか。どういう位置から、どういう意図で出来事を報じるのか。それらを考えてみただけでも中立・公平な報道など現実にはありえず、多かれ少なかれ「偏向」せざるをない性質というものが浮かんでくる。そしてまた、それで当たり前でもあるのだ。

NHKだから、三大新聞だから、広告を取っていないから中立・公平だなどということは、ありえないお伽話にすぎない。メディアの報道に接しているわれわれが、勝手に中立・公平だろうと思い込んでいるだけのこと。いつでも、鵜呑みにしない・疑いを持って批判的に見る・他のものと比較する。そういった姿勢が大事になってくるのだと思う。自分の目と頭を使って判断をしていくということなのだが、これがなかなか大変だ。だからラクなほうを選んでしまう。そうすると根こそぎからめ取られてしまう。せめて、鵜呑みにしないことだけでも、判断保留をとるだけでもささやかな抵抗はできる。

奴隷社会や植民地支配において分断統治が有効なのは、そこに「嫉妬」という要素が大きな役割を果たすからだ。ある国語辞書で「嫉妬」という語に画期的な定義を与えていた。「自分と同等だと思っていた存在が、自分より上であると気がついたときに、むらむらとわき起こる否定的な感情」これは秀逸な定義である。たとえば収入について。ビル・ゲイツやジョージ・ソロスみたいな大富豪に嫉妬を抱く人はいない。あまりにもかけ離れていて想像すらつかない。しかし、同級生の年収が自分より上であると気がついたときに、なんとなく落ち着かない気分になる人は多いだろう。あからさまな嫉妬を抱く場合もあるだろう。なんでアイツがおれより収入が上なんだよ、おかしいだろ、ということである。あるいはスポーツでもよい。大谷翔平に嫉妬する人間はいなくても、同じ草野球チームの先発投手に嫉妬する控え投手は山のようにいるのではないか。

つまり、かけ離れた存在に対しては嫉妬という感情を持ち得ないのに、同じような境遇にいる人間に対しては容易に嫉妬しうるということである。だから、低所得で苦しんでいる人間が、生活保護を受給している人間を嫉妬するというような、おかしな話になってしまう。そこに必要なのは、低所得に苦しんだり生活保護を受給しなければ生活が成立たないような社会構造に対する怒りの共有であるはずなのだが、「なんでアイツらだけ、いい思いしてるんだ」という感情の噴き上がりばかりが表面に出てくる。同じような状態に置かれている他の誰かを叩くことで溜飲を下げ、問題を生み出している根源に怒りが向かない。

「漁夫の利」というのは、何も故事成語の話だけではないということか。

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2016年10月16日 (日)

もの思う秋・その3

囲碁の世界チャンピオンのイ・セドル九段がAIに負けて以来、人工知能関連の話題がニュースやネットで取り上げられることが多くなったと感じる。専門の研究者に言わせると、ディープ・ラーニングによって人工知能は格段の進化を遂げそうだが、現段階はまだまだ人間の脳が行なっている働きの足許にも及ばないのだそうだ。

こういう話を聞くとなぜかホッとする。いずれは人間の能力を越えてしまうかもしれないが、今のところ有機体である人間の脳のほうが格段に上を行っている。膨大な数の神経細胞が一体となって動く。しかも中心が存在しない。これが最新の脳研究から得られた知見なのだそうだ。

一方で進化生物学者の説では、人間の脳は二十万年前からほとんど進化していないという。以前取り上げた「ダンパー数」の話のように、せいぜい150個くらいのことがらまでしか把握できないのが人間の脳のつくりなのだそうだ。顔と名前が一致して、どういう人なのかまで分かるのは150人が限界。それを越えると溢れてしまう。他の物事に関しても同様なのだろう。つまり二十万年前からさして進化していない脳をかかえた人間が、この100年ちょっとの間に急速に技術を発達させてきたわけだ。

技術が進歩し、いつでも情報が瞬時に入手でき、即座に誰とでもつながることができるという想像もつかなかったような社会にわれわれは生きている。でも、ちょっと待ってほしい。子どもの頃に思い描いていた未来社会はこんなものだったろうか。宙を走るというか飛び回る車、曲線や曲面の多い高層建築、ハイパーモダンなデザインの家具に囲まれた部屋。そういうものが21世紀になったら見られるのだろうと思っていたが、そうではなかった。たしかに街の景観は変わってしまったが、それでも超未来都市にいるという感触は誰にもないはずだ。昭和から地続きの風景の中で、情報環境だけが急速に進化を続けていく。

風景はさほど変わらないのだが、情報環境だけがとんでもない進化を遂げた日本の姿を描いていたのが「電脳コイル」というアニメだ。NHKのEテレで十年近く前に放送された作品だが、まさに今の日本やこれから先の日本の社会が直面すると思われる問題が取り上げられていて興味深い。詳しい紹介はwikipediaの記事(こちら)をご覧いただくとして、小学六年生の女の子や男の子たちが「電脳メガネ」と呼ばれる一種のウェアラブル・コンピュータをかけて、現実空間の中に仮想の「電脳ペット」を飼ったりしている設定だ。ポケモンGOのAR(拡張現実)が、もっと進んだ形とでもいうか。

それだけ情報技術が進化した社会となっているのに、街並みは今とほとんど変わらない。つまり昭和からの地続きの風景の中で物語が進行していく。そこがとても「リアル」だなあと感じる。私たちも同じように、風景は歴史的なものをひきずって急速には変わらないのに、情報空間や技術だけがものすごい速さで変わっていく時代を生きている。はたして人間はこの変化の速度についていけるのだろうか。二十万年前からさして進化していない脳と物理的に運動の限界がある肉体を抱えて、うまく変化に適応していけるのだろうか。

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2016年10月15日 (土)

もの思う秋・その2

ノーベル文学賞をボブ・ディランが受賞し、意外に思った人も多かったのだろう。テレビのニュースでは、軒並みボブ・ディランの歌詞が深く時代と切り結んでいたことを示し、アメリカの現代詩の地平を押し広げた功績を取り上げていた。熱心にボブ・ディランを聴いてきたわけではないので、確信的なことは言えないが、確かにボブ・ディランの歌詞は聴いてすぐに意味が分かるようなものは少ないのではないか。単語も難しいものがあるし、隠喩や象徴的に表現されたものも多いようだ。

ボブ・ディランがアメリカの若者だけでなく当時の世界中の若者に影響を与えたのは、反体制的な立ち位置を取っていたからだ。ベトナム戦争に反対する動きがアメリカ国内にも広がり、「反体制的」であることは、社会に対して意識的であることと同義だった。「イージー・ライダー」を始めとするいわゆる「アメリカン・ニューシネマ」(英語ではNew Hollywoodと言うのだそうで、アメリカン・ニューシネマという言い方は日本での呼称らしい)にしてもそうだった。「俺たちに明日はない」「卒業」「真夜中のカーボーイ」「いちご白書」「タクシー・ドライバー」などなど、どれをとっても主人公は反体制的であり、結末は悲劇的なものが多かった。アンチヒーローの物語が時代の空気にぴったりと重なっていた。

そうしたボブ・ディランの影響を受けて吉田拓郎を筆頭に、日本のフォーク全盛期が訪れる。その影響にすっぽりと覆われたのが昭和三十年代生まれなのかもしれない。全共闘運動や安保闘争が敗北してしまった後のシラけた社会の空気に、アンチヒーローで反体制的な映画や音楽はぴったりだった。ベトナム戦争を現実感をもって受け止めることはなかったが、反体制的な立ち位置を取ることほど「カッコイイ」ことはないと思われた。自分たちに社会を変えるだけの力はない。たとえ立ち上がったとしても、結果は全共闘や安保闘争のような敗北しか待っていないのではないか。しかし、だからといって誰が体制に尻尾なんか振るもんか。そういう意識が多かれ少なかれあったような気がする。

しかし、所詮それも「流行りもの」でしかなかった。あのころ反体制を気取っていた同級生の多くが、今では市役所の役職者であり、すっかり体制側に組み込まれてしまっている。それが悪いと言いたいのではない。本家のアメリカでさえ、ベトナム戦争の終結とともにモードが変わり、「ロッキー」から「スター・ウォーズ」という流れの中で、個人の可能性の追求や強いアメリカの復権がなされていくわけだから、影響を受けただけの日本で急速にモードが変わっていくのは不思議でもなんでもないだろう。

ただ、私みたいにずうっと反体制的な気分を引きずったままの馬鹿者もいるわけで、幾つになっても誰が体制に尻尾なんか振るものかという意気だけは衰えない。最近の若者は自民党支持が多いそうだが、民主党政権時代に東日本大震災や福島原子力発電所事故が起きて、よくない時代だったという刷り込みがあるのではないかと誰かが解説していた。だから自民党支持、安倍政権支持ということになるのだろう。反体制的であることが「カッコイイ」と思われていた時代から、「カッコワルイ」と思われる時代に変わってしまったということか。飼いならされた狼になるくらいなら、腹をすかせた野良犬でいるほうがいい。そんなふうに思うことがちっとも魅力的には思われなくなったということなのだ。ああ、つまらんなあ。つまらん世の中だなあ。

そういうやせ我慢の美学が通用しなくなった世の中ほどつまらないものはない。

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2016年10月14日 (金)

もの思う秋・その1

長いこと生きていながら、結局何も分かっていなかったのだなという事実に向きあうのは、けっこうシンドイ。しかし、実際にそうなのだから、そこから目を背けても何も始まらない。

目を向けようとしなければ、そこにあるものが見えない。感じ取ろうとしなければ、ちょっとした変化にも気がつかない。季節はいつの間にか移り変わり、暑かった日々がウソのように朝晩冷え込むようになった。人の営みも世の中のしくみも、あらゆるものが移ろっていく。同じように思っているのは自分の意識の中だけで、ふと見回せば夢から醒めた後のごとく、様変わりした風景が広がっている。

いつかやらなければ、そのように思ったままで先送りしてきたこまごましたものが、そろそろツケの支払い時期ですよとばかりに、一気に掛け取りにやってくる。先送りは根本的な解決にはならないと分かっていながら、後は野となれ山となれと放り出しておくほうが楽だから、ついつい肝心な問題に向き合わないまま時が過ぎていく。そうして忘れたフリをしていたものが、あるときヌッと顔を表して「さあ、そろそろ溜まっている分を払ってもらおうか」と強く迫ってくる。これじゃあまるで、落語の「居残り左平次」みたいじゃないか。しかし、そういうものである。

ものごとは知っているだけではダメだなとつくづく思う。感じ取ること。目を向けること。知覚ではなく感覚を働かせること。「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される」と漱石は言うけれど、あふれかえるほどの情報に取り囲まれて、いらない知識ばかりが増えていくこの御時世では、思いっきり情に棹さして感覚的に生きたほうが丁度いいくらいなのかもしれない。みんな頭でっかちになりすぎている。いかに効率良く立ち回って、いかに人を出し抜くか、そんなことばかり考えていると顔がゆがんでいくよ。

効率的で衛生的な冷たい社会より、ちょっとくらい非効率で不衛生でも温かい世の中のほうがいい。こういう考え方はすでにノスタルジーでしかないということは十分に分かっているが、効率的で衛生的な冷たい社会からはじかれていく人がどこかにいて、あなたの代わりはいくらでもいるんですよと個の尊厳を根こそぎにされてしまうような宣告が日々繰返されていることに、そろそろ疑問を呈してもいいんじゃないだろうか。

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