ひとりごと

2017年10月17日 (火)

それにつけても…・その3

話を価値の交換に戻す。等価であると見なされれば、本来交換は何を使ってもよかったはずだ。「抜け雀」のところで上げたように、娘を嫁に差し上げるから絵を譲ってくれとか、好きなだけお酒を召し上がって結構ですから絵は私に、ということもありうる。黄鶴楼で酒代に絵を描いていった仙人もいたではないか。けれども、最も普遍的に流通すると思われている価値がお金だから、あれこれ考えなくても済む分だけ簡便である。誰にとっても、分かりやすいという話だ。

だが、だからといって札束で横っ面をひっぱたくようにして交換を迫ることに対しては、嫌な気持ちになる。ひっぱたく方は別かもれないが、ひっぱたかれる方はそう感じる。それは何故か。等価交換だから問題ないじゃないか。問題はない。ないのだが、やはりある。

金払ったんだからいいだろというのは、やはり違うのではないか。たとえば、大道芸に対するお捻りや投げ銭のようなものを思い浮かべると、分かりやすいかもしれない。お捻りや投げ銭は、強要されて出すものではない。強面のお兄さんが強制的に巻き上げる場合もあるかもしれないが、それは例外的な話で、任意のものである。いいものを見せてもらったという謝意をお捻りや投げ銭として表すのだから、そこまでは感心しなかったという人は出さなくてもよいのだ。

つまり気持ちの代替物としてのお金だから、同じお金ではあるが付与されている意味が違う。お金に色がついているわけじゃない、いいお金も悪いお金もおんなじだ。そういう考えもある。気持ちがこもっていようといまいと、お金はお金でしかない。確かにそうかもしれない。だが、気持ちを表すものは、もともとは他のものでもよかったはずである。食事を出す、宿を提供する、洗い物を引き受ける。そういうことでも交換できたのだ。しかし、それではいつでもどこでも交換するというわけにはいかなくなる。だから簡便な方法としてお金がそれらを代替することになったのだ。

交換というやりとりに気持ちという要素が皆無であれば、金払ったんだからという考え方も分からなくはない。大量に生産された製品を買うときに、そこへ気持ちという要素は入りにくい。売る側が気持ちという物語を付加したり、買う側が自分の思いを付加するという場合はあるだろうが、消費物を買うときにその要素は限りなくゼロに近い。だから、スーパーのレジで合計金額を支払うときは、何も感じることなく言われたお金を払うのであり、それに対してレジ係の方でもマニュアル通りにお買い上げありがとうございますと返してくるのである。

マス化されるほど交換の場に気持ちは不要となってくる。これが一点ものに近くなってくると、にわかに気持ちの要素が前面に出てくる。肉筆のたった一枚しかない絵を売る側も、それを買う側も、本来的にはお捻りや投げ銭感覚でやりとりしていたのではないか。だから、絵の雀と鳥屋の鳥を同じ次元で扱う宿屋の主は笑われるのだ。

その一点ものの絵が、描いた当人も買い入れた当人もいなくなると、気持ちの要素は薄くなる。当事者がいないのだから当然とえいえば当然かもしれない。そうなると、その絵は描かれた当初の事情から切り離され、絵画市場で取引される「商品」という性質が強くなる。値上がりが見込まれれば投機の対象にもなる。

ここで逆転現象が起きるのではないか。その絵に内在する価値を認めるからお金で交換したいということから、お金で評価されないものは価値がないということへの逆転。その絵に価値があるのなら値がつくはずである。誰も買いたいと思わないようなものであれば、つまりお金を払ってもいいと思われるものでなければ、その絵には価値がない。理路としてはそうなのだろう。

だが、そう割り切ってしまっていいのだろうか。芸術作品の価値は、ある時代だけで確定されるものではない。伊藤若冲は自分の絵は数百年後になれば理解されると思っていたらしいが、その通りになっているではないか。同時代やそれに続く数世紀に評価されなくとも、はるか後世に「発見」されることだってある。

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2017年10月16日 (月)

それにつけても…・その2

話を元に戻せば、すべての価値をお金という価値に一元化するという拝金主義に違和感を覚えるのは、金銭化できないものだってあるのではないかとどこかで感じるからなのだが、たとえば同じ落語の「井戸の茶碗」という噺などが浮かんでくる。

「井戸の茶碗」では、易で暮らしを立てている長屋住まいの浪人が、くず屋に先祖伝来の小さな仏像を売り払い、中から五十両の金がでてきて騒動になる。仏像を購入して五十両を見つけた細川藩士は、おれは仏像を買ったのであって五十両を買ったのではないからこの金は元の持ち主に返してこいと、くず屋に命じる。浪人は浪人で、手放した以上仏像から何が出てこようと自分には関わりがないと、これまた取り付くしまもない。その後、あれこれと展開はあるが、最後は浪人が自分の娘をその細川藩士の嫁に出すということで落着する。

この噺は徹底的に金銭的な価値で測れないものがあるのだというテーマを反復する。

浪人も、細川藩士も、意地になって金を受け取らない。こまったくず屋が浪人の住む長屋の大家に相談し、仲裁に入ってもらう。くず屋に十両、残りを二十両ずつ折半ということで落ち着く。落ち着きはするのだが、浪人はそれでは相済まぬと言う。では何か気持ちを差し上げてはとくず屋に勧められ、これはワシがふだん使っておる茶碗だがこれしか差し上げるものがないと、浪人が頼む。これが実は「井戸の茶碗」という天下の名器。細川の殿様が三百両で買い上げ、今度は百五十両ずつ折半することになる。百五十両を届けたくず屋に浪人が、その細川藩士は妻帯しているかと尋ねる。独り者だと判ると、では娘を嫁に、という展開だ。

出だしが五十両受け取りの拒否である。浪人も細川藩士も筋の通らぬ金は受け取れないと、頑なに拒む。次が、五十両折半後の、それではワシの気が済まぬという浪人の茶碗進上だ。お金の謝礼にお金では気持ちが表せない。だから、なにかモノを差し上げたい。そういうことだろう。さらに三百両折半の後は、自分の娘を嫁に出すという最上級の謝意である。

金銭のカウンターとして提出されるものが、茶碗であったり娘であったり、いずれも金銭的価値に換算されないものばかりだ。茶碗は細川の殿様が三百両で買い上げたし、娘だって吉原に連れていけば五十両にはなるじゃないか。確かにそうである。が、それは相手が拝金主義者の場合ならそう受け止めるだろうという話だ。それを金銭に換算できない気持ちとして受けてくれるであろうと思ったから浪人はくず屋に託したのであり、細川藩士もまたそのように受け止めたのである。

この噺がうまくできているのは、金銭の折半に対する謝意を何で表すかという構成になっているからだ。交換するものとして金銭が出てこられない場面で、何を提出するか。そこに焦点が当たっている。「お金では買えないものがある、ってえのは貧乏人のやせ我慢だ」と喝破したのは談志だったか。やせ我慢にはやせ我慢の美学がある。武士は食わねど高楊枝。この噺が、浪人者と細川藩士というお侍さん同士でなければならない所以でもある。

拝金主義への違和感は、金でしか交換できないという思想に対して生じるのではないか。人の気持ちだって金で買える。まあ、そうかもしれない。だが、いくら金を積まれてもいやなものはいやだ、そう断る人間だっている。いまどきそんな人間はいないって?それほど世の中捨てたものではない。絶滅危惧種のような存在かもしれないが、金がすべてとは限らないと考えている人間はいるはずだ。落語がいまだに滅びることなく受容されていることが、その何よりの証だ。

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2017年10月15日 (日)

それにつけても…・その1

すべてをお金という価値に一元化する拝金主義に違和感をおぼえるのはなぜだろう。

人であれ、物であれ、お金で測れない部分があるのではないか。おそらくそのように感じるときがあるから、あらゆるものを金銭というひとつの物差しで測ってしまうことに、何か違うのではないかと心のどこかがつぶやく。

「抜け雀」という落語がある。勘当された若い絵師が一文無しで泊まり、宿賃の代わりに白い衝立へ雀の絵を描く。これを形(かた)において後で払いに来るからそれまで取っておけと、主に言いつける。このときのやり取りがおかしい。

絵師は衝立に雀を五羽描く。宿の主は、最初それが何の絵なのか分からない。絵師に雀だと言われてなるほど雀ですなと納得する。絵師は「一羽一両。五羽で五両だ。」と告げる。それを聞いて主は「そりゃあ高いや。高い、高すぎる。おもての鳥屋に行ってごらんなさい。こんな大きな鳥が二十文で買えますよ。」と手を広げる。

この科白は、同じ次元で比較できないはずの絵と鳥料理を、金額で比べるおかしさなのだが、つまりは芸術作品の価値と消費物の価値を同じ尺度で比べるおかしさであるのだが、宿の主をひとしきり笑った後でふと考えこむ。

では、金銭以外の価値で芸術を測ることができるものはあるのか。「抜け雀」の噺にしても、小田原の大久保加賀守が絵と衝立を千両で買いたいと評価したことで絵師の評価が上がる。これが、誰も買いたいという人間が現われなかったら、いくら素晴らしい作品であろうと評価の低いままで終わってしまう。

だが、ここでもう一度考えは反転する。この絵を大久保加賀守が千両出しても買いたいと思ったのはなぜか。それは、朝日があたると衝立から雀が抜け出るという絵だからだ。つまり、絵そのものに価値があり、それを金銭という尺度で交換してもらうためには、千両出してもいい。そのように評価されたからではないのか。

ということは、交換の尺度は何も金銭に限らないのではないか。たとえば、自分の娘を嫁にやるから絵を譲ってくれ、という展開もありうる。この先好きなだけお酒を差し上げますので、この絵は私のものに、ということだって可能だ。

つまり、もともと交換したいという気持ちを抱かせる価値が作品に内在しており、それを何と交換するのかという話だったものが、分かりやすいから金銭という尺度で交換してもらおうということになったのではないか。分かりやすい、というのは共通した尺度として流通しやすいという意味である。

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2017年7月31日 (月)

同時代を生きているということ

近代史の学び直しをしている中で、もどかしく思うことがある。明治の西郷隆盛や板垣退助、あるいは昭和維新期の北一輝や大川周明でもよいのだが、写真やさまざまな記述を読んでも今ひとつつかめない感触が残る。膨大な人物論や評伝が残っている場合でもそれは変わらない。

これが例えば、田中角栄だったり佐藤栄作だったら、私と同年代の方はある手触りのある記憶とともに、こういう感じの人物という説明ができそうな気がする。もちろん直接田中角栄や佐藤栄作に会ったことがあるわけではない。テレビのニュースなどを通じた二次的な情報としてしか触れていない。にもかかわらず西郷隆盛や板垣退助に対しては感じることができない何かを彼らには感じる。

それは、おそらく同じ時代に生きていたという記憶から来るのではないだろうか。子どもの頃だったとしても、いや子どもであればなおのこと鮮明に、その時代の感触を覚えている。だから、メディアによって作られた像であるにしろ、ある確実な像となって浮かび上がってくるように思う。

それと同じように、村上春樹がベストセラー作家で新しい長編小説が出ると書店の前に行列ができたものだ、とか、藤井四段が連勝記録を更新したときはものすごい騒ぎだった、とかいった話はこれから五十年、百年経つと実感を伴わない歴史的な事実の一つになり、ふーんそうだったんだという程度の受け止め方しかされないだろう。

同時代を生きているということのありがたみは、なかなか実感することがないのだが、過去の歴史の中の人物と向き合うときに逆の意味で痛感させられる。だから、たとえば末松太平『私の昭和史…二・二六事件異聞』のような個人の記憶と結びついたエピソードに接すると、ベールの向こう側にあって届かないもどかしさを感じていた人物にいくらか近づけたような気持ちになる。それはあるいはただの錯覚なのかもしれない。しかし、主観的なものであってもなにがしかの記憶と結びつきがあるエピソードと、伝聞的に後で「情報」として知ったエピソードとでは雲泥の差がある。伝記が面白いと感じるようになったことには、こういった記憶の裏づけがあるエピソードという要素も大きく関係しているのだろう。

ただ、同じ人物についてであっても、それを記憶している人によって受け止め方は異なってくる。当たり前の話だが、まず時期の違いがある。それからその人物との親疎の距離感の違いも大きい。たとえば、森繁久彌と聞いて、私が思い浮かべるのは芸能界の大御所としての森繁久彌で、白いヒゲと眼鏡がすぐに浮かんでくる。しかし、もっと上の世代になれば、小林桂樹や三木のり平他と共演した「社長シリーズ」などの森繁久彌を思い浮かべるかもしれない。さすがにNHKのアナウンサー時代、それも満州国時代の姿を思い出す方は少ないと思うが。

そのような断片的な像の集積から、少しでも全体像の把握に進むことができたらそれだけでよしとすべきなのかもしれない。

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2017年7月30日 (日)

興味の対象

このところ、伝記やそれに準ずる記録などを面白く感じて読んでいる。もちろん小説には小説でしか表し得ない虚構の面白さがあるのだが、事実の積み重ね(それが主観的なものであるとしても)により浮き出てくる、現実に生きた人間の姿は、小説とは別の感慨を呼び起こす。

「ありうる姿」としての人間ではなく、「そのようであった姿」を味わうと言えばいいのか。どうも書画骨董を愛でる老人になってしまったような気分だが、おそらくこれは自分の手持ちの時間が残り少なくなってきていることを頭のどこかで分かっているということなのだろう。二十年くらいで人の生涯を区切ってみると、平均寿命まで生きるとして少なくとも八十年が四つに区分される。陸上競技のトラックで言えば、第一コーナーから第四コーナーということになるか。どう考えても、もうじき第三コーナーの区間が終わって第四コーナーへかかろうかというあたりをフラフラとしている。

現実的な話として、ここから「ありうる姿」を新たに求めて自分を変えていくのは、シンドイ。若い頃のように、これから先の時間がふんだんにあり、贅沢にそれを消費していくことができる時期であれば前しか見ずに進むこともできる。だが、長い坂道を下るように残り時間が刻一刻と少なくなっていく年代になると、否応なしに「来し方」に思いを馳せ、「そのようであった姿」を振り返ることが増えてくる。それとともに、伝記や記録に定着された、ある時代の一人の人間がどのようにして生きたかという姿に興味を覚えるようになった。

ある一人の人間が生きていく上で、大きく影響するものは何があるのだろう。まず生まれ育った時代。周囲の人間との出会い。そして偶然という要素。特に最後の偶然という要素の占めている割合が意外に大きいことに呆然としてしまう。若いころにチャプリンの自伝を読んで一番印象に残ったのもそのことだった。喜劇王と言われたチャプリンでさえ、映画に出ることになったのは「偶然」からだった。巡り合わせが違っていれば、『モダンタイムズ』も『ライムライト』も存在しなかったわけだ。その「偶然」をどのように捉えるかで、運命論者にも宗教家にもなりうるだろう。逆に、「偶然」が大きく作用するならジタバタしても始まらないじゃないかと開き直ることもできそうだ。

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2017年6月17日 (土)

雪崩をうって

昭和の始め、満州事変が起きるまで社会の空気は国際協調をとる幣原外交をよしとするものだった。第一次大戦後の軍縮と国際協調の流れは、大正デモクラシーとともに時代の空気感を形作った。軍事費の削減を求める声が当然のごとく起こり、実際に陸軍の数個師団が整理された。軍服を着た軍人が、電車の中で一般市民から「税金泥棒」といった罵声を浴びせられることも珍しいことではなかったらしい。

それが満州事変の勃発とともに、社会の空気が一変してしまう。満蒙は日本の生命線であり、日本の勢力下に置くことは何よりも重要なことである。そのような主張が広く受け入れられていく。その後の満州国成立と国際連盟脱退が、さらに帝国主義的拡大政策の支持へと国内の空気を押し上げる。軍部と右翼の国家主義者だけが戦時体制へと引っ張っていったわけではないのだ。

こういったナショナリズムの噴き上がりは、日露戦争後のポーツマス条約に反対する「日比谷焼き打ち事件」が最初なのだろう。「戦勝」したのに、なぜ賠償金が取れないのだ、と暴動が起きた事件である。国民の意識の底にある、ある種素朴なナショナリズムは、きっかけさえあれば一気に空気感を作り出し爆発的な勢いで拡大していく。

山本七平の『「空気」の研究』に、その「空気」の実態が詳細に分析されていることはよく知られている。昔から今に至るまで、日本の社会は「空気」に大きく支配されてしまうという点で何も変わっていないのじゃないかと思う。

今、何が一番起こってほしくないかと言えば、それは北朝鮮によるミサイル攻撃である。核ミサイルであろうが通常兵器であろうが、一発のミサイルが(あるいは数十発かもしれない)実際に着弾して死傷者を出すことに対する恐怖感はもちろんある。七十年以上も国土を攻撃される恐怖を味わったことのない社会が、破壊と死に直面するという現実に耐えられるのかどうかとも思ってしまう。

しかし、それ以上に憂鬱になるのは、社会の空気が一気に好戦的なものに変わるだろうという暗い予感である。報復を求めるナショナリズムの噴き上がりが容易に想像される。「日比谷焼き打ち事件」から「満州国成立」といった過去の例を思えば、同じような社会的興奮状態へと沸騰しないという保証はない。そうなったときに、おそらく冷静な対応を求める声はかき消されていくだろう。憲法を改正して自衛隊を国軍とし、報復攻撃せよ。そういう声が大きくなるだろう。右翼の街宣車ががなりたてなくても、SNSの「いいね」や「RT」を通じて誰もがナショナリズムの信奉者に変わっていくだろう。

異を唱えるものは「非国民」「敵の回し者」と大炎上どころの話ではないだろう。やられたらやりかえすのが当たり前だろう。報復しないで黙っていろっていうのか。そういう声が支配的な空気を醸成するだろう。だが、そのように声高に言う人間が戦闘に行くわけではない。実際の戦闘で死傷するのは自衛隊員である。そして、戦争という事態になって一番犠牲になるのは「市民」である。イラクでもシリアでも、「市民」が大量に犠牲になった。報復感情というナショナリズムの噴き上がりがもたらすものは、結局「市民」の犠牲と軍需産業の利益増大だけではないか。

戦争を起こさせないための政治・外交こそが第一であるはずだが、戦争したくてうずうずしているどこかの国のリーダーはおそらく違う考えなのだろう。ここまで書いたことが杞憂に終わることを切に祈っている。

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2017年6月11日 (日)

閉塞感

石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いたのは1910年(明治43年)。日露戦争を経験し、幸徳秋水らの「大逆事件」が起きた直後のことだ。啄木自身は、その閉塞した時代状況の展開を見ることなく、明治の終焉とともに亡くなってしまう。

それから二十年ほど経った1931年(昭和6年)、満州事変が起きる。ここから1936年(昭和11年)二・二六事件までの昭和初期も、社会には閉塞感が漂っていた。

啄木が「時代閉塞の現状」を書いたころに感じていた閉塞感は、近代国家という目標に追いついてしまった明治国家の目標喪失と、拠り所なく漂流し始めた個人の故郷喪失が重なりあう形で生まれたものだろう。また昭和初期の閉塞感は、政党政治への不信、世界恐慌前後の経済的状況が根底にあり、国内改造と満蒙進出によって一気にそれを打ち破ろうとする動きを作り出した。

翻って2017年の現在、そこはかとなく漂っているこの閉塞感はどこから来るのだろう。簡易真空装置で少しずつ空気が抜かれていくみたいに、ちょっとずつちょっとずつ自由な空気が社会から奪われているからだろうか。それとも、あらゆるものを経済的価値に一元化し、それ以外のものに価値を見出さない拝金主義的な風潮のせいなのか。子どもから大人まで、「結局はお金でしょ」という身も蓋もない価値観が大手を振るい、「武士は食わねど高楊枝」的なやせ我慢の美学などこれっぽっちのかけらも見かけなくなってしまった。

少なくとも、啄木が生きていた明治末のころや青年将校たちが行動を起こそうとしていた昭和初期の日本は、主権を持った「独立国」だった。他国の軍隊を駐留させ、基地を提供し、その費用まで負担するような「属国」ではなかった。地位協定や年次改革要望書によって主権を握る「宗主国」に尻尾を振るような国ではなかった。

戦争に負けて占領され、GHQによる民主化を受け入れるよりほかに選択肢はなかったのだから仕方がない。そうだろうか。戦後まもない日本の政治を切り盛りした保守の政治家たちは、「面従腹背」という言葉の意味をよくわかっていたはずだ。占領国であるアメリカの言うことには従う以外の選択肢がないのだから従わざるをえないが、いずれ時が来たら従属から抜けだして「独立国」になる。それまではじっと我慢する。これが当時の政治家の共通認識だったのではないか。

しかし、朝鮮戦争を境として、経済発展と引き換えに対米従属を続けたほうがよいという変質が常態化していく。高度経済成長により日本は豊かな先進工業国となった。対米従属を通じた経済発展こそ日本の生きる道、とでもいうように経済的価値が何よりも優先され、物質的豊かさは実現された。だが、それで幸せになったのか。豊かな社会に暮らしているのに、幸福だと感じている人の割合が少ないのはなぜだろう。

独立した国民国家ですらグローバリズムの攻勢にのみ込まれようとしている現在、「属国」の立場に甘んじている日本は二重の意味で、独立した主権国家としての存立基盤を危うくしている。

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2017年4月28日 (金)

花の盛りを遠く眺めて・その2

フランスの大統領選挙でもNational Front(国民戦線)のマリーヌ・ルペン候補が決選投票に残り、5月の投票結果が注目されている。おそらくマクロン候補が大統領になるだろう。トランプ対ヒラリーの場合と違い、大きく差が開いているので逆転はないというのが大方の予想のようだ。たぶんそうなのだろう。

ここでも「右傾化」とポピュリズム(大衆主義)の組み合わせかと図式化してしまうと、もっと底流にある大きな動きを見落としてしまうのではないだろうか。従来のような「右翼」「左翼」という二分法では本質からそれた把握になりかねない。

対立の構図は、グローバリズム対国家主権主義(単純にナショナリズムといってもよいかもしれないが)なのであり、左右の対立なのではない。国境も国家主権もなくしていこうとするEUを信奉するグローバリズムと、EUの統合によって高まった流動性のあおりを受けて沈んでいく農家や労働者階級の反グローバリズムが衝突している。

これがスティーブ・バノンの言う「a global tea party movement」ということなのだろう。市場が統合され、通貨が統合され、「人・モノ・金」が国境を越えて自由に移動できるようになれば、もっと豊かになると言われていたのに、実際はその逆になった。ブリュッセルのEU官僚たちは選挙で選ばれたわけでもないのに自分達の暮らしを支配している。そういう大衆の不満が国家主権の回復を求め始めているということなのではないか。イギリスのEU離脱にしても同根である。

つまり、ヨーロッパでもアメリカでも、自由貿易とグローバル化の進展により豊かになると言われていたことが「ウソ」だったと感じている人びとが存在しているということなのだろう。グローバル化が進展すると、グローバル企業は安い労働力を求めて途上国へ生産拠点を移動する。移動した先の経済が発展し賃金水準が上がってくると、また安い労働力の得られる場所を目指して移動する。そこから二つの対照的な結果がもたらされるという。一つは、先進国の中産労働者階級の没落と失業率の増加であり、もう一つは途上国の貧困率の低下である。世界規模で再分配を行なっているような感じもするが、グローバル化には明暗が伴うということか。

しかし、グローバル化が止められない流れで資本主義社会の必然だとしても、グローバリストにアゴで使われるのは嫌だ。そう思う人びとが存在しても不思議ではない。グローバリズムは国家主権を超えて世界のどこでも同じように商売ができるよう、あらゆる規制を撤廃させていく。国内法を超越してグローバル企業に利益がもたらされる仕組みを精細に作り上げる。巨大な富を得るのは一部の人間であり、その他の人びとはそれに奉仕する存在でしかない。バノンはそういった人びとの反発を

… a center-right populist movement of really the middle class, the working men and women in the world who are just tired of being dictated to by what we call the party of Davos.

と表した。「the party of Davos」(ダボス会議の連中)の進めるグローバリズムによって、まじめに働いている中産階級の労働者は惨めな暮らしを強いられているじゃないか。エリートの官僚やウォールストリートの銀行屋たちが言っていることは「おためごかし」の嘘っぱちだ。額に汗して働いている人間が没落しているのに、ギャンブルまがいの金融ゲームに興じている連中は、しくじって大きな穴をあけても税金で埋め合わせてもらい自分の懷を痛めていない。こんなことでいいわけがないだろう。そういう声がトランプ政権の誕生につながった。

確かにポピュリズム(大衆主義)なのだが、そしてまた、それは「右翼」的なものと親和性が高いのでもあろうが、左右のイデオロギーによってではなく人びとの「感情」を揺り動かす要素がそこにはある。自国民の福利を優先的に考える自国第一主義のどこが悪いのだ。保護主義でいいではないか。貿易自由化が絶対的な善であると誰が決めたのか。他国の国民を潤すことより、まずは自国の国民が暮らしの心配をしなくて済むようにしてくれ。こういった大衆の「感情」は、エリートがもっとらしく述べる高邁な理想主義や理路整然とした経済理論より説得力がある。

問題は、そのように国家主権を守ろうとするナショナリズムは分が悪い、ということではないか。

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2017年4月27日 (木)

花の盛りを遠く眺めて

桜の花が満開を過ぎて散り始めようとしている。北国のここでは、いつもゴールデンウィークの直前に花の盛りが過ぎてしまう。ずっと昔、私が小学校に上がるくらいのころは「天皇誕生日」今の「昭和の日」あたりが見ごろだったと記憶しているが、この数十年でそれが繰り上がってしまったようだ。

花が散り始めようかという時期なのに、相変わらずヒマである。ヒマにまかせてぼんやりと何事か考えるのも変わりがない。例によって結論があるわけでもなく、無駄といえば無駄な行為である。しかし、生きるということは、必ずしも合目的なものばかりで成り立っているわけではない。何のためにこんなことを考えたりするのか分からないけれども、考えること自体が生きていることの同義語なのではないか。

といった前置きはさておき、何を取り上げようとするのか。過渡期にある世界の話。いったいこれから世界はどうなっていくのか。

アメリカの大統領にトランプが就任して以来、アメリカの政策はよく分からなくなってきた。特に主席戦略担当のスティーブ・バノンが、どうやらホワイトハウスの中で影響力を行使できなくなってきたらしいと伝えられるようになって、一層混沌としてきた。

スティーブ・バノンはアイルランド系カトリックの労働者階級の家庭に育ち、ゴールドマンサックスに短い期間勤め、その後映像作家としてドキュメンタリーを何本か作り(「右のマイケル・ムーア」と呼ばれているようだ)、「Breitbart.com」という右翼のたまり場のようなサイトを引き継いで主宰していた。「極右」「ファシスト」「レイシスト」「白人至上主義者」「性差別主義者」などなど、さまざまなレッテルが貼られている。

しかし、バノン自身の発言、たとえばバチカンで開かれた小会議にスカイプを通じてゲスト参加したときの発言や「Breitbart.com」の署名記事(共同記事も含めて)を読んでみると、レッテルに貼られているような過激なことを主張しているようには見えない。ただ、「Breitbart.com」のラジオ番組の中では過激な発言をしていたようでもあるし、彼が制作した「Generation Zero」というドキュメンタリー映画を見ると、確信犯的な強い思い込みがあるようだなあと感じる。ちなみに「Generaiton Zero」は大仰な雰囲気が全編に充満していて、最後まで見続けるのはなかなか骨が折れる。かなり偏った考えを持っているのだということはひしひしと伝わってくる。だが、それを先にあげたようなレッテルでまとめられるかというと、それは違うのではないか。

バノンに対する「極右」「ファシスト」「レイシスト」といったレッテル貼りは、彼が主宰していた「Breitbart.com」がalt-right(実態はかなり異なるのだが、アメリカ版「ネトウヨ」と乱暴に説明しておく)のたまり場となっており、過激な記事や発言が集積していることが原因となっているのだろう。

では、バノン自身の思想はどこにあるのか。ひと言で言えば、反エスタブリッシュメント。民主党・共和党の既成政党のどちらであるかに関係なく、ワシントンの支配層(ウォールストリートと結びつき、主流マスメディアを広報機関にしている)を攻撃し、「忘れられた人びと(白人の中産階級、労働者階級)」を主役にしようという考えだ。バノンは、エスタブリッシュメント側の資本主義を「crony capitalism」(「仲間内資本主義」とでも訳すのか)と呼ぶ。「state-controlled capitalism」(政府に管理された資本主義)と言い換えたりもする。端的な例として、2008年のリーマンショックのときに金融機関を公的資金(つまりは税金)で救済したことをバノンは挙げる。

ここから草の根運動の「ティーパーティー運動」への支持が出てくるのだろう。バチカンの小会議での発言中にも「a global tea party movement」という語句で、ヨーロッパのUKIP(イギリス独立党)やNational Front(フランスの国民戦線)その他の「中道右派」への共感が示されている。バノン自身が述べる「a global tea party movement」の簡潔な定義は、次のようなものである。

… a center-right populist movement of really the middle class, the working men and women in the world who are just tired of being dictated to by what we call the party of Davos.

まさしく大衆主義への共感ということなのだが、バノンが自身も含めてこのような勢力を「中道右派」と捉えているのは興味深い。バノンに対するのと同様、主流メディアではUKIPもNational Frontも「極右」というレッテルが貼られている。

バチカンの小会議でのバノンの発言と質議の全文は(こちら :英文)

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2017年4月 6日 (木)

春眠ぼけの頭でぼんやりと

新年度が始まっているが、ヒマである。昨日あたりから気温も急に上がり、うららかな春日という感じの一日だ。あまりにヒマなので、余計なことをぼんやりと考える。ぼんやりとだから結論も何もない。浮かんでは消える泡のようなものだ。

まずは2020年の大学入試改革から。センター試験が廃止され、代わりに実施される大学入学希望者学力評価テスト(いわゆる学力評価テスト)について、文科省の有識者会議の最終報告が出てから一年ほどになる。旺文社の教育情報センター(こちら)に紹介されている内容にざっと目を通すと、「知識・技能」だけでなく「思考力・表現力」を問う形の試験になるという。「記述式」も導入されるとある。

先日DMで送られてきたある塾情報誌の座談会でも、この大学入試改革に合わせて中学入試・高校入試が質的に変化していくということが話題として取り上げられていた。その座談会の中で、ある発言者が「こうした改革は、学力上位層の引き出しを考えているのではないか。」と見解を述べ、別の発言者が「下の学力層の生徒は、思考力・表現力と言われてもそれに対応できるような力が身についていないわけで、そのレベルには知識・技能の習得で手一杯の現状がある。」ということを補足していた。

つまり、二極分化しつつあるのではないかという現状がいっそう進行するだろうということだ。高校入試の開示請求の結果などを見ても思うのだが、学力検査で350点以上取る生徒と200点以下の生徒のどちらかしか来ておらず、かつてボリュームゾーンだった中間層がいなくなってしまった。「思考力・表現力」を伸ばすことを目標に置く生徒がいる一方で、それに取り組む前にまずは「知識・技能」をなんとかしなければならない生徒がもう一方にいる。

文科省が「地域貢献型」「特定分野の教育研究型」「世界水準の教育研究型」の三類型に国立大学を分けて運営費交付金を配分するとしたことが以前話題になったが、これも同じような流れの上にある話かと思ってしまう。

学力差があるのは現実だし、それをないものとするのは欺瞞だと思うが、制度設計からこぼれてしまう学力下位層の生徒に対してはどう手当していくのか。世界水準で海外の大学と対抗できる研究成果をあげられるような大学を日本にも作る。それはそれで結構なことだ。そのための選抜基準や要求される学生像のハードルが上がるのは、ある意味当然のことだろう。しかし、その対極にいる生徒にどのような力をつけさせるのか。下位層の生徒にも「思考力・表現力」や「主体的に協働して学ぶ力」を要求するのか。

「知識・技能」の習得の時点で問題を抱えている生徒をどうするのか。現状のように学年が上がるにつれてこぼれ落ちる人数が増えるようなシステムをどう変えていくのだろう。アクティブラーニングや情報端末の活用で、基本的な「知識・技能」の習得が大幅に改善されると見込んでいるのだろうか。学校の現場で実際に生徒に向き合っている先生方のさまざまな教育実践の蓄積はどうなっているのだ。まさか、それがアクティブラーニングと情報端末の活用ですということでもあるまい。多様な指導法の可能性があるはずで、アクティブラーニングや情報端末の活用もその可能性の一つでしかないと思うのだが、そういう考え方はもう時代遅れなのか。

 

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