ひとりごと

2017年6月17日 (土)

雪崩をうって

昭和の始め、満州事変が起きるまで社会の空気は国際協調をとる幣原外交をよしとするものだった。第一次大戦後の軍縮と国際協調の流れは、大正デモクラシーとともに時代の空気感を形作った。軍事費の削減を求める声が当然のごとく起こり、実際に陸軍の数個師団が整理された。軍服を着た軍人が、電車の中で一般市民から「税金泥棒」といった罵声を浴びせられることも珍しいことではなかったらしい。

それが満州事変の勃発とともに、社会の空気が一変してしまう。満蒙は日本の生命線であり、日本の勢力下に置くことは何よりも重要なことである。そのような主張が広く受け入れられていく。その後の満州国成立と国際連盟脱退が、さらに帝国主義的拡大政策の支持へと国内の空気を押し上げる。軍部と右翼の国家主義者だけが戦時体制へと引っ張っていったわけではないのだ。

こういったナショナリズムの噴き上がりは、日露戦争後のポーツマス条約に反対する「日比谷焼き打ち事件」が最初なのだろう。「戦勝」したのに、なぜ賠償金が取れないのだ、と暴動が起きた事件である。国民の意識の底にある、ある種素朴なナショナリズムは、きっかけさえあれば一気に空気感を作り出し爆発的な勢いで拡大していく。

山本七平の『「空気」の研究』に、その「空気」の実態が詳細に分析されていることはよく知られている。昔から今に至るまで、日本の社会は「空気」に大きく支配されてしまうという点で何も変わっていないのじゃないかと思う。

今、何が一番起こってほしくないかと言えば、それは北朝鮮によるミサイル攻撃である。核ミサイルであろうが通常兵器であろうが、一発のミサイルが(あるいは数十発かもしれない)実際に着弾して死傷者を出すことに対する恐怖感はもちろんある。七十年以上も国土を攻撃される恐怖を味わったことのない社会が、破壊と死に直面するという現実に耐えられるのかどうかとも思ってしまう。

しかし、それ以上に憂鬱になるのは、社会の空気が一気に好戦的なものに変わるだろうという暗い予感である。報復を求めるナショナリズムの噴き上がりが容易に想像される。「日比谷焼き打ち事件」から「満州国成立」といった過去の例を思えば、同じような社会的興奮状態へと沸騰しないという保証はない。そうなったときに、おそらく冷静な対応を求める声はかき消されていくだろう。憲法を改正して自衛隊を国軍とし、報復攻撃せよ。そういう声が大きくなるだろう。右翼の街宣車ががなりたてなくても、SNSの「いいね」や「RT」を通じて誰もがナショナリズムの信奉者に変わっていくだろう。

異を唱えるものは「非国民」「敵の回し者」と大炎上どころの話ではないだろう。やられたらやりかえすのが当たり前だろう。報復しないで黙っていろっていうのか。そういう声が支配的な空気を醸成するだろう。だが、そのように声高に言う人間が戦闘に行くわけではない。実際の戦闘で死傷するのは自衛隊員である。そして、戦争という事態になって一番犠牲になるのは「市民」である。イラクでもシリアでも、「市民」が大量に犠牲になった。報復感情というナショナリズムの噴き上がりがもたらすものは、結局「市民」の犠牲と軍需産業の利益増大だけではないか。

戦争を起こさせないための政治・外交こそが第一であるはずだが、戦争したくてうずうずしているどこかの国のリーダーはおそらく違う考えなのだろう。ここまで書いたことが杞憂に終わることを切に祈っている。

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2017年6月11日 (日)

閉塞感

石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いたのは1910年(明治43年)。日露戦争を経験し、幸徳秋水らの「大逆事件」が起きた直後のことだ。啄木自身は、その閉塞した時代状況の展開を見ることなく、明治の終焉とともに亡くなってしまう。

それから二十年ほど経った1931年(昭和6年)、満州事変が起きる。ここから1936年(昭和11年)二・二六事件までの昭和初期も、社会には閉塞感が漂っていた。

啄木が「時代閉塞の現状」を書いたころに感じていた閉塞感は、近代国家という目標に追いついてしまった明治国家の目標喪失と、拠り所なく漂流し始めた個人の故郷喪失が重なりあう形で生まれたものだろう。また昭和初期の閉塞感は、政党政治への不信、世界恐慌前後の経済的状況が根底にあり、国内改造と満蒙進出によって一気にそれを打ち破ろうとする動きを作り出した。

翻って2017年の現在、そこはかとなく漂っているこの閉塞感はどこから来るのだろう。簡易真空装置で少しずつ空気が抜かれていくみたいに、ちょっとずつちょっとずつ自由な空気が社会から奪われているからだろうか。それとも、あらゆるものを経済的価値に一元化し、それ以外のものに価値を見出さない拝金主義的な風潮のせいなのか。子どもから大人まで、「結局はお金でしょ」という身も蓋もない価値観が大手を振るい、「武士は食わねど高楊枝」的なやせ我慢の美学などこれっぽっちのかけらも見かけなくなってしまった。

少なくとも、啄木が生きていた明治末のころや青年将校たちが行動を起こそうとしていた昭和初期の日本は、主権を持った「独立国」だった。他国の軍隊を駐留させ、基地を提供し、その費用まで負担するような「属国」ではなかった。地位協定や年次改革要望書によって主権を握る「宗主国」に尻尾を振るような国ではなかった。

戦争に負けて占領され、GHQによる民主化を受け入れるよりほかに選択肢はなかったのだから仕方がない。そうだろうか。戦後まもない日本の政治を切り盛りした保守の政治家たちは、「面従腹背」という言葉の意味をよくわかっていたはずだ。占領国であるアメリカの言うことには従う以外の選択肢がないのだから従わざるをえないが、いずれ時が来たら従属から抜けだして「独立国」になる。それまではじっと我慢する。これが当時の政治家の共通認識だったのではないか。

しかし、朝鮮戦争を境として、経済発展と引き換えに対米従属を続けたほうがよいという変質が常態化していく。高度経済成長により日本は豊かな先進工業国となった。対米従属を通じた経済発展こそ日本の生きる道、とでもいうように経済的価値が何よりも優先され、物質的豊かさは実現された。だが、それで幸せになったのか。豊かな社会に暮らしているのに、幸福だと感じている人の割合が少ないのはなぜだろう。

独立した国民国家ですらグローバリズムの攻勢にのみ込まれようとしている現在、「属国」の立場に甘んじている日本は二重の意味で、独立した主権国家としての存立基盤を危うくしている。

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2017年4月28日 (金)

花の盛りを遠く眺めて・その2

フランスの大統領選挙でもNational Front(国民戦線)のマリーヌ・ルペン候補が決選投票に残り、5月の投票結果が注目されている。おそらくマクロン候補が大統領になるだろう。トランプ対ヒラリーの場合と違い、大きく差が開いているので逆転はないというのが大方の予想のようだ。たぶんそうなのだろう。

ここでも「右傾化」とポピュリズム(大衆主義)の組み合わせかと図式化してしまうと、もっと底流にある大きな動きを見落としてしまうのではないだろうか。従来のような「右翼」「左翼」という二分法では本質からそれた把握になりかねない。

対立の構図は、グローバリズム対国家主権主義(単純にナショナリズムといってもよいかもしれないが)なのであり、左右の対立なのではない。国境も国家主権もなくしていこうとするEUを信奉するグローバリズムと、EUの統合によって高まった流動性のあおりを受けて沈んでいく農家や労働者階級の反グローバリズムが衝突している。

これがスティーブ・バノンの言う「a global tea party movement」ということなのだろう。市場が統合され、通貨が統合され、「人・モノ・金」が国境を越えて自由に移動できるようになれば、もっと豊かになると言われていたのに、実際はその逆になった。ブリュッセルのEU官僚たちは選挙で選ばれたわけでもないのに自分達の暮らしを支配している。そういう大衆の不満が国家主権の回復を求め始めているということなのではないか。イギリスのEU離脱にしても同根である。

つまり、ヨーロッパでもアメリカでも、自由貿易とグローバル化の進展により豊かになると言われていたことが「ウソ」だったと感じている人びとが存在しているということなのだろう。グローバル化が進展すると、グローバル企業は安い労働力を求めて途上国へ生産拠点を移動する。移動した先の経済が発展し賃金水準が上がってくると、また安い労働力の得られる場所を目指して移動する。そこから二つの対照的な結果がもたらされるという。一つは、先進国の中産労働者階級の没落と失業率の増加であり、もう一つは途上国の貧困率の低下である。世界規模で再分配を行なっているような感じもするが、グローバル化には明暗が伴うということか。

しかし、グローバル化が止められない流れで資本主義社会の必然だとしても、グローバリストにアゴで使われるのは嫌だ。そう思う人びとが存在しても不思議ではない。グローバリズムは国家主権を超えて世界のどこでも同じように商売ができるよう、あらゆる規制を撤廃させていく。国内法を超越してグローバル企業に利益がもたらされる仕組みを精細に作り上げる。巨大な富を得るのは一部の人間であり、その他の人びとはそれに奉仕する存在でしかない。バノンはそういった人びとの反発を

… a center-right populist movement of really the middle class, the working men and women in the world who are just tired of being dictated to by what we call the party of Davos.

と表した。「the party of Davos」(ダボス会議の連中)の進めるグローバリズムによって、まじめに働いている中産階級の労働者は惨めな暮らしを強いられているじゃないか。エリートの官僚やウォールストリートの銀行屋たちが言っていることは「おためごかし」の嘘っぱちだ。額に汗して働いている人間が没落しているのに、ギャンブルまがいの金融ゲームに興じている連中は、しくじって大きな穴をあけても税金で埋め合わせてもらい自分の懷を痛めていない。こんなことでいいわけがないだろう。そういう声がトランプ政権の誕生につながった。

確かにポピュリズム(大衆主義)なのだが、そしてまた、それは「右翼」的なものと親和性が高いのでもあろうが、左右のイデオロギーによってではなく人びとの「感情」を揺り動かす要素がそこにはある。自国民の福利を優先的に考える自国第一主義のどこが悪いのだ。保護主義でいいではないか。貿易自由化が絶対的な善であると誰が決めたのか。他国の国民を潤すことより、まずは自国の国民が暮らしの心配をしなくて済むようにしてくれ。こういった大衆の「感情」は、エリートがもっとらしく述べる高邁な理想主義や理路整然とした経済理論より説得力がある。

問題は、そのように国家主権を守ろうとするナショナリズムは分が悪い、ということではないか。

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2017年4月27日 (木)

花の盛りを遠く眺めて

桜の花が満開を過ぎて散り始めようとしている。北国のここでは、いつもゴールデンウィークの直前に花の盛りが過ぎてしまう。ずっと昔、私が小学校に上がるくらいのころは「天皇誕生日」今の「昭和の日」あたりが見ごろだったと記憶しているが、この数十年でそれが繰り上がってしまったようだ。

花が散り始めようかという時期なのに、相変わらずヒマである。ヒマにまかせてぼんやりと何事か考えるのも変わりがない。例によって結論があるわけでもなく、無駄といえば無駄な行為である。しかし、生きるということは、必ずしも合目的なものばかりで成り立っているわけではない。何のためにこんなことを考えたりするのか分からないけれども、考えること自体が生きていることの同義語なのではないか。

といった前置きはさておき、何を取り上げようとするのか。過渡期にある世界の話。いったいこれから世界はどうなっていくのか。

アメリカの大統領にトランプが就任して以来、アメリカの政策はよく分からなくなってきた。特に主席戦略担当のスティーブ・バノンが、どうやらホワイトハウスの中で影響力を行使できなくなってきたらしいと伝えられるようになって、一層混沌としてきた。

スティーブ・バノンはアイルランド系カトリックの労働者階級の家庭に育ち、ゴールドマンサックスに短い期間勤め、その後映像作家としてドキュメンタリーを何本か作り(「右のマイケル・ムーア」と呼ばれているようだ)、「Breitbart.com」という右翼のたまり場のようなサイトを引き継いで主宰していた。「極右」「ファシスト」「レイシスト」「白人至上主義者」「性差別主義者」などなど、さまざまなレッテルが貼られている。

しかし、バノン自身の発言、たとえばバチカンで開かれた小会議にスカイプを通じてゲスト参加したときの発言や「Breitbart.com」の署名記事(共同記事も含めて)を読んでみると、レッテルに貼られているような過激なことを主張しているようには見えない。ただ、「Breitbart.com」のラジオ番組の中では過激な発言をしていたようでもあるし、彼が制作した「Generation Zero」というドキュメンタリー映画を見ると、確信犯的な強い思い込みがあるようだなあと感じる。ちなみに「Generaiton Zero」は大仰な雰囲気が全編に充満していて、最後まで見続けるのはなかなか骨が折れる。かなり偏った考えを持っているのだということはひしひしと伝わってくる。だが、それを先にあげたようなレッテルでまとめられるかというと、それは違うのではないか。

バノンに対する「極右」「ファシスト」「レイシスト」といったレッテル貼りは、彼が主宰していた「Breitbart.com」がalt-right(実態はかなり異なるのだが、アメリカ版「ネトウヨ」と乱暴に説明しておく)のたまり場となっており、過激な記事や発言が集積していることが原因となっているのだろう。

では、バノン自身の思想はどこにあるのか。ひと言で言えば、反エスタブリッシュメント。民主党・共和党の既成政党のどちらであるかに関係なく、ワシントンの支配層(ウォールストリートと結びつき、主流マスメディアを広報機関にしている)を攻撃し、「忘れられた人びと(白人の中産階級、労働者階級)」を主役にしようという考えだ。バノンは、エスタブリッシュメント側の資本主義を「crony capitalism」(「仲間内資本主義」とでも訳すのか)と呼ぶ。「state-controlled capitalism」(政府に管理された資本主義)と言い換えたりもする。端的な例として、2008年のリーマンショックのときに金融機関を公的資金(つまりは税金)で救済したことをバノンは挙げる。

ここから草の根運動の「ティーパーティー運動」への支持が出てくるのだろう。バチカンの小会議での発言中にも「a global tea party movement」という語句で、ヨーロッパのUKIP(イギリス独立党)やNational Front(フランスの国民戦線)その他の「中道右派」への共感が示されている。バノン自身が述べる「a global tea party movement」の簡潔な定義は、次のようなものである。

… a center-right populist movement of really the middle class, the working men and women in the world who are just tired of being dictated to by what we call the party of Davos.

まさしく大衆主義への共感ということなのだが、バノンが自身も含めてこのような勢力を「中道右派」と捉えているのは興味深い。バノンに対するのと同様、主流メディアではUKIPもNational Frontも「極右」というレッテルが貼られている。

バチカンの小会議でのバノンの発言と質議の全文は(こちら :英文)

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2017年4月 6日 (木)

春眠ぼけの頭でぼんやりと

新年度が始まっているが、ヒマである。昨日あたりから気温も急に上がり、うららかな春日という感じの一日だ。あまりにヒマなので、余計なことをぼんやりと考える。ぼんやりとだから結論も何もない。浮かんでは消える泡のようなものだ。

まずは2020年の大学入試改革から。センター試験が廃止され、代わりに実施される大学入学希望者学力評価テスト(いわゆる学力評価テスト)について、文科省の有識者会議の最終報告が出てから一年ほどになる。旺文社の教育情報センター(こちら)に紹介されている内容にざっと目を通すと、「知識・技能」だけでなく「思考力・表現力」を問う形の試験になるという。「記述式」も導入されるとある。

先日DMで送られてきたある塾情報誌の座談会でも、この大学入試改革に合わせて中学入試・高校入試が質的に変化していくということが話題として取り上げられていた。その座談会の中で、ある発言者が「こうした改革は、学力上位層の引き出しを考えているのではないか。」と見解を述べ、別の発言者が「下の学力層の生徒は、思考力・表現力と言われてもそれに対応できるような力が身についていないわけで、そのレベルには知識・技能の習得で手一杯の現状がある。」ということを補足していた。

つまり、二極分化しつつあるのではないかという現状がいっそう進行するだろうということだ。高校入試の開示請求の結果などを見ても思うのだが、学力検査で350点以上取る生徒と200点以下の生徒のどちらかしか来ておらず、かつてボリュームゾーンだった中間層がいなくなってしまった。「思考力・表現力」を伸ばすことを目標に置く生徒がいる一方で、それに取り組む前にまずは「知識・技能」をなんとかしなければならない生徒がもう一方にいる。

文科省が「地域貢献型」「特定分野の教育研究型」「世界水準の教育研究型」の三類型に国立大学を分けて運営費交付金を配分するとしたことが以前話題になったが、これも同じような流れの上にある話かと思ってしまう。

学力差があるのは現実だし、それをないものとするのは欺瞞だと思うが、制度設計からこぼれてしまう学力下位層の生徒に対してはどう手当していくのか。世界水準で海外の大学と対抗できる研究成果をあげられるような大学を日本にも作る。それはそれで結構なことだ。そのための選抜基準や要求される学生像のハードルが上がるのは、ある意味当然のことだろう。しかし、その対極にいる生徒にどのような力をつけさせるのか。下位層の生徒にも「思考力・表現力」や「主体的に協働して学ぶ力」を要求するのか。

「知識・技能」の習得の時点で問題を抱えている生徒をどうするのか。現状のように学年が上がるにつれてこぼれ落ちる人数が増えるようなシステムをどう変えていくのだろう。アクティブラーニングや情報端末の活用で、基本的な「知識・技能」の習得が大幅に改善されると見込んでいるのだろうか。学校の現場で実際に生徒に向き合っている先生方のさまざまな教育実践の蓄積はどうなっているのだ。まさか、それがアクティブラーニングと情報端末の活用ですということでもあるまい。多様な指導法の可能性があるはずで、アクティブラーニングや情報端末の活用もその可能性の一つでしかないと思うのだが、そういう考え方はもう時代遅れなのか。

 

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2016年11月16日 (水)

叔父の葬儀が続く

13日の日曜日に盛岡で叔父の葬儀があり出席してきた。父親の兄弟で一番末の叔父で、まだ八十前だった。今年は6月に父のすぐ下の弟にあたる叔父の葬儀があったばかりなので、葬儀が続いているという感じがする。

父親は男四人女二人の兄弟姉妹で、長男は二十年近く前に亡くなり、次女もだいぶ前になくなっている。今年叔父たちが亡くなったので、元気なのはうちの父親と大阪の叔母だけとなってしまった。

盛岡の叔父は、若い頃から豪放磊落な人で、細かいことにはこだわらない人だった。車と釣りが好きだった。私が中学生のころ、叔父がスポーツタイプのクーペに乗って遊びに来たことがあった。花巻の本屋さんまで乗せてもらい本を買いに行ったことがあったのだが、助手席のドアロックに不具合があり、ロックすると解除にならない状態だった。修理していないまま、叔父も私にそれを伝えるのを忘れていて、降りるときにうっかり助手席をロックしてしまった。叔父はあわてて「しまった!」という顔になったが、「まあ、そういうことだから、運転席側から降りてくれ」と運転席側のドアを開けた。それから知り合いの修理工場にすぐ車を持って行った記憶がある。

叔父のこういう大雑把なところが、私には救いだった。叔父といると気詰まりな感じがなく、なんだか妙に楽に呼吸ができるような気がしたものだった。

遺影の叔父は少し若いころの姿だった。叔父がいなくなってしまった実感はいっこうに湧いてこない。「よお、元気でやってるか」という大きな声が聞こえてきそうな気さえする。

葬儀の途中から雨となり、親族がまた一人いなくなるのだなというしみじみとした思いにとらわれた。その一方で、従弟妹たちの息子たちが元気に動き回っていて、こうして世代が変わっていくわけだと妙に納得してしまった日でもあった。

ちなみに葬儀と法要が行なわれたのは、天昌寺というお寺だった。かつて安倍氏の厨川柵があったと考えられている場所である。訪れるのは初めてだったが、こういう形で来ることになるとは思ってもみなかった。

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2016年11月 9日 (水)

風の電話

午後11時に帰宅し、遅い夕食を食べた後、ごろりと横になったらそのまま眠ってしまった。今年は早めにこたつを出しているので、ついつい気持よく眠ってしまう。午前2時をだいぶ過ぎたころ、つけっぱなしのテレビから誰かの話し声が聞こえてきて目が覚めた。ぼんやりした頭で画面に目を向けると、電話ボックスで誰かが話をしている。何の番組だろう。電話ボックスを出た男性の話が続く。静かなナレーションがそれに続く。

震災で家族を亡くした人がその電話ボックスから電話をかけているのだと、だんだん分かってきた。公園のようにも見える敷地の中に、緑色の屋根がついた白い電話ボックスがあり、そこに黒電話が置かれている。画面には別の人がボックスに入った様子が映し出されている。年配の女性だ。震災で無くなった夫に向けて受話器を取るのだが、ひと言も話すことなく受話器を置いた。

電話ボックスがあるのは、岩手県大槌町。東日本大震災で甚大な津波被害を受けた町だ。電話ボックスは私設で、おそらくボックスがあるところも私有地なのだろう。後から後から人びとがこの電話ボックスを訪れる。どこにも繋がっていない黒電話に向かって、人びとは抑えてきた思いを吐き出していく。

NHKスペシャルの再放送なのだと理解したころには、すっかり目が覚めた。あれからもう五年以上になる。けれども、身近な誰かを失った人びとにとっては、「まだ五年」でしかないのだということが沁みてきた。哀しみは時が解決するという。それは違うのではないか。いくら時が経っても哀しみが消えてしまうことはない。大事な誰かを失った人にとって、時間はそこで止まってしまうのだ。十年経とうが二十年過ぎようが、「思い」はいつもそこに戻る。決して癒されなどしない。ちょっとしたことで薄皮のようなカサブタがはがれ、耐えられない痛みがやってくる。

誰かに向かってその「思い」を吐き出せば、少しずつ生々しい痛みは薄れていく。消えてしまうことはないけれど、漂白された白骨のように、あるいは風雨にさらされた枯れ木のように、哀しみの核だけが結晶のように残っていく。けれども、外に向かって吐き出されることのなかった思いは、生々しい哀しみを内側に溜め込んだままとどまり続ける。

なぜ他の誰かではなくて自分がこのような目に合わなければならないのか。人が生きていくことは、理不尽な災害や災難に見舞われることと隣り合わせだ。なぜ自分なのかということに折りあいをつけていくことは、なかなか大変なことだ。合理的な説明などつけようがないのだから、どこかで断念するか飛躍するしかない。その断念や飛躍は、「思い」が外に吐き出された後にしか訪れないのではないか。

うまくまとめることができないが、そんなことを考えてしまう番組だった。

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2016年10月31日 (月)

腰痛

先週の金曜日から整骨院通いをしている。しばらくぶりに腰を痛めてしまった。別に重いものを持ったとかいうわけではなかったのに、急に「ギックリ腰」状態になった。二十年ぶりくらいの激痛である。運転席からの乗り降りで悲鳴を上げ、どうにか乗り込んで発進してからもカーブで重心がズレるたびにズキンと痛む。夜は寝返りができない。着替えるときに靴下やズボンをはくのが一苦労という、最悪の状態だった。

まだ寝返りは打てないが、日中の痛みはだいぶ和らいできた。あと数日はこんな状態で過ぎていくのだろう。整骨院の先生が言うには「腰の捻挫ですね、簡単に言うと」ということで、腰椎椎間関節捻挫なのだそうだ。wikipediaで調べると欧米では「魔女の一撃」と呼んでいるらしい。さらに「発症時の症状が強烈なわりに予後が良好であり1週間で約半数が、2週間から1か月で約9割が回復していくのが特徴」と書いてあり、確かにそうだなあと思う。

ギックリ腰になったばかりのころは、ちょっとした動作で激痛が走るので、まともな日常生活が送れないような気持ちになる。しかし、だんだん痛みがなくなり、回復してしまえば「のど元過ぎれば…」で不便な状態だったことなどすっかりと忘れてしまう。いかに腰が重要な役割を果たしているか痛さとともに認識したはずなのに、元の木阿弥である。またぞろ不摂生な毎日に戻ってしまう。

ときどきこうしてとんでもない激痛に襲われると、健康のありがたみがよく分かる。おそらくそういう戒めのためにギックリ腰があるのではないかと思っている。

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2016年10月18日 (火)

もの思う秋・その5

なぜ勉強しなければならないのか。中学生にとって最も根源的な疑問だろうと思う。たとえばこれが高校生であれば、大学受験や就職試験やらの間近に差し迫る試験が、具体的な必要性を感じさせる。しかし、岩手県の、盛岡以外の地域の場合、高校受験の倍率は軒並み1.0倍を切っている。高校受験があるからという動機付けは、ほとんど意味をなさない。

ある意味でこれは幸いなことであるとも思う。なぜ学ぶのか、という根源的な問いに向き合う機会を持つことができるかもしれないからだ。高校受験のためという理由づけは、きわめて分かりやすい。分かりやすいだけに底が浅い。あまりいい例ではないかもしれないが、かつて覚醒剤撲滅キャンペーンのスローガンに「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」というものがあった。かなり強烈なひと言だと思ったので、いまだに忘れずにいる。このスローガンが世に広まると、「じゃあ、人間やめれば覚醒剤やってもいいってことか?」という軽い反発も起きた。これと同じで、「高校受験がなければ中学生は勉強しなくてもいいのか?」という話になってしまう。

高校受験は、あくまで勉強する理由の一つでしかない。つまり方便である。学ぶことの根源的な理由ではない。

では、勉強することの根源的な理由は何か。中学生の中には、勉強することが学校に入っている間のものだと思っている人がいるかもしれない。学校を出て社会に入ってしまえば、もう勉強なんかしなくていもいい。そう考えているかもしれない。しかし、社会人になってから全く勉強しなくてもいいということは、まれな場合に属するのではないか。教科書を暗記したりすることはなくても、必ずしも試験があるとは限らないにしても、社会人になってから全く勉強をせずに済ませることができるほど世の中お気楽にはできていない。

仕事上で必要な資格試験を受けなければならない機会もあるだろう。試験がなくても社内研修でさまざまな業務のマニュアルを理解し覚えなければならないことだってある。何より、文書化されていなくても現場で実地に体験的に仕事を学んで覚えていかなければ、社会人としては一人前に扱ってもらえない。

仕事ばかりではない、家庭に入っても、地域のコミュニティ活動の中でも、新しく学ぶことは多い。学校の教科書で扱っていた、答えの出る、分かりやすい問題ばかりならよいけれど、現実に直面する問題は簡単に答えが出ない、正解かどうかすら分からないものがある。

つまり、人は日々学んでいる存在なのだ。学ぶことを抜きにして生きることは考えられない。だから、なぜ学ばなければならないのかという問いに対する根源的な答えは、より良く生きるためだということになるのではないか。大学まで進んでもたかだか学校で学ぶ期間は十六年。平均寿命まで生きるとして、のこり七十年近くをどうやって生きていくのか。そちらのほうがより重要だろう。いわゆる「いい学校」に入ったり「いい仕事」に就いても、必ずしもそれが幸福をもたらすとは限らない。

幾つになっても新しいものごとを学ぶことは、ワクワクする経験である。それをワクワクする経験だと捉えないから、面倒だ、苦痛だと感じてしまう。確かに、学ぶこと勉強することは楽しいことばかりではない。勉強する意欲が萎えてしまうときもある。それでも、少しずつ自分が成長していることを感じると、それは喜びにつながる。変わらないと思っていた自分が、学ぶことによって変わることができるのだという実感は、他の何ものにも代えがたい充実感を味わわせてくれる。

日々学ぶ。これに尽きる。

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2016年10月17日 (月)

もの思う秋・その4

分断統治は奴隷社会や植民地支配の基本的原則なのかもしれない。支配者である主人や宗主国に鉾先が向かないように、同じ境遇にある奴隷同士、植民地人同士でいがみ合い対立しあうように仕向ける。ある場合には、対立する一方に肩入れをして対立を煽る。和解や合意が成立しそうになると、巧妙な手口でそれを壊しにかかる。こうして支配者の地位は安泰となる。

ときどきのガス抜きは忘れずに行う。筋書きが決まっていて、どう転んでも予定調和からはみ出ない範囲での反乱。祭り騒ぎが終われば、また元どおりの被支配社会。管理できないような「革命」は、決して起こらない。「革命」ですらしっかりと制御されている。その後に待ち受けているのは、変質していく革命と引きずり降ろされる革命指導者と、以前よりもひどい混乱である。その混乱に乗じて公的部門が解体され民間部門へと移転された国富がどこかへ流出していく。

あまりにも救いのない認識だろうか。あるいは、「陰謀論だ」というお決まりのレッテル貼りで済ませてしまうだろうか。しかし、どこを見渡してもそういう支配・被支配関係が出来上がっているのではないか。それがはっきりと誰の目にも見える形ではなく、巧妙に覆い隠されているためその実感がないだけだ。メディアの果たしている役割は大きい。企業メディアは、「企業」メディアである以上「ひも付き」であろうと考えないわけにはいかない。つまり、企業メディアを所有している支配層の道具としての働きをしているだろうということは、少し考えてみれば分かることだ。報道の中立性や公平性などというものは、単なるお題目であり欺瞞でしかない。どの角度から、どの視点から事実を切り取るのか。どういう位置から、どういう意図で出来事を報じるのか。それらを考えてみただけでも中立・公平な報道など現実にはありえず、多かれ少なかれ「偏向」せざるをない性質というものが浮かんでくる。そしてまた、それで当たり前でもあるのだ。

NHKだから、三大新聞だから、広告を取っていないから中立・公平だなどということは、ありえないお伽話にすぎない。メディアの報道に接しているわれわれが、勝手に中立・公平だろうと思い込んでいるだけのこと。いつでも、鵜呑みにしない・疑いを持って批判的に見る・他のものと比較する。そういった姿勢が大事になってくるのだと思う。自分の目と頭を使って判断をしていくということなのだが、これがなかなか大変だ。だからラクなほうを選んでしまう。そうすると根こそぎからめ取られてしまう。せめて、鵜呑みにしないことだけでも、判断保留をとるだけでもささやかな抵抗はできる。

奴隷社会や植民地支配において分断統治が有効なのは、そこに「嫉妬」という要素が大きな役割を果たすからだ。ある国語辞書で「嫉妬」という語に画期的な定義を与えていた。「自分と同等だと思っていた存在が、自分より上であると気がついたときに、むらむらとわき起こる否定的な感情」これは秀逸な定義である。たとえば収入について。ビル・ゲイツやジョージ・ソロスみたいな大富豪に嫉妬を抱く人はいない。あまりにもかけ離れていて想像すらつかない。しかし、同級生の年収が自分より上であると気がついたときに、なんとなく落ち着かない気分になる人は多いだろう。あからさまな嫉妬を抱く場合もあるだろう。なんでアイツがおれより収入が上なんだよ、おかしいだろ、ということである。あるいはスポーツでもよい。大谷翔平に嫉妬する人間はいなくても、同じ草野球チームの先発投手に嫉妬する控え投手は山のようにいるのではないか。

つまり、かけ離れた存在に対しては嫉妬という感情を持ち得ないのに、同じような境遇にいる人間に対しては容易に嫉妬しうるということである。だから、低所得で苦しんでいる人間が、生活保護を受給している人間を嫉妬するというような、おかしな話になってしまう。そこに必要なのは、低所得に苦しんだり生活保護を受給しなければ生活が成立たないような社会構造に対する怒りの共有であるはずなのだが、「なんでアイツらだけ、いい思いしてるんだ」という感情の噴き上がりばかりが表面に出てくる。同じような状態に置かれている他の誰かを叩くことで溜飲を下げ、問題を生み出している根源に怒りが向かない。

「漁夫の利」というのは、何も故事成語の話だけではないということか。

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