落語

2016年5月24日 (火)

ジャズと落語

昨日の話の続きみたいになるが、古典的な参照点が厳然として確立されているという点でジャズも落語も「今」を感じさせる演奏や口演が難しいジャンルだと思う。

スタンダードなものが具体的な形で存在しているのだから、たえず過去の偉大な参照点との比較をまぬがれない。技術的に完璧になったとしても、すでにそのジャンルの可能性が究め尽くされ、これ以上何もつけ加えるものがないのではないかと思われるような地点に立たされているというのは、きつい。

たとえばアルトならチャーリー・パーカー、テナーならジョン・コルトレーン、トランペットならマイルス・デイヴィスみたいに参照点となる巨匠たちは演奏の可能性をとことん探究し尽くしているように思われる。やっぱり、パーカーみたいには吹けないよなあ、とか。マイルスのトランペットが何といっても最高だわ、やはり、とか。コルトレーンのフリージャズっぽい演奏も捨てがたいよね、とか。

落語だってそうだ。「明烏」なら八代目桂文楽で聴きたいし、「火焔太鼓」は何といっても五代目古今亭志ん生に限るし、「真景累ヶ淵」とか「ちきり伊勢屋」みたいな長い噺は六代目三遊亭圓生ですよ、あなた。という具合に、いつでも最高峰の参照点がそびえている。

こういった参照点を前に途方にくれない演者がいるだろうか。それでも、今現在の演者は今の音を出し、今の噺を演じるしかない。その場合にできることはどういうものなのだろう。

一つは他ジャンルとの融合が考えられる。しかし、それはあくまで傍系的なものにしかならないのではないかという気がする。クラシックとジャズの融合、ロックとジャズの融合、ラテンとジャズの融合などなどさまざまな試みがなされてきたし、ボサノバとジャズの融合などは個人的に大好きな演奏が多い。ではあるものの、それでもやはり主流ではない。ちょっと目先の変わった演奏で気分転換にはなるけれど、毎度毎度これを聴きたいわけじゃないよね、となる。

そうなると、単なる融合ではなくジャズイディオムによる再解釈とか吸収、消化という方向になるのかもしれない。エッセンスだけ取り込む。それをジャズの側から最大限に活かす。どう聴いてもジャズでしかないのだが、要素として様々な他ジャンルの音楽が埋め込まれている、あるいは溶け込んでいるという状態あたりだろうか。

落語なら立川志の輔の「志の輔らくご」が、一つの方向ではないか。「志の輔らくご」は新作と古典の再解釈の二本立てである。新作は文字通り新たに創り出されたオリジナルの落語である。現代のある一面から切り出された素材が笑いを呼び出し、同時にそこで明るみに出されたものに少し考えさせられる。あるときはユルキャラ・ブームを取り上げ軽妙な噺に仕上げ、またある時は誰かと会話しながらもスマホの画面から顔を上げない若者を登場人物にし、笑いを誘いながらも、これでいいんだろうかねえとふと思わせる。

もう一つの古典の再解釈のほうが実は重要である。古典落語とて最初に高座にかけられたときは「新作」落語だったはずで、明治の三遊亭圓朝作の人情噺なども「新作」として生まれて古典として残ってきたものだろう。そう考えると、確かに「志の輔らくご」の新作は楽しいしハッとさせられるものも多いのだが、立川志の輔以外の落語家にも演じられていかなければ、古典となっていかない。つまり一代限りの噺という可能性だってあるということだ。

それからすると、古典の再解釈は対象が古典落語なのだから、これ以上評価が変動しない安定した素材である。そこにどう現代的な意義を見出すかということになる。ちょんまげの人はお相撲さんくらいしかおらず、遊郭もないし、火鉢って何?蚊帳って何?の世界で、古典落語の巨匠たちの口演をそのまま再現しても、理解されない。ならば、マクラに振るしかないではないか。立川志の輔のマクラはその時々の話題から入り、本編の古典落語の世界でキーとなる部分についての予備的知識が展開される。これがあるから、まったく初めてその古典を耳にする人でもすんなりと噺の世界に入ることができる。

ジャズも落語も古典芸術だということに話が尽きてしまいそうだ。古典音楽であるクラシックが「革命的」に新しくなりようがないのと同様に、ジャズも落語も古典として完成してしまったジャンルなのだ。だから、その枠組みを「革命的」に変えるのではなく、現代的な意義を見出すという方向が本筋ということになる。そういう意味でジャズも落語も、きわめて保守的なものだ。年寄りの愛好するジャンルである。それで何らかまわない。そこに盛り込まれた現代的な意義に興味を覚える人がいれば、この先も廃れることはないだろうし、そうでなければ衰退していくだろう。でも、それはそれでいいんじゃないだろうか。

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2016年4月 5日 (火)

「たそがれ」あるいは「かはたれ」

つい先日終わってしまった『昭和元禄落語心中』というアニメが、とてもおもしろかった。第一回が始まるときに、ちょうど帰省していた息子に教えられて一緒に観ることになったのだが、昭和の落語の世界をしっかりと背景に置き、落語のネタの選び方もなかなかシャレていた。惜しむらくは、放映時間の関係でやむを得ないのだろうが、古典落語の一席をそのまますべて語らせることができず噺のエッセンスだけを抽出して紹介していた点だ。これだと落語ファンはすぐに「ああ、あの噺か」と分かるものの、そうでない人には何のことか意味不明なままだったのではないか。八代目有楽亭八雲が得意とする「死神」にしても、サワリだけなので、この噺のおもしろさが十分に伝わらないのが残念だった。

それはそれとして、後の八代目有楽亭八雲となる菊比古と、二代目有楽亭助六となる初太郎こと「信さん」とのほろ苦い友情の描き方がたまらなくよかった。対照的なタイプの二人の落語家。菊比古は、おそらく六代目三遊亭圓生や三代目古今亭志ん朝などがモデルとなっているのだろう。一方の初太郎(助六)は、五代目古今亭志ん生や自称五代目の立川談志などがモデルだろうか。「人情噺」をやらないという助六の設定は、八代目桂文楽にも通じるところだが。その助六が第十二話で人情噺「芝浜」を演じた。これはなかなか切ない場面だった。

この『昭和元禄落語心中』のエンディング・テーマが『かは、たれどき』という曲だった。澁江夏奈さんの作曲・編曲になるスロー・バラードで、トランペットの柔らかな響きが耳にのこるいい曲だ。エンディングのタイトルロールも、曲と一体になってじわりと郷愁を呼び起こす映像となっていた。

「かはたれ」という言葉は「たそがれ」と同義だ。どちらも「あれは誰?」というのが直訳となる。つまり、「か(彼)はたれ(誰)」であり、「た(誰)そかれ(彼)」である。夕闇が降り始め、はっきりと人の姿の見分けがつかなくなってきたころの時間帯を指す。

「たそがれ」は、漢字で書けば「黄昏」だが、「かはたれ」や「たそがれ」という言葉を目にすると何とも名状しがたい感触に包まれる。なぜだろう。昭和の昔の子どもたちは、黄昏時まで外で遊んでいた。「じゃあ、また明日」と別れをつげてそれぞれの家路を急ぐころ、街灯が灯り始め、どこかの台所から夕飯の仕度をする匂いが漂ってきたり、茜色に染まった西の空を眺めながら明日もいい天気だと思ったり、そんな記憶と結びついているからなのか。それもあるのかもしれない。

あるいは、すっかり夜の闇が降りてしまう前のほんのひと時だからだろうか。人や物の姿がぼんやりとながらもまだ見える時間帯。だんだん輪郭がぼやけて見えなくなっていくのは分かっている。しかし、まだ今少しの間はかすかに姿が分かる。境界の時間。人も時代も、そういう「黄昏」の時間に差しかかってきたと意識すると、来し方行く末のことが何となく思われてしまう。「明日もいい天気だ」と子どもの頃のように無邪気に思ってばかりいられなくなった。年齢を重ねるというのはそういうことなのか。

【追記】
「たそがれ」は主に夕方、「かはたれ」は主に明け方に用いるようです。アニメのエンディングからどちらも夕暮れ時だろうと思い込んでいました。

本来はどちらも人の姿の見分けがつかない時間帯を表していたのが、「たそがれ」が主に夕方に定着すると、「かはたれ」が明け方について用いられるようになったとのことです。

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2015年3月20日 (金)

名人の死

三代目桂米朝師匠が亡くなった。

米朝師匠の噺を初めて聴いたのは、いつだったろう。高校生の頃だったか、それとも大学に入ってからだったか。ラジオの落語番組を何気なく聴いていて、米朝師匠の「壺算」に引き込まれてしまった。

上水道が普及する遥か以前のこと、大阪は「水の都」と言われる割にいい水が手に入りにくく、どの家にも「水壺」と呼ばれる壺が置かれ水屋から買った水を蓄えていた。

長屋に引っ越したある夫婦が新しい水壺を買おうと考えた。ところが亭主は、安い品物を高い金出して「どうもありがとう」と買ってくるような買い物下手。そこでおカミさんは、亭主の友人で買い物上手の男に一緒に行ってもらえと焚きつける。

よし任せとき、とその友人は亭主を瀬戸物屋に連れていき、一荷入りの水壺の金額で二荷入りの水壺をせしめるという噺。詐欺ではないかと言われればその通りなのだが、瀬戸物屋の番頭と買い物上手の男とのやり取りがやたらにおかしい。

まず、一荷入りの水壺を三円で買う。縄をからげ天秤棒を通してもらい、二人で担いで一旦店を出る。そのまま回れ右して「じゃまするで」とまた店に入る。「なんぞお忘れで」と尋ねる番頭に、「実は二荷入りの水壺がほしかったんや」と男は告げる。「へえへえ、ほな二荷入りは三円の倍の六円で…。あっ。あんさん買い物うまいわ」と番頭は感心する。実は一荷入りの水壺も、自分達で運ぼうと天秤棒まで用意してきたと言われて、三円まで大まけに値引きしたのだった。

で、支払いの段になり、買い物上手の男は「この水壺なんぼで引き取ってくれる」と番頭に尋ねる。「なんぼで引き取ってと言われましても、今さっき売ったばかりでっしゃろ。傷さえなかったら元値の三円で引き取らせてもらいます」「そうか、助かるわ。ほな、さいぜんの三円と合わせて六円でええな」「へえ。へえへえ、そういうことになりますな」「ほな、じゃましたな」

何が変なのか分からないが、どこか腑に落ちない番頭は、帰りかける男たちを引き止める。このやりとりが何度か繰り返され、最後のオチにつながる。米朝師匠を代表する噺ではないと思うが、私はこの噺が一番好きだ。オロオロする番頭に同情しながらも、ついつい笑ってしまう。

米朝師匠は「上方落語中興の祖」と言われ、持ちネタの数も多かった。「たち切れ線香」「一文笛」のようなホロッとくる噺。「算段の平兵衛」のピカレスク。「地獄八景亡者戯」といった大作。西の旅、東の旅を題材にした数々の旅の噺。どれを取っても繰り返し聴きたくなるものばかりだ。

談志師匠が亡くなった後、これで米朝師匠が亡くなったら「名人」がいなくなってしまうなと思ったが、ついにその日が来てしまった。

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2012年1月18日 (水)

珠玉の話芸

久々に書く落語ネタの記事である。

このところ、思い出したように三代目古今亭志ん朝さんの噺を聴いている。授業が終わった教室で聴き、自宅に帰って遅い夕食を摂りながら聴き、しみじみ上手いなあと感じ入る。

噺のマクラで志ん朝さんは、「名人なんてものは、なかなかいるものではありません。アタクシなどが考えます名人てぇものは、もっとずっと高いところにあるものでして…」とよく話していたことがある。おそらく、父親である五代目古今亭志ん生師匠や六代目三遊亭圓生師匠などが、具体的な「名人」のイメージとして頭に浮かんでいたのだろう。

そうは言うものの、やはり三代目古今亭志ん朝さんは「名人」である。志ん生師匠とは間の取り方がまったく違うけれども、実に心地よい間がある。この「心地よさ」というものが志ん朝さんの演じた落語のキーワードであるような気がする。

間もそうだが、何と言っても声の質感がたまらない。艶のある、耳に心地よくひびく声のトーン。この声の質感は志ん生師匠や圓生師匠でさえ太刀打ちできないのではないだろうか。延々聴いていたくなる声である。そこはかとなく感じさせる品のよさも魅力だ。聞き手に媚びない、しゃんと背筋が伸びた姿勢がそこにはあるのだと思う。古典落語を伝承しているという自負もまた強かったのではなかろうか。

つい昨日聴いていた「三軒長屋」や「愛宕山」など、目の前に鮮やかに情景が浮かび、江戸時代の人びとの息づかいまで聞こえてきそうな見事な口演である。それでいて後を引かない。耳の底にこびりついて離れないというしつこさがない。噺が続いている間、もっとこの声を聴いていたいなあと思うのに、噺が終わるとあっさりとそれが消えていく。このあたりも三代目古今亭志ん朝さんのすごいところではないか。

存命であれば、七十三歳なのだそうだ。まだまだ現役で高座に上がっていたであろうと思われる年齢である。どれほど奥深い江戸落語の世界を見せてくれていただろう。そう思うと早すぎる死であったと残念でならない。

だが、数多く残されている噺はどれも磨き込まれた珠玉の逸品である。まったく落語を聴いたことがない方は、ぜひ三代目古今亭志ん朝さんの落語を聴いてみるとよいと思う。落語の面白さ、落語という話芸のすばらしさが存分に味わえるはずである。

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2011年11月23日 (水)

談志が死んだ

教室で朝から十二時間以上指導して帰宅すると、立川談志師匠が亡くなったというニュースがテレビで流れた。「談志が死んだ」と回文のような思いが駆けめぐる。

天才的落語家の一人だったのだと思う。そしてまたこの先、容易に現れそうにないタイプの落語家だったのではないかとも思う。昭和の名人と呼ばれた五代目古今亭志ん生師匠や八代目桂文楽師匠、六代目三遊亭圓生師匠、そして自らの師匠であった五代目柳家小さん師匠など綺羅星のような落語家たちの身近にいて、その生き方や芸の磨き方を目の当たりにし、その圧倒されるような影響から逃れるように自らの落語世界を作り上げてきた生涯だったと言えるのではないか。

傲慢不遜とも見える風貌や破天荒な発言とは裏腹に、落語に対する繊細な感覚と徹底した探究が談志師匠の独自な芸を支えてきたのだと思う。三年前にNHKで放送された談志落語を聞いて思ったことをまとめた「立川談志はマイルスである」のシリーズを再掲して、追悼の気持ちを表したい。合掌。

立川談志はマイルスである

立川談志はマイルスである・続き

立川談志はマイルスである・さらに続き

立川談志はマイルスである・まとめ

「江戸的スローライフ」のシリーズにも一つあったので、合わせてご紹介する。

江戸的スローライフのすすめ・その14

しばらく落語ネタの記事は書かないつもりでいたが、談志師匠が亡くなったと耳にしてどうしても書かずにはいられなかった。

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2011年3月30日 (水)

関東大震災と古今亭志ん生

今回の東日本大地震の死者は既に一万人を超えた。行方不明の方も数多い。津波にのみ込まれてしまった方がそれだけ多かったということなのだろう。関東大震災に次ぐ死者の多さだという。

関東大震災では広い範囲で火災が起こり、地震そのものよりも火災で亡くなった方が多いと聞く。地震そのものよりもそれに付随して起きるさまざまな事象の方が甚大な被害をもたらすということは、今回の津波の被害を見てもよく分かる。福島の原子力発電所の事故を見てもそう思う。もっとも福島の原発事故の方は「人災」という感が強いのだが。

さて、関東大震災を経験した五代目古今亭志ん生師匠が、その時の体験を噺のマクラで話していたのを聞いたことがある。志ん生師匠は関東大震災が起きるとすぐ酒屋に行ったそうだ。なにゆえか。地震で酒が呑めなくなると思ったのだそうだ。で、酒屋に行くと一升の酒を店先で呑み、それからもう一升詰めてもらって店を出たらしい。ところが急に酔いが回ってきて、地震でフラフラしているのか酔っ払ってフラフラしているのか、なんだかよく分からなくなってしまったそうだ。

いかにも志ん生師匠らしいエピソードだという気がする。もちろん、噺のマクラにしているくらいだから事実そのままではないだろう。脚色が施されてもいるのであろうし、震災直後の大変さは今も昔も変わりないと思うのだが、落語に出てくる与太郎の振る舞いに似てなんだか頬が緩んでしまう。

志ん生師匠は、その後第二次大戦中満州へ行く慰問団に六代目三遊亭圓生師匠と共に加わり、引き上げる直前で帰れなくなってしまった経験もある。この時は満州に残された人々の前で落語を演じたそうだ。そしてまた酒である。こんな大変な目に遭うんじゃ、生きて日本に帰れないだろうから、いっそのこと強い酒でも呑んで死んでしまおう。そう思って浴びるほど呑んだけれども死ななかったんですなあ、とノンビリした口調で語る。

本当は、とてつもなく大変な毎日だったにちがいない。しかし、振り返ったときに志ん生師匠は苦労話にはしない。これは六代目圓生師匠も同様だ。敗戦後、苦労して引き上げてきた話はほとんど話のマクラでしたことがない。どんなことがあっても、どうにかして生き延びてきた。そういう感慨はあっても、苦労したなあとか大変だったなあという気持ちは時間と共に薄れていったのかもしれない。

震災を生き延びた私たちは、そんなふうに何があってもどうにかして生き延びていかなければならないのだと思う。

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2011年3月 4日 (金)

花見はまだか

しばらくぶりに六代目三遊亭圓生師匠の噺を聴いてみた。うまいなあ。あらためてそう思う。話芸としての落語は一人芝居のような要素を多分に含んでいる。その芝居の要素を、圓生師匠は堪能させてくれる。

何を聴いたのか。「花見の仇討」という噺である。いかにも落語的展開の噺で、お好きな方も多いのではないかと思う

毎度おなじみのお気楽な連中が、陽気もよくなってきたからそろそろ花見にくり出そうじゃねぇか、という相談をする。だけどよ、ただ花見に行ったんじゃ面白くねぇやな。さ、そこで一つ趣向を凝らそうってぇ寸法だ。何かいい考えでもあんのか?こういうのはどうだ。

というわけで一人が、仇討ちの芝居をうつってのはどうかと切り出す。巡礼姿の兄弟役がいて、その二人が花見の往来で父親の仇にばったりと出くわす。ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負、勝負。と仇討ちを始めるわけだ。ふむふむ、それで。そのまま斬り合いをしたんじゃ、洒落にならねぇわなあ。そこに六部がやってくるんだよ。(六部とは六十六部のことで、全国を巡礼して1国1箇所の霊場に法華経を1部ずつ納める廻国聖のこと。山伏のような格好で、背に法華経の入ったつづらを負っている)

その六部が、お待ちなせえと間に割って入るわけだ。ふむふむ、それで。見物客がハラハラして見てるだろ、その往来の真ん中で背中のつづらをどっこいしょと降ろすんだよ。背中のつづら?そう。中から花見の酒肴が出てきて、なあんだ花見の趣向かあって見物が気がつくって話よ。ほお、面白えじゃねぇか。

お気楽な連中なので、すぐに配役も決まりそれぞれ支度をして花見の場へ出かけることになる。ところが、巡礼姿の兄弟役の二人が、途中で花見酒に酔っぱらったお侍にぶつかってしまう。平謝りに謝るが、酔っぱらったお侍は許さない。無礼者、たたっ切るからそこに直れ。すごい剣幕である。そこへ酔っ払いの同僚がやってきて、止めに入る。まあ、待て待て。この者たちはただの巡礼ではあるまい。先ほどから見ておったが、仕込み杖が鞘ばしっておる。何か子細があるのであろう、わけを聞かせてはもらえぬか。実は、仇討ちの相手を捜して巡礼しておりますと告げると、この同僚の侍は感激して、仇に出会ったらぜひ助太刀をいたすと約束しその場を別れる。

一方、仇役のほうは巡礼兄弟がなかなか現れないので、イライラしながら煙管をプカプカやっている。やっとのことで巡礼兄弟が現れ、遅かったじゃねぇか、早いところ始めようと小声で仇役が伝えると、巡礼兄弟が「やあやあ、ここで会ったが百年目。親の仇、いざ尋常に勝負、勝負」と大声を上げる。何だ何だと物見高い花見客が集まり、たちまち人垣が出来る。

さて、仲裁に入るはずの六部役の男もすっかり支度をして約束の場所へ向かう。その途中で、この男のおじさんにばったり出会う。おじさんは高齢で耳が遠い。「お前、どこに行くんだ、そんな格好で」「おじさん、これは花見の趣向で」そう言っても、おじさんは聞こえない。揚げ句のはてに、お袋を捨てて六部に出るなんぞロクな話じゃねえ、説教してやるからおれの家に来いと引っぱって行かれる。六部の男は仕方なくおじさんの家に行き、つづらの中から花見の酒肴を出して見せる。じゃあ、まず一杯やるかと酒の好きなおじさんは呑み始め、付き合いで六部の男も呑み出すが、この男酒に弱い。すぐに酔っぱらって眠りこけてしまう。

花見の往来で、いざ尋常に勝負と向き合っている巡礼兄弟と仇役は六部の登場を待っているが、いくら待ってもやって来ない。取り巻いている見物から、早くやれとヤジが飛ぶ。そうこうしているうちに、人垣をかき分けて前に出てきたお侍が二人。見ると巡礼兄弟がさっきぶつかった相手とその同僚である。まずいと思ったが遅かった。「やあやあ、親の仇に巡り会えたとはめでたい。われらも助太刀いたすゆえ、存分に仇を討たれるがよい」と助太刀を申し出る。

困ったなあ、どうする。巡礼兄弟と仇役は小声で相談を始める。六部が来ないんじゃ趣向にもなりゃしねぇし、どうしよう。ぐずぐずしている姿にしびれを切らし、助太刀を申し出たお侍が刀を抜くという展開になる。

脳天気な連中が受けをねらって大しくじりをするという噺で、大好きな落語の一つである。岡田准一さんが主演した是枝裕和監督作品『花よりもなほ』でも、この「花見の仇討」の噺がうまく使われていて面白かった。

温かくなったようでいてこの数日はまた寒さが戻ってしまった。北国の春はまだまだ先の話で、花見時分になるのも遠い先のことになる。

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2010年8月24日 (火)

落語の中の犬と猫・その5

延々と続けてきた犬猫話もそろそろ締めにしようと思う。落語の中には犬が主役級になる噺がほとんどないと書いたが、犬の生態抜きには成り立たないような噺を忘れていた。「元犬(もといぬ)」という噺である。

五代目古今亭志ん生師匠が演じたものを聴いたことがある。ごく短い噺で、肩の凝らない気楽な噺だといえる。

浅草の八幡様の境内に住みついた野良犬のシロが、八幡様に人間の姿になれますようにと願を掛け、本当に人間の姿になってしまう。姿形は人間だし、人間の言葉も使えるのだが、意識は犬のままである。猫を見ると吠えたくなるし、柱を見るとオシッコをかけたくなる。

せっかく人間になれたのだから人間として生活してみようと考えたシロは、仕事を探そうと口入れ屋、つまり職業紹介所の主に声をかける。犬の頃の意識のままに行動するシロを見て、お前さん、どうも変わった人だねえ、とあきれながら「そうだ、お前さんみたいな変わった人間がいたら寄越しておくれと頼まれていたところがある」と口入れ屋はある奉公先を思い出す。

変わった奉公人が来るのを待っていたのは、あるご隠居。ありきたりの奉公人ではつまらないという変わり者である。他に下女が一人いるだけだから、仲良くやっておくれとご隠居は声をかける。

ここからこのご隠居とシロのトンチンカンなやり取りとなる。お前、生まれはどこだ。浅草の八幡様の裏です。あの辺りはあたしの家作がある所だなあ、裏のどの辺りだ。八百屋の先です。八百屋の先ったって、あとは掃き溜めじゃねえか。ええ、その掃き溜めで生まれたんです。

父親は多すぎて誰だか分からないし、母親は毛並みのいいのが現れるとそいつにくっついていなくなってしまったし…、とシロは身の上を語る。そうか親も兄弟もいないわけだなと聞いていたご隠居は、下女が出かけているので、自分がお茶を入れてやろうと言う。シロに向かって「焙炉(ほいろ)だよ」と命じるが、シロは「吠えろ」と言われたのだと思い、ワンワンと吠え続けるという噺である。

五代目古今亭志ん生師匠は、「犬の災難」もそうだし、「品川心中」で貸本屋の金造が犬に追いかけられるシーンでもそうだが、何とも言えずおかしみのある描写をする。

猫にくらべると圧倒的に脇役であるが、犬もこうして主役を演じる噺がちゃんとあった。江戸の名物の一つに「火事」などとともに「犬の糞」が入っているらしい。それほど江戸には野良犬が多かったのであろう。犬にとっての食糧事情がよかったのかもしれない。

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2010年8月23日 (月)

落語の中の犬と猫・その4

どうも猫には魔性があると思われていたせいか、落語の中でも怪談や悪さをする噺という形で猫が登場してくるものがある。

今回は三代目桂米朝師匠が演じた「猫の忠信(ただのぶ)」。江戸前の落語では聴いたことがないので、もしかすると上方落語のネタなのかもしれない。

義太夫を習っている素人連中が「義経千本桜」を通しでやろうという話になる。次郎吉という男が世話係で、誰がどの場を語るか伝えに歩くが、古株の人間から何でわしがこないな所を演らなあかんのや、もっとええとこ寄こせとどつかれる。

そないなこと言われても、とブツブツ言いながら義太夫の女師匠お静の家の前を通りかかる。お静に岡惚れしている次郎吉は、お静はん、どないしとるやろうかとこっそり家の中をのぞき込む。すると中で師匠のお静が誰かと並んで昼日中から酒を飲んでいる。だ、だれじゃ、一体。次郎吉がカッカしながらよく見れば、友人の常吉である。うらやましくもあり悔しくもなった次郎吉は、常吉の女房に教えてやろうと思い立つ。

常吉の女房は近所でも評判のやきもち焼きである。次郎吉から、義太夫の師匠と常吉がいい仲になっていると聞かされて女房は頭に血がのぼる。「それで次郎さん、いつうちの人がお静さんと一緒のところを見たん」つい今しがた師匠の家にいるところを見たと次郎吉が言うと、女房は笑い出す。「何を言うてまんの。うちの人は先い前から隣りの部屋で昼寝してまんがな」

隣の部屋からその常吉が現れ、次郎吉はびっくりする。そやかて、わし、この目で確かに見たんやで。首をかしげる次郎吉と女房が義太夫の師匠の所に来てみると、さっきと同じように常吉とお静が並んで酒をくみ交わしている。うちの人いつの間に来たんやろ、と女房はカッとなるが、次郎吉と一緒に戻ってみると家には常吉が変わらず煙管を吹かしている。

そうか、よく分かった、と常吉が立ち上がり次郎吉に入れ知恵をする。ええか、中に入って酒を勧められたら盃を受けや。で、御返盃いうときに相手が手を伸ばしてきたら、その手を引っつかんで手の先を見るのやぞ。先が五本かそれとも丸いか大声を上げい。

言われた通り次郎吉が中に入り、返盃のときにニセ常吉の腕をぐっと押さえて先を見ると丸かった。「丸い手や」という次郎吉の声を合図に本物の常吉が踏み込んでニセモノを締め上げる。

実は猫が常吉に化けていたのであった。わけを訊いてみると、去る昔、天鼠がはびこったとき高貴な人に飼われている猫の生皮を張った三味線を天に向かって鳴らせば天鼠が退散するという話になった。その時、院に飼われていた両親が生皮をはがれて三味線になり、その三味線が流れ流れてこの義太夫の師匠の所に巡ってきたのだという。両親恋しさに常吉に化けて通ってきていたという噺である。

前回の「猫定」もそうだが長い噺である。米朝師匠のゆったりした声で演じられると聴いていて実に心地よくなる。猫がわけを話すところからは声の調子やテンポが変わり、締め上げられて申し開きしている猫の緊張感が伝わってくる。サゲは冒頭の「義経千本桜」に引っかけたものとなっており、しゃれた終わり方だ。

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2010年8月22日 (日)

落語の中の犬と猫・その3

連日猫のネタで記事を書き続けている。ほとんど病気ではないかと思うほどだが、書き出してしまったものは止められない。こうなったら開き直ってとことん書いてしまおう。

前回の「その2」では「金明竹」と「猫の皿」を取り上げたが、犬にくらべて猫が出てきただけで格段に噺が面白いものになっているのは不思議だ。猫には何かストーリー性を刺激するものがあるのだろうか。

さて、猫が主役級の扱いとなる本格的な噺を二つ紹介したい。東西の代表的な噺家による傑作である。

まず六代目三遊亭圓生師匠の演じた「猫定(ねこさだ)」という噺。ある博打うちの男がひょんなことから黒猫の命を救う。この黒猫がとんでもない能力を持っている。丁半博打の丁半をピタリと当てるという蛸の何とか君にも負けないような猫である。鳴き声で丁か半かを教えてくれるので、男はどこへ行っても大勝ちする。すっかり羽振りもよくなり、兄ィ兄ィと人から一目置かれ、誰言うとなく「猫の定さん」「猫定さん」と呼ばれるまでになる。

ところが、この猫定の女房に若い男ができる。亭主がじゃまになった女房と若い男は殺害を計画する。ある晩、猫定はいつものように賭場に行くのだが、その晩に限って黒猫が一声も鳴かない。変だなと思いながら博打を早めに切り上げて家に戻る。その途中、待ち伏せしていた若い男に猫定は殺されてしまう。黒猫はどこへ逃げたか行方知らずとなる。

一方猫定の女房は、首尾よく亭主が殺されたという知らせを待っていた。土砂降りの雨の音が外から聞こえる。ふいに台所の戸が開いたので様子を見に行った途端、真っ黒な猫が女房の喉笛に噛みついて食いやぶる。

猫定さんが誰かに殺されたらしい、と知らせにきた近所の人が、死んでいる女房を発見し腰を抜かさんばかりに驚く。その晩の通夜には二つの棺桶が前に並ぶこととなった。夜が更けて通夜に集まった一人が目を覚まし、ふと桶の方を見ると、女房の棺のふたが開いて恐ろしい形相の女房がすっくと仁王立ちしている。そのうち首が揺れ腕が動き出す。あまりの恐ろしさに腰を抜かした近所の者は、這いつくばって何とか逃げ出す。

物音に気付いた人間が次々に腰を抜かし、目の不自由な按摩が一人だけ残っている所へ、遅くなり申したと手習いの師匠をしているお侍がやってくる。棺に仁王立ちの女の姿を見て、「ふーむ、仏に魔がさすといって、田舎ではこのようなことが起きると耳にしたことがあるが」とつぶやくと、二つの棺に近づく。

よく見ていると、長屋の隣室との仕切り板に貼られた障子紙が風の加減でひらひらする。隣は空きだなで誰もいないはずである。紙がひらひらする度に仁王立ちしている仏が首や腕を動かす。さてはと手習いの師匠は小太刀を抜き放ち、障子紙に狙いを定めブスリと一突きする。

ギャーッとものすごい一声がして、あとは静かになる。近所の連中が真っ暗な隣の空きだなを調べに行くと、黒猫が刺されて息絶えていたという噺。

猫の恩返しではあるが、結構こわい怪談噺である。趣向はだいぶ違うが「猫怪談」という噺もあり、この噺でも猫が悪さをして仏に魔がさし、早桶からすっくと立ち上がるという似たような展開がある。これも圓生師匠の演じたものを聴いたが、機会があれば別のときに。今回もかなり分量をオーバーしてしまったので、もう一つの噺は次回。

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