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2020年8月 9日 (日)

「ク活用」と「シク活用」・続き

さて、ここからは個人的な思いつきなので、あまり信用せず話半分と思ってもらえれば幸いである。

実は松尾聡氏の『古文解釈のための国文法入門』で「発生・発達もシク活用形容詞はク活用形容詞に遅れると考えられている」という箇所を読んだとき、逆ではないのかと疑問に思ったのだ。

形容詞には「語幹の用法」というものがある。いくつかあるが、「体言+を+形容詞語幹+み」で原因・理由を示し「~が~なので」となるものがよく知られているのではないだろうか。たとえば、落語の「崇徳院」にも出てくる崇徳院の歌の初句「瀬をはやみ」(川瀬の流れが速いので)などである。

この形容詞の語幹が、ク活用では「し」をつけない形だが、シク活用では「し」のついた終止形を語幹のように考える。「はやし」はク活用だから「はや」が語幹だが、「なつかし」はシク活用なので「なつかし」を語幹のように扱う。だから「瀬をはやみ」の用法の形が「野をなつかしみ」といった形になる。

この語幹の形の違いから、ク活用は「語幹+し」、シク活用は「~し」までがひとまとまりなのではないかと考えた。そして古典文法の形容詞は「し」で言い切りの語であることを合わせて考えると、「~し」までひとかたまりのシク活用の方が本来的な形で、「語幹+し」となるク活用は後から生まれた形なのではないかと思った。

現代語で考えてみるとはっきりするのだが、古典文法のク活用形容詞は、語幹だけで意味が伝わるのではないか。たとえば、あっという間に解き終わった人を見て「速!」とか、金額を聞いて「高!」とか「安!」と言ったり、長々待たされたときに「遅!」と言ったりできるのではないか。これらはいずれも古典ではク活用の形容詞である。

はなはだ口語表現的ではあるが、これがシク活用になると、悲しいときに「悲!」とか、涼しいときに「涼!」とは言わないだろう。ク活用の「暑し」なら「暑!」と言えるのに、である。

と、ここまで書いてみると「発生・発達もシク活用形容詞はク活用形容詞に遅れると考えられている」というのは、その通りなのかもしれないと思えてきた。

つまり、ク活用の形容詞は、もともと語幹だけで物事の「状態」を形容できる意味を持っていたものが、それに「し」という語尾を追加することで、形容する働きを明示化したのだと考えれば、確かにク活用の方が本源的な形なのかもしれない。

国語学専攻の方で、ご存知の方がいらっしゃれば、詳しくご教授をお願いします。

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