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2019年4月23日 (火)

「あいなし」「こころづきなし」

新日本古典文学大系25『枕草子』所載の「枕草子心状語要覧」を引用して、感情の微妙な違いを表す「心状語」についてまとめていたのは三年ほど前のことだ。「不快語」の冒頭まで引用紹介したものの、何となく気が乗らなくなり、結局第十回で中断したままになっていた。(詳しくは「枕草子心状語」のカテゴリをご覧ください)

この「枕草子心状語要覧」は、他に類を見ない詳細な解説だと思う。感情の動きを示す「心状語」は形容詞がほとんどを占めるが、辞書の現代語訳だけ見ると、似たような意味で書かれていて区別がつかなかったり、どのような状況に適した語なのか分かりにくかったりする。ところが「枕草子心状語要覧」には、言ってみれば、類語辞典に匹敵するような内容の濃さがあり、明確な用法の差異が懇切丁寧に説明されている。

ただ残念なことに、類語辞典ではないため、たとえば「不安」「疑問」を表す語で「こころもとなし」と「おぼつかなし」あるいは「いぶかし」が、ひと組にまとまった形では述べられていない。どれかの語から関連する語を芋づる式に調べていけばよいのだが、そのためには全項目に目を通し、ある程度、語と語の相関関係をつかんでおく必要がある。

高校生の古文学習の際にも、かなり有益な知識が得られるとは思うのだが、新日本古典文学大系25の『枕草子』に載る「枕草子心状語要覧」まで調べてみようという高校生はなかなかいないだろう。このままではとてももったいないという気がしてしょうがないので、余計なお世話だが、共通した感情ごとに、似通った「心状語」をまとめ、引用文を紹介しようと考えたのだった。

再開するにあたっての前置きが長くなったが、これが第十一回である。

今回は「違和感」「不調和感」を表す「あいなし」と「こころづきなし」である。

まずは辞書の定義から

「あいなし」…理屈に合わない、そぐわない、つまらない、あじきない、気にくわない、何の関係もない、本意でない、ばつが悪い、筋ちがいである
「こころづきなし」…気にくわない、共感できない

さて「枕草子心状語要覧」ではどのように解説しているだろうか。

「あいなし」
本来は、AがBに対して無関係である、という認定を表わす語であった。(中略)だがAを無関係と断ずる時の基準となるBに、話者が抱く期待、平素からの判断、などが用いられるようになって、話手にとって違和感がある、こちらの価値の置き方になじまない、という、やや感情的な表現に用いられる。(中略)そうした違和感は、直ちに不快感という、より感情的な意味に移行する。話手は、自分の期待、価値の置き方こそ最高のもの、と考えがちだからである。ただし、いくら感情性を深めても、不快なAに対置されるBが心の中に位置を占めているのが特色のようである。みっともない、ばつが悪い、など、現代語への置き換えは、文脈によって様々可能であろうが、対置されるBとの不調和という基本線を外れず、「にくし」のような不快感のむき出しにはならない。

「こころづきなし」
こうあってほしいというこちらの望みに、ぴったり合わないものへの拒否感を表わす語。語源的に「心・付く」の否定であろう。その点からも不調和の感覚を表わすのが基本なわけだが、「はしたなし」が不調和の基準を、その場の雰囲気といった外的なものにとったのとは異なり、専ら自分の価値観のようなものを基準とするだけに、主観的な性格が濃厚である。ただしその主観性は激しい感情への道を辿ることなく、不調和による拒否感覚を示すに留まるようであって、拒否されるべき対象への攻撃にまでは及ばない。(中略)数多い不快感覚語彙の中で、攻撃に転じるまでの激しさはないものの、拒否によってはねつける厳しさは失いはしない、といった位置にあるものと思われる。

(岩波書店、新日本古典文学大系25『枕草子』所載「枕草子心状語要覧」より)

どちらも簡単に言えば、気にくわないという違和感を表す語のようだが、「あいなし」は不快なものに対置されるものごとが心の中にあって、その基準との対比で不調和だということになる。が、「筋ちがいである」といった訳語からも分かる通り、あまり強い不快感ではないようだ。

一方の「こころづきなし」は、自分の中にある価値観の基準に合わないものに対する拒否感を表すようで、「あいなし」より不快感は強いと言えるようだ。

次回は、「ねたし」「にくし」「くちをし」という不快語の区別を見ていきたい。

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