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2018年3月15日 (木)

一つずつ

朝、着替えをしながら思う。ものごとは一つずつしか片付かないな。シャツのボタンを止めながら、靴下を履こうと思っても同時にはできない。まず、一つを終わらせてから次に進むしかない。

大概のものごとは、そういうものなのではないか。大震災からまる七年経って、復興が遅々として進んでいないように感じる。しかし、これとて一つずつしか解決していかないのだろう。同時に進めていけることがらにはおのずから限度がある。まずは一つを終わらせる。歯がゆく思っても、そこからしか次のものごとに取り掛かる手だてがない。

あれもこれもと多くを望む。それが人の常かもしれない。あれもやって、これもやってと気持ちばかりが空回りするときもある。けれども、焦ってみてもその時に実際に片付けることができるのは一つなのだ。マルチタスクで処理するコンピュータみたいなわけにはいかない。

地に足をつけるというのは、そういうことだと思う。まだ実現されていない願望の姿を語ることもときには必要だろうが、遠い先ばかりを眺めていても足元がおぼつかなくなるばかりだ。今できること、今続けなければならないこと、今片付けてしまわなければならないこと。それに集中することが遠回りのようで近道になる。

一気に大逆転、みたいな話は気をつけたほうがいい。短期間で成績が確実に上がりますということをうたい文句にしている塾もあるが、宣伝のためのキャッチコピーだと見たほうががっかりせずにすむ。入塾を検討して訪れる保護者には、いつも「成績が上がるのには時間がかかります」と告げている。最低でも三カ月。一カ月目で少し前より分かるようになったかもしれないと感じ、三カ月経過するあたりからはっきり以前より力がついたと実感する。学習に関して言えば、これがまともなところだろう。もちろん個人差はある。もっと短い期間で力がつく場合もある。それは、単に教える技術とか教材とかだけの問題ではない。それまでの本人の蓄積、学習習慣、学習への意欲などなどさまざまな要素がからんでくる。

しかし、三ヶ月間まともな努力を継続すれば、着実に力はつく。成績になって現われるためには、試験の時の解答作成技術も関係してくるから、その部分が弱いと「成績が向上した」という結果にたどりつかない。力はついているのに、表現できないという状態だ。

今年高校受験をした数学が苦手な生徒には、目標点は75点でよいと告げた。他の教科が十分取れているので、一番苦手な数学で八割や九割を目指さなくてもいい。75点満点だと思って、できるだけ確実に得点できる問題に集中するよう指示した。

苦手な教科は、そうやってまず現実的な目標点を達成することが大事ではないか。つまり、「一つずつ」ということである。一つ片づいたらその先に進む。この繰り返しで漸進するのが、誰にでもできる成績向上法だと思う。あるところで一気に理解が進み、飛躍的に分かるということもあるだろう。それとて一つずつ積み重ねていく継続の先にしか見えてこない風景だ。

今日は、午後から公立高校の合格発表。数学が苦手な生徒は、その数学で七割弱を得点していた。まずは想定していた通りの点数だ。いい結果につながるだろうと思っている。

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