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2017年9月30日 (土)

時事的放談・その3

前回の記事で「希望」がフェイクだとして安倍独裁よりましではないか、と書いた。さらに、よく考えてみればどちらもあまり期待はできないが、その中でより我慢できるダメさ加減はどちらかという選択なのだ、とも続けた。

では、共産党を中心とした左派勢力はどうなのか。残念ながら、正論を述べているのにあるいは正論を述べているがゆえに、一部からしか支持されない。中道から右派側が大勢を占めている日本の現状では、左派による過半数の獲得など寝言にしか響かない。なぜ正論を述べているのに、あるいは述べているがゆえに支持されないのか。一般大衆に届く言葉を根っことして持っていないからだろう。自民党が戦後七十年以上の期間に、そのほとんどに渡って政権を維持してくることができたのはなぜか。それは、共産党の場合の逆である。一般大衆に届く言葉を根っこに持っていたからだろう。

生活者としての一般大衆は、まずなによりも自分の生活がどうなるのかに関心がある。明日もちゃんとご飯が食べられるかどうかが最優先事項である。その他のことがらは実はどうでもよかったりする。つまり直接わが身に降り掛かってくるまでは「他人事」で済ませられるから、面倒なことは誰かに任せるのでよろしく、という気分である。そこから、任せて文句を言うだけという姿勢が標準的なものになる。

この大衆のいい加減さ、利己主義的ご都合主義という本音の部分に届く言葉を自民党は持っていた。共産党を中心とした左派勢力は、正論であるが理想論に過ぎない、あるいは建前上はそうであろうが現実的には無理だろうという言葉しか発してこなかったのではないか。だから一般大衆には深く届かない。

小泉・竹中時代に始まる新自由主義的政治勢力(これは、自民党も小池氏も同じだ)か、清潔すぎて力のない左派勢力かという選択以外に受け皿となる政治勢力が存在しない。これが現在の有権者の直面している不幸だ。中道右派から中道左派までを雑居させるリベラルな政治勢力が、確固として存在すればおそらく違うのだろうが、民進党はその期待に答えることなく「解党」へと坂を転げ落ち始めた。

しかし、中道右派から中道左派までを雑居させる確固とした政治勢力、というのは語義矛盾なのかもしれない。雑居状態である以上、求心力のある政治家ないし集団がいなければ政治勢力としての存在感はどんどん薄れていく。小沢・鳩山時代が終わった時点で現民進党はゆるやかにバラけていくしかなかったとも言える。

とまあ完全に居酒屋のオヤジ政談だが、ダメながらも変わる可能性があるものに賭けるか、それとも変わる可能性のないダメなものを選ぶか、これが現状だろう。どこも過半数を取れないと自公民と希望の党の大連立という改憲勢力の大政翼賛会になる、という見方もある。憲法改正、安保法制維持という点では自民党も小池氏も変わらないからだ。前原氏は憲法に反する安保法制は見直すと言っているが、本音はどうかわからない。

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