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2017年4月 6日 (木)

春眠ぼけの頭でぼんやりと

新年度が始まっているが、ヒマである。昨日あたりから気温も急に上がり、うららかな春日という感じの一日だ。あまりにヒマなので、余計なことをぼんやりと考える。ぼんやりとだから結論も何もない。浮かんでは消える泡のようなものだ。

まずは2020年の大学入試改革から。センター試験が廃止され、代わりに実施される大学入学希望者学力評価テスト(いわゆる学力評価テスト)について、文科省の有識者会議の最終報告が出てから一年ほどになる。旺文社の教育情報センター(こちら)に紹介されている内容にざっと目を通すと、「知識・技能」だけでなく「思考力・表現力」を問う形の試験になるという。「記述式」も導入されるとある。

先日DMで送られてきたある塾情報誌の座談会でも、この大学入試改革に合わせて中学入試・高校入試が質的に変化していくということが話題として取り上げられていた。その座談会の中で、ある発言者が「こうした改革は、学力上位層の引き出しを考えているのではないか。」と見解を述べ、別の発言者が「下の学力層の生徒は、思考力・表現力と言われてもそれに対応できるような力が身についていないわけで、そのレベルには知識・技能の習得で手一杯の現状がある。」ということを補足していた。

つまり、二極分化しつつあるのではないかという現状がいっそう進行するだろうということだ。高校入試の開示請求の結果などを見ても思うのだが、学力検査で350点以上取る生徒と200点以下の生徒のどちらかしか来ておらず、かつてボリュームゾーンだった中間層がいなくなってしまった。「思考力・表現力」を伸ばすことを目標に置く生徒がいる一方で、それに取り組む前にまずは「知識・技能」をなんとかしなければならない生徒がもう一方にいる。

文科省が「地域貢献型」「特定分野の教育研究型」「世界水準の教育研究型」の三類型に国立大学を分けて運営費交付金を配分するとしたことが以前話題になったが、これも同じような流れの上にある話かと思ってしまう。

学力差があるのは現実だし、それをないものとするのは欺瞞だと思うが、制度設計からこぼれてしまう学力下位層の生徒に対してはどう手当していくのか。世界水準で海外の大学と対抗できる研究成果をあげられるような大学を日本にも作る。それはそれで結構なことだ。そのための選抜基準や要求される学生像のハードルが上がるのは、ある意味当然のことだろう。しかし、その対極にいる生徒にどのような力をつけさせるのか。下位層の生徒にも「思考力・表現力」や「主体的に協働して学ぶ力」を要求するのか。

「知識・技能」の習得の時点で問題を抱えている生徒をどうするのか。現状のように学年が上がるにつれてこぼれ落ちる人数が増えるようなシステムをどう変えていくのだろう。アクティブラーニングや情報端末の活用で、基本的な「知識・技能」の習得が大幅に改善されると見込んでいるのだろうか。学校の現場で実際に生徒に向き合っている先生方のさまざまな教育実践の蓄積はどうなっているのだ。まさか、それがアクティブラーニングと情報端末の活用ですということでもあるまい。多様な指導法の可能性があるはずで、アクティブラーニングや情報端末の活用もその可能性の一つでしかないと思うのだが、そういう考え方はもう時代遅れなのか。

 

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