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2016年11月16日 (水)

叔父の葬儀が続く

13日の日曜日に盛岡で叔父の葬儀があり出席してきた。父親の兄弟で一番末の叔父で、まだ八十前だった。今年は6月に父のすぐ下の弟にあたる叔父の葬儀があったばかりなので、葬儀が続いているという感じがする。

父親は男四人女二人の兄弟姉妹で、長男は二十年近く前に亡くなり、次女もだいぶ前になくなっている。今年叔父たちが亡くなったので、元気なのはうちの父親と大阪の叔母だけとなってしまった。

盛岡の叔父は、若い頃から豪放磊落な人で、細かいことにはこだわらない人だった。車と釣りが好きだった。私が中学生のころ、叔父がスポーツタイプのクーペに乗って遊びに来たことがあった。花巻の本屋さんまで乗せてもらい本を買いに行ったことがあったのだが、助手席のドアロックに不具合があり、ロックすると解除にならない状態だった。修理していないまま、叔父も私にそれを伝えるのを忘れていて、降りるときにうっかり助手席をロックしてしまった。叔父はあわてて「しまった!」という顔になったが、「まあ、そういうことだから、運転席側から降りてくれ」と運転席側のドアを開けた。それから知り合いの修理工場にすぐ車を持って行った記憶がある。

叔父のこういう大雑把なところが、私には救いだった。叔父といると気詰まりな感じがなく、なんだか妙に楽に呼吸ができるような気がしたものだった。

遺影の叔父は少し若いころの姿だった。叔父がいなくなってしまった実感はいっこうに湧いてこない。「よお、元気でやってるか」という大きな声が聞こえてきそうな気さえする。

葬儀の途中から雨となり、親族がまた一人いなくなるのだなというしみじみとした思いにとらわれた。その一方で、従弟妹たちの息子たちが元気に動き回っていて、こうして世代が変わっていくわけだと妙に納得してしまった日でもあった。

ちなみに葬儀と法要が行なわれたのは、天昌寺というお寺だった。かつて安倍氏の厨川柵があったと考えられている場所である。訪れるのは初めてだったが、こういう形で来ることになるとは思ってもみなかった。

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