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2016年8月

2016年8月31日 (水)

台風一過

岩手を直撃したというものの、内陸部は暴風も吹かず、大雨にもならず拍子抜けがするくらい何もなく台風が過ぎていった。教室のある奥州市水沢区の東水沢中学校は、月曜日に休校を決めていて、生徒からその話を聞いていたのでおそらく火曜日は休む生徒がほとんどだろうと思いながら、教室に向かった。ラジオは福島や宮城が暴風雨圏に入り、このまま進めば東北地方の太平洋側に上陸する、と繰り返し伝えている。

教室に着いて連絡を取ってみると、やはり休むという生徒がほとんどだった。一人だけ連絡がつかなかったので、ラジオを聞きながらしばらく雑用を片付ける。再びかけ直すと、台風が心配だから休みますという。全員休みが確定したので、早々に教室を閉め、あと二時間ほどで上陸するという時間に自宅に戻った。

自宅ではカミさんが呑気にビデオを観ている。早く戻ったことに意外そうな顔をしているので、台風で生徒が休むことになったから今日は早く閉めてきたと伝える。慌ててNHK総合の台風情報に画面を切り替える。避難準備や避難勧告を出した自治体が多い。カミさんも夕方からの生徒に連絡を取り始めるが、北上は雨もほとんど降っておらず風もない。結局いつものように授業する生徒が多いようで、カミさんは授業の仕度を始める。

すぐ目の前に小さな川が流れている。普段は水量も少なく、川と言うより用水路という程度の流れだ。けれども大雨で増水するとそれなりにマズイなあと思うような水量になる。今回の台風で記録的な豪雨となったら、もしかすると床下浸水ぐらいの騒ぎにはなるかもしれないと気になった。気象庁の天気予報サイトに台風情報が載っているので、十分置きくらいに更新される降水量の地図を見続けた。

幸いなことに内陸部は台風の進路の左側、つまり西側にあたっており、雨雲もほとんどかかっていなかった。降水量の地図でも北上高地は大量の雨が降っており、奥羽山脈にも相当量が降っているのだが、内陸部はほぼゼロだ。外は少しだけ風が出ているが、台風という感じではない。そうこうしているうちに21時になると台風は岩手県を抜けてしまった。

増水してきたらまずは車を高いところに移動しなければ、と意気込んでいたのだが、すっかり肩透かしである。まあ、何事もなくて良かった。沿岸部や北上高地では川が決壊したり、土砂崩れで通行止めの箇所も多数出ている。特に沿岸部は被害が大きい。東日本大震災のときもそうだった。内陸部はほぼ無傷だった。沿岸部だけが津波の大災害に見舞われた。同じ岩手に住んでいるのに、ちょっと進路が違っただけでこれだけの差が出てしまう。不公平といえば不公平な気もする。

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2016年8月29日 (月)

眠りと夢・その16 ひたすら眠る

昨日は早朝から道路清掃と公民館掃除の作業があった。普段より二時間以上も早く起床し、作業を終え、そういえば久々に今日は教室に行かない日だったと思い出した。たまっていた録画を観たり、あれこれ雑用を片付け、一息入れて横になったらそのまま昼寝をしてしまった。

夕方になると自治会の集金常会があるので顔を出し、秋祭りの準備の予定を確認し、今度の土曜日に防災訓練があるからできるだけ参加してほしいという担当係の話を聞く。うちに戻ってぼうっとしているうちに眠くなり、大河ドラマの始まる時間の少し前に布団に入ってしまった。途中で何度か目が覚めかけては、また眠りに落ちるということを繰り返し、気がつくと十二時間以上も眠っていた。

普段はその半分くらいの睡眠時間である。日中に少しうつらうつらと仮眠すればそれでスッキリするような睡眠習慣だったのだが、昨日はどうしたわけかむやみと眠かった。これだけ長く眠ったのは久々のような気がする。夢もいくつか違うものを見たように思う。少しだけ覚えているのだが、相変わらず夢の中の展開というのは妙なものが多い。

一つ目は、友人とどこかの旅館に泊まるのだが、浴衣に着替えて旅館の下駄をはいて勝手口のようなところから外へ出て、町をぶらぶらしているうちにそのまま家に帰ってきてしまうという話。旅館に上着やズボンを置きっぱなしだと気がつくと同時に、宿賃を払っていないじゃないかと慌てる。友人の方はどうしたのか分からないが、とりあえず旅館を訪ねて友人の分と一緒に服を受け取ってくるというものである。上着やら何やらの色を覚えているので、色つきの夢だったのだろう。

もう一つも相当に変な夢だ。川幅の広い大きな川の真ん中辺りに、作りかけの高速道路のような構造物がある。ただ、高速道路ではないなと分かるのは、スキーのジャンプ台のように傾斜のついた部分が二カ所あり、その一方の上に立っていると気づいたからだ。真っ白いジャンプ台からどうやら川に飛び込むらしい。してみると、これは新しいタイプの飛び込み台か。係員らしい男から何やら説明を受けているのだが、高所恐怖症の私はそれどころではない。早くここから降りたくてしょうがない。とにかくどうにかして一つ目の飛び込み台から降りることができたのだが、もう一つの飛び込み台のようなところまで上らないと、どうやらこの構造物から出られないらしい。

必死になって上まで登ると少し前までとさほど変わらない高さの台である。先客がいて中学生か高校生か分からないが夏服のセーラー服を着た女の子である。その子も高いところは苦手なようで、顔色が悪い。二人でどうしたものか迷っていると、下の川面にボートが二艘近づいてくる。どうやら、川に飛び込めばそのボートが拾い上げてくれるらしい。しかし、である。小さく見えるボートからして、いま立っているところが相当に高い位置にあることだけは間違いない。とすると、飛び込んだ時の衝撃も相当なものであるはず。早くここから立ち去りたいが、かといって飛び込むのも勇気がいる。さてどうしたものか。迷っているうちに目が醒めた。こちらも色つきの夢だ。

落語では、「夢は五臓の疲れ」ということになっているが、確かに夏の間の疲れがどっと出たのかもしれない。

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2016年8月23日 (火)

ちょっと億劫だなあ

そろそろ枕草子の心状語の紹介記事を再開しなければと思っているのだが、休憩時間を長く取り過ぎてしまって再開するのがちょっと億劫になってしまった。残暑もまだまだ厳しいし、夏期講習後に入塾してくれる生徒もいるし、一ヶ月ほど前から始めた「日課」も続いているし、などなどやらずに先延ばしするための口実には事欠かない。

ものごとは大概そんなもので、やろうと思えば何があろうがやれるし、サボろうと思えば無茶苦茶な理由をつけてでもサボれるものだ。だから、グダグダ言い訳をする前に、さっさと作業を再開すればいいのだ。いいのだが、なかなか気が乗らない。

とにかくまた、十回分くらいの記事を書きためて、一気にアップして一息入れるのがいいのかもしれない。こんな言い訳めいた記事を書いているヒマがあったら、早いところ作業を始めろよ、とツッコミを入れていかないと。

ところで、今年も例によって行きあたりばったりに物事を進めているので、年度当初のころに考えていたのとは大幅に違ったことに取り組んでいる。それが一ヶ月ほど前から始めた「日課」なのだが、これについてはあと半年くらい先にならないとどういう結果になるのか分からないので、高校入試が終わったあたりに記事にしたい。

この新しい「日課」の関係で、近代史の学び直しも中断しているし、ほとんど本が読めていない。まあ、こういう年があってもいいかとは思っているのだが。近代史の学び直しはまだまだ数年単位で継続していく予定なので、一時的な中断はかえって新鮮な興味をかきたててくれるだろうから、いい方向に向かうのではないかと思っている。

つまり、毎日のなかでの優先順位が七月下旬くらいからすっかり変わってしまったので、今年の前半に面白がってやっていたことと全く違うことに現在取り組んでいる。まあ、飽きっぽい性格で典型的な「三日坊主」だから、コロコロと変わっていくのはいつものことではあるのだが。好奇心に駆られてあれこれ手を出しているうちが華なのかもしれない。

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2016年8月22日 (月)

甥の結婚式

20日の土曜日に甥の結婚式が、水沢で行なわれた。私の妹の息子で、血のつながったたった一人の甥である。私の妹夫婦は花巻に住んでいるのだが、甥のお嫁さんの実家が平泉で、ちょうど中間に近い水沢が会場となった。私の教室から車で5分もかからないところである。

甥夫婦はだいぶ前に籍だけ入れており、今年の一月に生まれた子どもももうじき七か月になろうかというところなのだが、いろいろと思うところあってこの日まで結婚式を延ばしていた。

当日は、秋田から駆けつけた私の母方のおばたちと一緒に、家族全員で出席した。父親は車椅子のまま乗れる介護タクシーを頼み、母親もそちらに同乗して式場へと向かった。

教室から5分のところにある式場近辺は、日頃買い物等で利用しているショッピングモールのあるところで、いわば「地元」なのだが、この式場だけは足を踏み入れたことがなかった。できてからまだ五年目だという。

両家親族の紹介をする対面式があり、その後集合写真を終えて披露宴という、結婚式の一般的な流れに沿って進行していった。甥の職場がかなり遠いこともあり、職場関係の人は招待されておらず、一番最初の祝辞は、新郎側の代表で伯父の私が務めることになった。スピーチは早くに頼まれていたので準備はしてあったのだが、司会の女性が披露宴の直前に近づいてきて「新郎のあいさつの後、ご祝辞をお願いいたします」と告げたときは、少し焦った。もしかして一番最初の祝辞かもしれないと予感はあったが、実際にそうなるとは。

練習しておいてよかったと思いながら祝辞を終え、席に戻ると急に胃が重くなってきた。祝辞を終えるまでは緊張感があったので、終わった途端にどっと身体にあおりがきたようなものだ。やれやれと思いながら、乾杯のシャンパンを飲み、そういえば初めて結婚式の祝辞を述べたときはひどかったなあと思いだした。

確か、中学時代からの友人の結婚式だった。原稿を持っていたような気がするのだが、膝がガクガクとして定まらず、どこまで読んだのか定かではなかった。それから何度祝辞を述べたことだろう。披露宴の一番最初の祝辞も何度かある。上司としてだったり、親族の代表としてだったり、状況はそれぞれ異なるのだが、中学の友人のとき以外は、たぶん原稿を持たずに挨拶しているはずだ。うまくいったときもあり、うまく行かなかった時もあるが、原稿を持たないほうがいいような気がする。

原稿を持たないと決めると、それなりに事前に練習しておかなければならない。何度も繰り返していると、自分のスピーチの要点はそれなりに頭に入る。細かい字句より流れが合っていれば、多少忘れてもアドリブで何とかなる。実際今回の祝辞でも、終盤の部分にその場で付け加えたひと言がある。要は落語の高座みたいなもので、話の筋はあらかた決まっているのだが、あとはその場の雰囲気で長くも短くもなるというあれである。

あとは場数を踏むだけなんだろうなと思う。若いころは緊張しっぱなしで、会場を見渡す余裕など全くなかったが、年齢を重ねて少し面の皮が厚くなると、あああの辺のテーブルにはきれいなおねえさんたちが座っているなあ、などと不埒なことを考える余裕も出てくる。あと何度かそういう機会があるのかもしれないが、やはり結婚式はおめでたい雰囲気でいいものだと思う。

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2016年8月11日 (木)

花火

昨夜は水沢の花火大会だった。いつものように夕方の早い時間で生徒は帰ってしまい、ガランとした教室で後片付けをしながら花火が上がるのを待っていた。

7時半ころからドーンというくぐもった音が響いてきた。二重サッシの外窓だけ開けて、花火が上がる競馬場の方向を眺めた。ポツリポツリと遠慮がちに花火が上がり、パッと夜空に開いては消えていく。上げ始めの様子見のような花火だ。十分程経つと連続して花火が上がり、小さな花から大きな花、彩り鮮やかなものから単色の落ち着いたものまでさまざまな種類の花火が夜空に開いていく。

遠くで上がる花火を眺めていると、いろいろなことを思い出す。初めて見た花火はいつだったか。小学校に上がる前に、母の実家のある秋田の横手で、大工の棟梁だった祖父に背負われて眺めた花火か。眠くてしょうがなく、祖父の背から眺めた花火の記憶も曖昧だ。人ごみでにぎやかな橋の上の光景がなぜか残っている。

北上の花火は昔はお盆の頃だった。灯籠流しのある、送り火の晩だったように思う。今は灯籠流しも花火大会も夏祭りの最終日となっているので、お盆の一週間ほど前になってしまった。お盆の頃に灯籠流しと花火を見たのは、小学生のころだ。父親の実家に親戚一同が集まり、大人たちはビールを飲み続け、いとこたちと一緒に子どもだけで北上川の川岸まで歩いていった記憶がある。今ほど明るくなかったが、いとこたちとワイワイ言いながら眺める花火も楽しいものだった。

大学のころは、高校時代の友人の家が北上川の川岸にあるので、友人の部屋に上がりこんでビールを飲みながら眺めていた。あれこれ雑談するほうが主で、花火は枝豆と同じようにビールのつまみのようなものだった。

家庭を持ち子どもが生まれてからは、家族で花火を見に行った。北上の花火大会にも行ったが、海水浴に行った象潟の花火大会が印象深い。昼に泳いだ海水浴場が花火会場になり、海の上に上がる花火はみごとだった。ほぼ真上に上がる感じで、連続して上がるときには首が痛くなるほどだった。これもまた、忘れがたい記憶だ。

以前も書いたことだが、水沢の花火が上がるのを眺めていると、夏が終わっていくんだなという思いが湧いてくる。実際にはまだまだ真夏日が続き、暑い日々なのだが、花火を見ると「夏の終わりの始まり」という感じがしてしまう。お盆が過ぎれば、朝晩の風もどこか涼しくなる。少しずつ季節が移ろっていく。こうしてまた今年の夏も過ぎていくのか。夏期講習の終盤とともに、いつもの感慨に見舞われる。

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2016年8月 4日 (木)

行きつけの

行きつけのお店があるというのは、なんだかいいものだ。行きつけの喫茶店、行きつけの本屋、行きつけの呑み屋。どれもおなじみさんの気易さで、特に変わったことがあるわけではなくても、何かホッとする。

散髪に行く理容店なども、行きつけのほうがいい。余計なことは言わなくても、「いつもの長さでいいですね」という問いかけに頷くだけで、自分の気にいった仕上がりにしてもらえる。そういう行きつけの理容店で散髪してもらっていると、たまたま隣の席で散髪してもらっている人が、引越し前に住んでいた近所の方だった。数十年ぶりにお見かけしたが、元気な様子で安心した。

その方はすっかり忘れているようだったが、私が小学一年生の初めての運動会のとき、お世話になった思い出がある。前日の総練習の途中で雨が降り出し、練習は止めになったが、ぬかるんできた校庭で練習しているうちに白いトレパン(昔はいまのようなジャージではありませんでした)に、泥のハネが上がってしまった。うちに帰って洗濯をしてもらったが、翌朝になってもあまりきれに汚れが取れていなかった。初めての運動会に真新しいトレパンをはくことを楽しみにしていた私は、運動会に行きたくないとゴネた。

運動会の始まりに間に合わなくなるギリギリの時間になって、うちの親から頼まれたその方がバイクで迎えに来てくれた。バイクの後ろに乗せられてもまだ私はゴネていたが、走りだしたバイクはあっという間に小学校の校門まで着いてしまった。学校に着いてしまうと、さっきまでの不機嫌がウソのように消え、私は同級生たちのところへパタパタと駆けだしていった。

今だとノーヘルでバイクの荷台に小学生を乗せたりすると、とんでもない話だと騒がれるかもしれない。しかし、その頃は万事がおおらかな時代だった。誰もとがめる人はいなかったし、そうやって近所の人どうしが頼み事をしたり、頼まれたりすることが当たり前だった。結果的に初めての運動会にも出られたし、そのときのことを私はずっとありがたく思っていたのだが、その方にしてみればどうという事のないありふれた日常のひとこまだったのかもしれない。

行きつけの理容店に同じく通っていることを長いあいだ知らずにいたわけだが、こういうこともあるんだなあ。

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2016年8月 2日 (火)

八月の…

「八月の…」とタイトルを書き出して、そこではたと止まってしまった。八月の蝉、八月の雨、八月の空、八月の…なんだかどれもありきたりだが、かといって八月の鯨とか八月の濡れた砂みたいな小説や映画のタイトルのようなものもどうかという気になる。

七月の末から一気に暑くなり、いつもの夏になった。東北は夏祭りの季節である。夏期講習もほぼ半分の日程を消化した。一人で教えられる少人数に絞っているので、体力的にはなんとかなる。それでも、夏期講習が始まると、一日の時間はそれを中心に回り始めるので、実にシンプルな毎日だ。忙しくなる少し前に始めた日課もあるので、授業をして合間時間にその日の割当分を消化し、毎日が規則正しく過ぎていく。

こういう日々というのも悪くないかもしれない。余計なことを考える暇がなく、小人閑居して不善をなすというタイプの人間としては、目の前のことだけに集中できてありがたい。

夏期講習が終了するころに水沢の花火大会がある。これもいつものことであるのだが、夏が終わっていく始まりのように感じる。東北の夏は短い。九月までは残暑も厳しいのだが、朝晩の冷え込みがぐっと身近なものになる。そんなふうに八月、九月は過ぎていく。そして気がつくと霜が降り、空から白いものがチラチラ舞い始めると、長い冬が訪れる。

八月の暑い空気の中にいると、とてもそんな冬のことは考えられないが、気がつくといつの間にか季節が変わっていたと感じることが多くなった。まだまだ先の話と思っていることが、意外なほどあっという間にやってくるものだ。

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