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2016年7月15日 (金)

中休み

枕草子の心状語について、続きをまとめなければいけないのだが、否定的な心状を表す語が待ち受けているので気が重い。そこでズルズルと怠けている。教室のほうも期末試験が終わり夏期講習が始まるまでの中休みのような状態で、今ひとつ気力がわかない。

こういうときは、無理に力んでも大して成果はあがらないので、目先を変えて読書にいそしんでいる。年がら年中読書にいそしんでいるということは、一年を通して中休みの状態という笑えない状況にあるということだ。でもねぇ、ジタバタしても始まらないときは、本でも読むより仕方がないのですよ、実際。

ということで、目下読みかけているものは、『平妖伝』という中国の古典小説。ずいぶん昔に紹介したことがあるので、繰り返しは避けたいが、子どもの頃に暗記するくらい繰り返し読んだ『怪妖伝』の原典である。『怪妖伝』は、子ども向けに簡略にリライトされ、教育上よろしくない部分は大幅にカットされているけれど、原典の『平妖伝』は、R15にはなりそうなくらいの場面が目白押しだ。

ストーリーは単純といえば単純である。天界の秘術が下界に漏れ、それがもとで天下が乱れ、最後は妖術合戦になり、野望を抱いた側が敗れるというだけのある種勧善懲悪的な話である。しかし、中国の古典小説、たとえば『水滸伝』などにも見られるように、登場人物がやたらに多く、主たる筋とは別に各人物の脇筋の話が挿し込まれるので、脱線につぐ脱線で話はゆるゆるとしか進まない。四十回に分けれれた話は、続き物の講談のようなもので、「果たしていかなることになりますやら、次回をお楽しみに」という調子で先への期待を持たせる。そういう語りの上手さみたいなものが全編を通して感じられる。おそらく、この原典は講談のような語り物として始まったのではないかと記憶しているが、どうだったか。

数年前に佐藤春夫が訳した文庫版の『北宋三遂平妖伝』を読んだことがあったが、今回読んでいるものは中国古典大系版で別の人が訳した『平妖伝』である。スタイルとしては『水滸伝』式の、各段の冒頭に絶句かと思われる四行詩が置かれ、その章段の内容を簡略にまとめているというもの。四十回ある章段の四分の一を読んだばかりだから、佳境はまだまだこれからである。

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