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2016年7月12日 (火)

「無風選挙」と言うけれど

すでに結果が出てしまった後の選挙についてあれこれ言っても、「六日のあやめ、十日の菊」で詮ないことではある。議員は選挙に落ちれば「ただの人」だし、何を言っても愚痴かぼやきにしかならないだろう。しかし、今回の参院選の結果が出るまでの過程を振り返ることは、有権者である我々にとっても意味のないことではない。

大勢が決まってまもないころのある選挙報道で、ある解説者が「今回の参院選は、追い風となる争点がなく『無風選挙』だったと言えるのではないでしょうか」といった趣旨の発言をした。「無風選挙」?それはマスコミが取り上げなかったからではないか。政権与党は、改憲という選挙後の主要関心事にひとことも触れず、公約にも入れなかった。しかし、野党共闘が指摘していたように、選挙で必要な議席を獲得すれば、その後改憲に向けた作業が始まるのは明らかなことではなかったのか。民意は政権与党を支持している、というお決まりのフレーズを振りかざして。

政権与党が何を目指しているのか、参院選が始まる以前から問題点は数々指摘されていた。ただ、それをマスコミが大きく取り上げなかった。野党共闘が、改憲阻止・安保法制廃止を全面に選挙運動をくり広げても、それを争点と意識させる報道はなかった。政権与党が言うように経済と景気に人びとの目を向けさせておくことに、マスコミもひと役買っている。「無風選挙」は、意図的に「無風」にされたのではないか。マスコミが煽れば、逆に野党共闘に「追い風」が吹いたことだろう。

なぜ「追い風」ではなく「無風」か。それがマスコミの状勢判断ということだろう。選挙後に政権からにらまれないポジションを確保する。身も蓋もない話だが、今のマスコミに反骨や権力に拮抗する気概を求めるのは無理だろう。誰しもわが身がかわいい訳だから、保身に走る心理は分からなくもない。しかし、報道が権力に擦り寄ってどうするのだ。明治の昔から、御用記事を書く御用新聞は存在していたが、それは政府批判を果敢にくり広げる在野の新聞社が多かったからだ。

戦う気力のないマスコミが「無風選挙」でしたね、と総括をしても、あいさつに困る代物でしかない。

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