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2016年7月 9日 (土)

夢野久作について

夢野久作が亡くなったのは二・二六事件から間もない昭和十一年(1936)の三月のことであった。父親の杉山茂丸が前年の七月に亡くなったばかりであり、その一周忌もまだ済んでいなかった。

「九州日報」に勤めて家庭欄に童話を発表しはじめたのが大正十一年(1922)だから、わずか十四年ほどの執筆期間ということになる。その間に探偵小説も含め、数多くの小説を書いた。代表作はやはり『ドグラ・マグラ』とか『犬神博士』ということになるのだろうか。どちらの作品もまだ読んでいない。

以前の記事に書いたことがあるように、「近世快人伝」という玄洋社関連の人びとを取り上げた人物伝が無類におもしろい。父親の杉山茂丸は玄洋社と関わりが深く、その葬儀も玄洋社葬としてとり行われた。「父杉山茂丸を語る」という文章に詳しいが、玄洋社葬をするため九州に向かう東京駅の駅頭に見送りに来た頭山満が、見栄も何も構わずに涙をダクダクと流していたという姿が印象的だ。

この「近世快人伝」には頭山満、杉山茂丸、奈良原到という玄洋社関連の人びととは別に、篠崎仁三郎という博多魚市場の湊屋の大将が取り上げられている。以前に文春学藝ライブラリーで読んだときには走り読みだったので、もしかすると飛ばしていたかもしれないのだが、この篠崎仁三郎の人物伝が破天荒でおもしろい。

なんと言えばよいのか。教育上は決してよろしくないのだろうが、ちょうど落語に出てくる無茶苦茶なお兄ぃさんとでも言うか、ビートたけしみたいと言ったらいいか。とにかく呑む・打つ・買うの三拍子揃ったつわもので、肝のすわった陽気な魚市場の大親分といった貫禄の人だったらしい。小説よりもおもしろおかしくて、少し哀しい生涯である。

この人物伝を収めた『夢野久作全集 7』には、他にも長編童話の「白髪小僧」(これは童話と銘打たれているが大人のためのメルヘンであろう)や、昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスの時代をほうふつとさせる「猟奇歌」という短歌群、能の魅力を分析した「能とは何か」などといった文章が収録されている。

「猟奇歌」の短歌群に目を通してみると、後の寺山修司の世界に通じるような妖しい光を放っている。猟奇的な題材の短歌だらけなのだが、三十一音に凝縮されていて余白が大きく、こちらの想像力を刺激して、そこに描かれていない広い情景へと誘われる。

長編童話の「白髪小僧」は、おそらく作品としては失敗した部類に入るのだろう。構成が入り組みすぎて、ストーリーの展開に読者がついていけない。そういうアラはあるのだが、これまた不思議な魅力を持つ作品だ。筒井康隆の小説にも通じるような、時間・空間・意識の自由な飛躍が描かれていて、子ども向けの童話としては確かに無理があるのかもしれない。が、しかし、夢の中の不可思議な時間の流れ方や空間の歪み方と同じような味わいを残す。後の『ドグラ・マグラ』の出現を予感させるような作品だと裏表紙に出ているが、確かにそうなのかもしれない。

いずれ『ドグラ・マグラ』や『犬神博士』を読んでみようかと思っているのだが、八十年以上も昔の人とは思われないくらい、現代に通じる新しさがある。

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