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2016年5月23日 (月)

ロバート・グラスパー、ふたたび

以前にロバート・グラスパーの「Black Radio」を取り上げて、これはジャズではないだろうと話を切り上げてしまったことがある。即興演奏(インプロビゼーション)のない演奏をジャズであると認めるわけにはいかない。そういう意識から、ロバート・グラスパーの音楽はジャズではないだろうとしたわけだが、これは早とちりであった。

Youtubeにアップされている「Covered(Recorded live at the capitol studios)」のトリオ演奏を聴いてみて驚いた。悪くないどころの話ではない。まさにジャズの演奏ではないですか。ピアノの鳴らし方が、「今」の時を感じさせる。50年代や60年代の巨匠たちによるビンテージものの演奏とは異なるけれど、現在のジャズそのものだ。

これは、このところ暇さえあれば教室で聴いているレイチェル・Zにも共通して言えることだ。レイチェルの「Everlasting」に入っている「Fields of Gold」をネットラジオで偶然耳にし、「ひと耳惚れ」してしまった。スティングの曲だということすら知らなかったのだが、レイチェルの演奏のほうが格段にいい。エンドレスにして延々聴きたくなるような中毒性がある。これもまさに「今」を感じさせる音だ。

ジャズを愛好するというのは、どこか骨董趣味に似たようなところがある。過去の巨人たちの国宝級の歴史的演奏がすでに厳然として存在し、これを越える演奏はなかなか出てこないだろうなあと思ってしまう。落語も同じだ。どうしても今現在の演者ではなく、過去に存在した巨匠たちに目がいってしまう。これは過去においてピークを作り上げてしまった芸術の、避けられない性質なのかもしれない。いつも過去の巨人たちと比較される。それを越えるような才能が現れ、革命をもたらさない限り、ジャンルとして確立されてしまった芸術は過去の参照点から逃れられない。

しかし、言うは易く行うは難しでそうそう簡単に「革命的」な天才が出てくるわけではない。めったに出てこないからこその「天才」だろう。ロバート・グラスパーが試みていることは「革命的」なことだろうか。R&BやHip hopとジャズの融合は「革命的」たり得ているのか。うーん、それは厳しいのではないですかねえ。

たとえば、マイルス・デイヴィスがエレクトリック・マイルスと呼ばれた時期、ロックとジャズの融合した新しい方向性を探究したが、これとて成功したかとなると疑問である。結局、確立された主流派のジャズは揺るがなかったのではないか。それと同じように、ロバート・グラスパーのHip hopとジャズの融合は、新しい音楽の創出につながってはいないのではないだろうか。

とはいえ、トリオ演奏でアコースティックジャズを聴かせるロバート・グラスパーは悪くない。少しピアノのタッチがおとなしくて、女性ピアニストの演奏を思わせるところもある。そんなところからレイチェル・Zの演奏を連想してしまったのだが、それはそれとして、このトリオ演奏でのピアノの鳴らし方はいいなあ。まぎれもなく2000年代の音だという感じがする。

そういうことで前言は撤回します。ロバート・グラスパーの演奏はジャズです、確かに。

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