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2016年5月

2016年5月31日 (火)

ねじを巻く

日々の生活の中で、やらなければならないことはいくつもある。ヒゲをそる。顔を洗う。歯をみがく。基本的なささいなことだけでも相当な数になるはずだ。それに加えて、それぞれの仕事や学校や地域や家庭や何やらの関係でやるべきことが個々に待っているだろう。

日常の習慣的、反復的なことがらは、特別に期限があるわけではないが、それ以外のことがらにはいつまでにと締切の決まっているものもあったりする。やんなきゃいけないとは分かっているんだけど、つい先延ばししているうちに、収拾がつかなくなる場合もあるかもしれない。

ほんのささいな日常のねじを巻く。つまるところ、そこに行き着くのではないか。ヒゲをそるのは面倒だから無精髭のままでいいやとか、トイレ掃除は今度時間があるときにしようとか、机回りの雑然としたガラクタの堆積を何とかしなきゃとは思うけど、始めると時間がかかりそうだからそのうちにねとか思うだけではいつまで経ってもそのままだ。

体と手と頭を動かして、実際に一つひとつ片付けていかない限りものごとは前に進んでいかない。分かってはいるけれど億劫だ。面倒だ。動きたくない。そういう気持ちが広がると、結局手をつけないまま放置され、今日もやらないでしまったという後暗い忸怩たる思いが堆積する。流れない水と同じで、澱むところにはいいことがない。

とにかくできるところから少しずつねじを巻く。小さいなことを、一つまた一つと片付けていく。そうすると澱んでいた流れが動き出す。心を後暗く重くするものが一つずつ消えていくと、だんだん心も軽やかになる。その一歩の踏み出し、最初の取り掛かり、それさえできれば大変だと思っていたことも実際にはそれほどでもなかったということになるかもしれない。いや、もしかすると実際にやってみたらやはり大変だったということのほうが多いかもしれない。けれども、大変なものも分割すれば小さな一つひとつの集まりに過ぎない。井上ひさしの『握手』に出てくるルロイ修道士ではないが、「困難は分割せよ」である。

ねじを巻くことの繰り返し、それを続けていくこと。生きていくことっていうのは、その連続なのかもしれない。ときどきねじ巻きをサボって何もしたくないと思う時もあるのだが、いつまでもそこにとどまってはいられない。

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2016年5月30日 (月)

年相応って…

気がつくともう五十代も残り少ない。数年で還暦である。といっても、現代の還暦はそれほど年寄りという感じがしない。個人的には、いつまで経っても実年齢と精神的な年齢がピタリと重ならない。

十五のときも二十五のときも、三十五でも四十五でもそして五十五でも考えていることや感じていることはたいして変わっていないような気がして仕方ない。つまり、幾つになっても進歩していないという、ある意味愕然とするような、脱力するような話である。が、実際そうなのだから取り繕っても始まらない。

つまり、いい加減いい歳になったんだからそれなりにしろよ、と言われながら好きなようにやってきたということだ。若いころに影響を受けた坂口安吾が言っていたように老年になっても悟ることなく、不良少年から不良中年、不良老年のままというのは救いがない。もっとも、だからといって何か暴れ回ってきたというのではない。至ってまともな日々を送ってきたようにハタからは見えると思う。しかし、精神的にはずうっと不羈のままで不逞な輩である。こういう人間が他人様の子どもを教えていいものかと我ながら不安になる。ではあるが、もうこの歳まで続けてきたことだから今さら変えろと言われても難しい。

年相応というものがない。そういう意味で、きわめて困った人間だと我ながら思う。同級生にはすでに孫がいる連中もいる。そうだ、うちの妹にも孫ができた。ということはあいつも「お祖母さん」になったわけだ。どうもこれも実感の薄い話だ。妹はいくつになっても妹だから、孫ができたといっても「ふうん」という感じである。何も変わったような気がしない。

おそらくこんなふうにして、この先の時間も過ぎていくのではないかと思う。身体的には衰えを感じる。それは確かだ。これから年齢を重ねていけばますますそういう「老い」を感じる機会が増えるだろう。しかし、身体的に衰えることと精神的に衰えることは別の話だ。定年のない仕事をしているのだから、定年でガックリ老け込むというチャンスもないだろう。とにかく、まだまだ走り続けていないと暮らしが成り立たない。当分、年相応なんてこととは無縁なのだと思う。ゲートボールに喜々として興じているような健全な老人には、まちがってもなりようがない。

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2016年5月29日 (日)

古典の底力・その28

人でも時代でも年数を区切るときには十年ごとの刻みがよく使われる。確かに十年も経てば人も物事もがらりと入れ替わっていたりするのだから、十年の刻みというのはそれなりに便利な区切りなのかもしれない。

しかし、人の生涯を区切って考えるときには別の区切り方もあるという話をどこかで読んだことがある。それは『論語』に出てくる孔子の有名な一節、

子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩       
(『論語』  為政)

これを引用しての話だった。

十五で学問に志し、三十で一人前となり、四十になってあれこれ迷わず、五十で天命をわきまえ、六十になって人のことばが素直に聞かれ、七十になると思うままにふるまって道をはずれないようになったという内容だが、最初の区切りが十五年ずつであるのがおもしろい。

三十までは十五年ずつ、三十からは十年刻み。孔子は別に奇をてらって言ったわけではないだろう。学問に志すのに十五年かかるのだから、その学問が一人前となるのにも同じくらいの時間がかかると考えれば、もう十五年加えて三十ということなのだろう。その先は区切りよく十年ずつ。

ここで孔子が言いたかったのは、教訓でも説教でもなく、自分の生涯をふり返った素朴な感慨なのではないかという気がする。この通りに歩めということではなく、このように私は歩んできたという述懐ではないか。それでいてやはりひとつのモデルとなる区分ではある。弟子たちにとっても、おそらく、その年代になったときに自分も師と同じような所に至っているだろうかと振り返る目安になったのだろう。

簡潔であるがゆえに普遍性を感じさせる内容である。だから現代でも「而立」や「不惑」という言い方はしっかりと根付いて残っているのだと思う。本来の意味、つまり孔子が述べていた元々の意味から多少遠ざかってはいても、やはり「不惑」という言葉を目にすると、四十代になった人は、それまで自分がやってきたことを顧みてこの道でよいのだと思ったりする。

もう数年すると「耳順」に至る。さてさて、人のことばが素直に聞かれるようになっているだろうか。その先の、思うままにふるまって道をはずれない境地となると、さらにぼうっと霞んでしまう。まだまだ先は長い。

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2016年5月28日 (土)

やれやれ

『ノルウェイの森』が出版された1987年、私は結婚してニ年目だった。まだ三十歳には少しだけ間があり、それから先にどういうことが待ち受けているのかなど毛程も気にしていなかった。つまり、その先にのびていく時間の長さは何となく分かっていたものの、それをあれこれと深く考えてみることなどなかったという気がする。

それは今から考えれば幸福な時間だったと言える。今が不幸だというわけではない。けれども、どう考えてもこれから先の手持ち時間は、あの頃の半分くらいのものだろう。いろいろな物事がまだ新鮮で、手垢にまみれていなくて、心を重くするようなものは、自分の内側にも外側にも少なかった。

村上春樹の小説を読むとどうしてもこういう気分になる。自分の中の失われてしまったものや損なわれてしまったものに否応なく向き合うことになるからだろうか。失われていないもの、損なわれてはいないものもあるのだが、喪失したものへ目がいきがちになる。年齢を重ねることというのは、何かが失われていくことの言い換えでしかないのかと思ったりする。それを嘆いているのではない。あきらめとも異なる。やむを得ないことなのだと受け入れるしかないことがらなのかもしれない。

きちんとねじを巻く必要があったときにねじを巻かないで過ごしてしまった。その時間をさかのぼって取り戻すことは不可能だ。後悔していないわけではないが、後悔しても始まらない。だから、「われ事において後悔せずなのだ」と言ったのは坂口安吾だったか。

こんなふうに村上春樹の小説を読むと、どこかで何かのスイッチがパチンと入ったように、普段考えることもなかったようなことが自然と浮かんでくる。そういうものを喚起する力が強いのだろう。村上春樹の作品にひきつけられる人が多いのは、おそらく、触媒のように作用してある種の感情を喚起するこの力によるのではないか。

『ノルウェイの森』の再読は、あと少しで終了となる。中盤から後半のエピソードの数々は細部をほとんど記憶に留めていない。それゆえ、新鮮な気持ちで読み返している。たぶん二十代の終わりに読んだときには気にもとめなかったであろう描写の数々がとても印象深く感じる。

年齢を重ねてから再読するというのは、こういう新たな発見や興趣につながるのだなとしみじみ思う。細部の考察については、いずれ後日じっくりやってみるつもりでいる。

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2016年5月27日 (金)

菅野完『日本会議の研究』読了

先日の記事(こちら )で触れた『日本会議の研究』(扶桑社新書)を読み終わった。「ハーバー・ビジネス」のサイトに連載された記事をまとめたものなので、最終章以外は既読内容だったが、あらためて考えこまされる。

今年の夏の参院選は衆議院総選挙と同時選挙の可能性が高いようだが、これが有権者にとって最後の選択機会になるのではないかと、いやな感じがする。安倍政権が参院でも三分の二以上の議会勢力を抑えてしまうと、憲法改正が実現する。この改憲に向けて、安倍政権の周辺にいる一群のひとびとは、長い時間をかけて地道に積み上げてきた。いよいよ最後の仕上げにかかるというところだろう。

暗澹たる気持ちになるのは、ここ数年の国政選挙の投票率が低いままであり、政治に無関心な人びとが多いということだ。よくわからないから、とりあえず丸投げ。白紙委任。そういうことなのかもしれない。憲法改正についても、賛成・反対が決められない、よくわからないという人は、とりあえず反対すべきである。それは議論のための時間を確保するためだ。丸投げや白紙委任してしまうと、賛成派が多数を占め、あっという間に改憲が実現するだろう。秘密保護法や安保法制の成立過程を振り返ってみれば、どういうことになるかすぐに予想がつく。

彼らは本気なのであり、地道に実績を積み重ねてここまでやってきたのだ。もうあと一歩で「詰み」となる。おそらく緊急事態法の新設が最初の改憲項目となる。昨年秋の同時多発テロ事件をきっかけにフランスは非常事態宣言を出し、五月末まで再延長されたというニュースが流れたが、それどころの話ではなくなる。

想像しにくいことかもしれないが、本気で戦前の社会と戦前の憲法への復帰を画策している人びとが実際に活動しているということだ。昭和初期だって満州事変が起きるまで、社会の空気は大正デモクラシーの延長で自由主義的、国際協調的なものだった。それが一気に総力戦に向けた動員体制へと変化していく。同時に軍部の発言力も増大していく。「空気」で動く日本の社会は、あっという間に「空気」の入れ替えが起こる。

安倍政権を支えている一群の人びとが何を考えているのか、このまま進むとどういう社会が待っているか、とにかくこの一冊を読んで考えてみることをお勧めする。この本は、地道に調べ上げた裏づけの上にまとめられているので、たんなる陰謀論だとレッテルを貼って片付けようとするのは、その評者の立ち位置をかえって露呈させることになるだろう。調査報道をやっている人間が少ない日本でもこういう一冊が出てくるようになったのは、興味深いことだと思う。

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2016年5月25日 (水)

何十年ぶりの『ノルウェイの森』だろう

ふと思い立って村上春樹の『ノルウェイの森』を読んでいる。1987年に書店にならんだときにすぐに買って読んだ記憶がある。かれこれ三十年ほど前の話だ。たしか、それから数年してもう一度読み返したような気がするので、二十数年ぶりの再読ということになる。

さすがに話の大筋は覚えている。しかし、細部はかなり忘れている。最初に読んだときも二回目に読んだときも、おそらく先へ先へと急ぐようにして読んでいたのだろう。「僕」の寮での同居人である「突撃隊」というあだ名の学生や、その寮の中庭で毎朝行われる国旗掲揚の描写など印象に残っている部分はそのままだが、「緑」の実家である「小林書店」での最初の場面など、まるで印象が違う。私は一体何を読んでいたのだろうと思うくらい、記憶していたものと違っている。これでは、まるで角田光代の『旅する本』みたいではないか。

それにしても、読み始めるとやはり止められなくなる。「村上春樹全作品1979~1989」に収められている一巻本で読んでいるので、まだ結構な分量が残っているようにも思えるが、上下に分冊され赤と緑の印象的なカバーのオリジナルだと、上巻の残りが少なくなってきたかなというあたりだろう。

物語の舞台が1968年から69年が中心だったのだなあ、と改めて気づく。これは以前初期三部作について書いたときに気がついていたことではあったのだが、『ノルウェイの森』の直子と「僕」の物語も、いわゆる70年安保闘争の時代を背景としている。「僕」は学生運動の闘士ではない。ノンポリであるが、バリケード封鎖が機動隊によって実力で解かれると、全学ストが解除されていないのに平然と授業に復帰する活動家の連中に違和感を覚えている。だから、嫌がらせのように出席が取られるときにわざと返事をしない。返事をしないことで、何もなかったように授業に戻った活動家たちに居心地の悪い思いをさせている。こういう場面はすっかり記憶から抜け落ちている。

今読んでいる部分の先も、おそらく相当違った印象を持つのかもしれない。それはそれで面白い。いろいろと新たに思うところなど、また後でまとめてみようかと思う。

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2016年5月24日 (火)

ジャズと落語

昨日の話の続きみたいになるが、古典的な参照点が厳然として確立されているという点でジャズも落語も「今」を感じさせる演奏や口演が難しいジャンルだと思う。

スタンダードなものが具体的な形で存在しているのだから、たえず過去の偉大な参照点との比較をまぬがれない。技術的に完璧になったとしても、すでにそのジャンルの可能性が究め尽くされ、これ以上何もつけ加えるものがないのではないかと思われるような地点に立たされているというのは、きつい。

たとえばアルトならチャーリー・パーカー、テナーならジョン・コルトレーン、トランペットならマイルス・デイヴィスみたいに参照点となる巨匠たちは演奏の可能性をとことん探究し尽くしているように思われる。やっぱり、パーカーみたいには吹けないよなあ、とか。マイルスのトランペットが何といっても最高だわ、やはり、とか。コルトレーンのフリージャズっぽい演奏も捨てがたいよね、とか。

落語だってそうだ。「明烏」なら八代目桂文楽で聴きたいし、「火焔太鼓」は何といっても五代目古今亭志ん生に限るし、「真景累ヶ淵」とか「ちきり伊勢屋」みたいな長い噺は六代目三遊亭圓生ですよ、あなた。という具合に、いつでも最高峰の参照点がそびえている。

こういった参照点を前に途方にくれない演者がいるだろうか。それでも、今現在の演者は今の音を出し、今の噺を演じるしかない。その場合にできることはどういうものなのだろう。

一つは他ジャンルとの融合が考えられる。しかし、それはあくまで傍系的なものにしかならないのではないかという気がする。クラシックとジャズの融合、ロックとジャズの融合、ラテンとジャズの融合などなどさまざまな試みがなされてきたし、ボサノバとジャズの融合などは個人的に大好きな演奏が多い。ではあるものの、それでもやはり主流ではない。ちょっと目先の変わった演奏で気分転換にはなるけれど、毎度毎度これを聴きたいわけじゃないよね、となる。

そうなると、単なる融合ではなくジャズイディオムによる再解釈とか吸収、消化という方向になるのかもしれない。エッセンスだけ取り込む。それをジャズの側から最大限に活かす。どう聴いてもジャズでしかないのだが、要素として様々な他ジャンルの音楽が埋め込まれている、あるいは溶け込んでいるという状態あたりだろうか。

落語なら立川志の輔の「志の輔らくご」が、一つの方向ではないか。「志の輔らくご」は新作と古典の再解釈の二本立てである。新作は文字通り新たに創り出されたオリジナルの落語である。現代のある一面から切り出された素材が笑いを呼び出し、同時にそこで明るみに出されたものに少し考えさせられる。あるときはユルキャラ・ブームを取り上げ軽妙な噺に仕上げ、またある時は誰かと会話しながらもスマホの画面から顔を上げない若者を登場人物にし、笑いを誘いながらも、これでいいんだろうかねえとふと思わせる。

もう一つの古典の再解釈のほうが実は重要である。古典落語とて最初に高座にかけられたときは「新作」落語だったはずで、明治の三遊亭圓朝作の人情噺なども「新作」として生まれて古典として残ってきたものだろう。そう考えると、確かに「志の輔らくご」の新作は楽しいしハッとさせられるものも多いのだが、立川志の輔以外の落語家にも演じられていかなければ、古典となっていかない。つまり一代限りの噺という可能性だってあるということだ。

それからすると、古典の再解釈は対象が古典落語なのだから、これ以上評価が変動しない安定した素材である。そこにどう現代的な意義を見出すかということになる。ちょんまげの人はお相撲さんくらいしかおらず、遊郭もないし、火鉢って何?蚊帳って何?の世界で、古典落語の巨匠たちの口演をそのまま再現しても、理解されない。ならば、マクラに振るしかないではないか。立川志の輔のマクラはその時々の話題から入り、本編の古典落語の世界でキーとなる部分についての予備的知識が展開される。これがあるから、まったく初めてその古典を耳にする人でもすんなりと噺の世界に入ることができる。

ジャズも落語も古典芸術だということに話が尽きてしまいそうだ。古典音楽であるクラシックが「革命的」に新しくなりようがないのと同様に、ジャズも落語も古典として完成してしまったジャンルなのだ。だから、その枠組みを「革命的」に変えるのではなく、現代的な意義を見出すという方向が本筋ということになる。そういう意味でジャズも落語も、きわめて保守的なものだ。年寄りの愛好するジャンルである。それで何らかまわない。そこに盛り込まれた現代的な意義に興味を覚える人がいれば、この先も廃れることはないだろうし、そうでなければ衰退していくだろう。でも、それはそれでいいんじゃないだろうか。

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2016年5月23日 (月)

ロバート・グラスパー、ふたたび

以前にロバート・グラスパーの「Black Radio」を取り上げて、これはジャズではないだろうと話を切り上げてしまったことがある。即興演奏(インプロビゼーション)のない演奏をジャズであると認めるわけにはいかない。そういう意識から、ロバート・グラスパーの音楽はジャズではないだろうとしたわけだが、これは早とちりであった。

Youtubeにアップされている「Covered(Recorded live at the capitol studios)」のトリオ演奏を聴いてみて驚いた。悪くないどころの話ではない。まさにジャズの演奏ではないですか。ピアノの鳴らし方が、「今」の時を感じさせる。50年代や60年代の巨匠たちによるビンテージものの演奏とは異なるけれど、現在のジャズそのものだ。

これは、このところ暇さえあれば教室で聴いているレイチェル・Zにも共通して言えることだ。レイチェルの「Everlasting」に入っている「Fields of Gold」をネットラジオで偶然耳にし、「ひと耳惚れ」してしまった。スティングの曲だということすら知らなかったのだが、レイチェルの演奏のほうが格段にいい。エンドレスにして延々聴きたくなるような中毒性がある。これもまさに「今」を感じさせる音だ。

ジャズを愛好するというのは、どこか骨董趣味に似たようなところがある。過去の巨人たちの国宝級の歴史的演奏がすでに厳然として存在し、これを越える演奏はなかなか出てこないだろうなあと思ってしまう。落語も同じだ。どうしても今現在の演者ではなく、過去に存在した巨匠たちに目がいってしまう。これは過去においてピークを作り上げてしまった芸術の、避けられない性質なのかもしれない。いつも過去の巨人たちと比較される。それを越えるような才能が現れ、革命をもたらさない限り、ジャンルとして確立されてしまった芸術は過去の参照点から逃れられない。

しかし、言うは易く行うは難しでそうそう簡単に「革命的」な天才が出てくるわけではない。めったに出てこないからこその「天才」だろう。ロバート・グラスパーが試みていることは「革命的」なことだろうか。R&BやHip hopとジャズの融合は「革命的」たり得ているのか。うーん、それは厳しいのではないですかねえ。

たとえば、マイルス・デイヴィスがエレクトリック・マイルスと呼ばれた時期、ロックとジャズの融合した新しい方向性を探究したが、これとて成功したかとなると疑問である。結局、確立された主流派のジャズは揺るがなかったのではないか。それと同じように、ロバート・グラスパーのHip hopとジャズの融合は、新しい音楽の創出につながってはいないのではないだろうか。

とはいえ、トリオ演奏でアコースティックジャズを聴かせるロバート・グラスパーは悪くない。少しピアノのタッチがおとなしくて、女性ピアニストの演奏を思わせるところもある。そんなところからレイチェル・Zの演奏を連想してしまったのだが、それはそれとして、このトリオ演奏でのピアノの鳴らし方はいいなあ。まぎれもなく2000年代の音だという感じがする。

そういうことで前言は撤回します。ロバート・グラスパーの演奏はジャズです、確かに。

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2016年5月22日 (日)

明るい未来?・続き

人間の仕事が人工知能に取って代わられる。人間の仕事がどんどんなくなる。だから人工知能を否定しようということになれば、それは産業革命期に工場の機械を壊そうとしたラッダイト運動になぞらえたネオ・ラッダイトの考え方になるが、それはそれで、ゆく川の流れをとどめようとする試みのようなもので、無理筋だなあと思う。

といって、このままの流れに任せていて安心できるのだろうか。変化が急激だと、そのしわ寄せは社会的な弱者に振りかかる。格差の拡大も一層激しくなるのではないかと思う。何よりも本当に人工知能にすべて任せていいのかという意識が抜けない。

人工知能があらゆる面で人間の能力を超えてしまった場合、最適の判断は人工知能が下したほうがいいということになるだろう。人間から見ると理解不能な判断であっても、そこには人工知能の合理的な最適解があるという話になる。そもそも人間の能力を超えてしまっているのだから、人間がいくら考えても敵わない。完全無欠の正確な判断。誤差10の何十乗分の1くらいの高精度な判断。そういう、人間ではありえない完璧さが生まれるということ。

だが、その完璧さは誰にとっての完璧さになるのか。人間のためになるのか。不完全さだらけの、あいまいさだらけの人間にとって、完全無欠の人工知能が管理する世界は快適な世界になるのか。ああ、でもそれも人工知能が先回りするんだろうなあ。人間に快適さを感じさせないような世界を完璧な人工知能がつくるわけがないか。こうすれば人間は快適に感じるのだから、わざと不完全さやあいまいさを残しておこう。そういう判断だってあるだろうな。ビッグデータを解析すれば容易に把握されてしまいそうだ。

それはたとえば、CDよりレコードのほうが、あるいはトランジスタより真空管アンプのほうが心地良い音楽を再生してくれると人間が感じるのであれば、それをデジタル技術によってシュミレートするという話のようなものだ。手のこんだ回り道としか思えないが、わざわざ人間を敵に回したり反感や反発を生むような方法を、完全無欠の完璧な人工知能が取るわけがない。人間はどう転んでも御釈迦様の手のひらの上にいる孫悟空状態というわけだ。

将棋の羽生善治名人がレポーターとなったNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」という番組でも紹介されていたが、人間に配慮する人工知能の研究も進められている。つまり人工知能に感情を持たせようという試みだ。見ていてなんとなく、人間を超えてしまう人工知能に歯止めをかけておこうとする一種の「保険」のようなものだなあと思ってしまった。これは所詮「猿知恵」ならぬ「人知恵」ではないのか。そのような感情のようなものや人間への配慮みたいなものを見せておいたほうが、人間は不安をいだかない、人工知能に敵意を持たない。そのように判断すれば、人工知能は戦略的にそれを取り入れて振る舞うに違いない。

リュック・ベッソンが監督した『ルーシー』の中で、スカーレット・ヨハンソンが演じた主人公ルーシーは、薬物によって脳を100%利用できる状態へと「進化」していき、超人的な知性を獲得する。それに反比例して人間的な感情はどんどん失われていく。人間を超えた人工知能が生まれると、おそらくあのルーシーのような存在になるのではないか。

これは、誰にとって明るい未来なのか。私には、よくわからない。

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2016年5月21日 (土)

明るい未来?

囲碁の世界チャンピオンが人工知能に敗れたのは、つい先日のことだ。最近の人工知能がすごいのは、「ディープ・ラーニング」という方法によって人工知能が自分で「学習」していくという点だ。

チェスや将棋で人工知能が人間に勝っていたころは、打つ手の場合の数をすべて計算し尽くすというやり方だったようだが、囲碁の場合は一手一手の次の選択肢が多すぎてプログラムを組むのが難しいとされてきた。それが「ディープ・ラーニング」によって一気に解決されたというわけだ。

「ディープ・ラーニング」では、人工知能が自分で「学習」していく。たとえば、人工知能に猫の写真を見せて猫だと判断させるのに、従来の方法であれば「猫というのは耳が三角で、顔が丸くてヒゲが伸びていて…」というように猫の特徴をひたすらプログラムに記述していくことで、識別させようとした。しかし「ディープ・ラーニング」の場合は、膨大な量のデータを見せて人工知能自身に特徴をつかませる。これが可能になったのは、ビッグデータの集積とコンピュターの処理速度が飛躍的に向上した結果なのだそうだ。

囲碁の世界チャンピオンに勝った人工知能にしても、最初はブロック崩しの遊び方を学ばせるところから始まり、膨大な囲碁の棋譜データを見せ、さらに人工知能同士の対局を重ねることによって力をつけたのだという。人間の学習と同じような過程を経て、それ以上の(というか人間が経験できないような)学習経験によって理解し発見をしていくということが可能になったわけだ。

これは、えらいことになってきたなと思う。人工知能にテレビの番組(しかも並行していくつもの番組だって可能かもしれない)を見せておけば、私やあなたより確実にものごとをよく分かっている人工知能が出来上がる。早い話がそういうことだろう。ありとあらゆるデータをすべて「学習」し、「分析」し、そこから「発見」する人工知能が出てくるということになれば、レイ・カーツワイルが2045年にやってくると予想している「技術的特異点(シンギュラリティ)」の世界ではないか。人工知能が人間の能力をはるかに超えてしまうという、あれである。

自動運転も実現されるだろうし、家事ロボットや介護ロボットも出てくるだろうし、事務や生産の管理に人間の手が要らなくなる、というより人工知能に任せたほうが間違いがない、ということになっていくだろう。想像できないような枠組みの変換が急激に押し寄せてくるという、産業革命期に匹敵するような時代に突入すると考えられる。

しかし、それは果たしてバラ色の明るい未来なのか。

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2016年5月20日 (金)

「緋村剣心」について考える

『るろうに剣心』の主人公、緋村剣心が長州の人間という設定は絶妙だ。薩摩であれば、幕末維新期に活躍したとしても、西南戦争で西郷隆盛と運命を共にした可能性が高くなる。剣心の人物像からすれば官軍側ではなく西郷軍の側についたはずだ。

かと言って土佐では「人斬り以蔵」になってしまう。ここはやはり長州でないと、明治になって陸軍を牛耳った山県有朋と結びつけることも難しくなる。幕府側では、新撰組か会津藩士にでもしなければならないだろうが、それでは維新後「逆刃刀(さかばとう)」を腰に帯び「殺さず」の誓いを立てた剣心という人物の造型から、はずれてしまう。

要するに幕末維新期に「人斬り」として暗殺者に徹し、維新後は己の罪深い存在をあがなうために「殺さず」の誓いを立てながら、なおも闘争の場に巻き込まれざるをえない人物という設定を考えると、長州以外の選択肢は消えてしまうということなのだろう。

剣心の立っている場所は、幕末維新期の草莽の志士たちが立っていた所でもある。維新が目指していたものは、決して藩閥政治でも、一部の人間が私欲を満たすような世の中でもなかった。それは西南戦争の西郷に寄せられた、第二革命としての維新継続を望む心情に限りなく近い。

剣心の周辺に配された人物、たとえば相楽左之助は赤報隊の志士たちの非業の死を目に焼きつけている。明神弥彦の父親は上野彰義隊の一員として戦死している。旧幕府側、新政府側どちらであれ、幕末維新期の人々が立っていた所は「義」によるところであった。維新によって世の中が変わっていっても「義」の有無は重要な意味を持ち続けている。

ここで緋村剣心の「殺さず」という誓いの特異性が浮かびあがってくる。再三、剣心は「そんな殺さずの逆刃刀で人を守れるか」「きれいごとで大事な人間を守っていけるのか」という批判にさらされる。しかし、「この目に映る人々ぐらいは守れると信じている」と剣心は揺るがない。

この設定は、明治人の人物設定として妥当なのだろうか。どうもこの緋村剣心の設定は、平和憲法を原則とする現代日本の姿なのではないかと思えてくる。いかなる状況となっても最後は「殺さず」の誓いに立ち戻る。「逆刃刀」でも闘う途があるという基本線は、武力によらない紛争の解決を目指すという日本の姿ではなかったか。いや、正確に言えば自衛隊という名の武力を保持してはいるが、決してそれを侵略攻撃に用いない、専守防衛に徹するとしてきた姿ではないか。つまり「逆刃刀」とは自衛隊のことである。

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2016年5月19日 (木)

あれもこれも

二兎を追うもの一兎も得ず。虻蜂取らず。いずれも一つのものごとに集中しないと何も手に入らないことを教えることわざだ。確かに手を広げすぎると、どれもこれも中途半端でものにならず、それこそ帯に短したすきに長しで役に立たない状態になることはよくある話だ。

それにくらべると、一つのことをこつこつ長い年月積み上げていくことは、はるかに望ましいものとして受け止められるのではないだろうか。この道ひと筋とか、熟練の職人技とかいう言葉には誰しもあらがえない。耳にしたとたんに肯定的な評価を下してしまう。

しかし、日常的なレベルでは、二兎どころか三兎でも四兎でも、場合によっては十兎でも追ったほうがよいのではないかという気がする。他の人はともかく、きわめて飽きやすい私の場合は、そうだ。

一つのことに集中していると、ある時点で飽和状態がやってくる。活き活きした好奇心や新鮮な興味が消え失せ、何を見ても色褪せたものにしか見えず、義務的なルーティーンワークに変わり始める。これはある意味やむをえないことだろう。刺激や衝撃は、反復されるに従って弱くなっていくものだ。

こういう飽和点に達したときは無理に続けないほうがいい。その状態で、義務感から続けていくと疲労感と嫌悪感しか残らなくなる。満腹状態のところにさらに押し込んで、あげくの果てに吐き気をもよおすという最悪の結末しか待っていない。

それよりも、全く別のことに手をかけて、それまでやっていたことを棚上げしてしまったほうがいい。つまり一時的に「忘れて」しまうということだ。

脳科学ではどう説明するのか知らないが、全く関係のないものに手をつけているうちに、棚上げしておいたものがいつの間にかうまく熟成されてこなれてくる。そうすると新たな気持ちで向き合える。一時的に「忘れて」いたつもりが、実はどこかでひっかかったままで関心は継続されていたわけだ。パンクしていたタイヤに空気が戻ってまたしっかり走れる状態になったようなものだ。

好奇心や関心、興味といった心のエネルギーは、一方面に突出させると先細りしていくような気がする。それよりも、別のものごとに振り向けることで分散がおこり、それによって新たな刺激が生み出されていくように思う。

勉強時間が長く続かないんですよ、と言う生徒が多い。いっそのこと、こまぎれの勉強にしてみてはどうだろう。集中の続く時間が短いのであれば、二十分でも三十分でも続けられるところまでやって、パッと別の教科に切りかえてみるのも一つの手である。そうやって集中できる時間が少しずつ長くなれば、それはそれで結構なことだと思う。

このブログも長い間放置したままだったが、気分転換に書き始めてみると、あれこれと書いてみようかという気持ちが自然にわいてくる。これを義務的にしないことが大事なんだろうなと思う。おそらくそのうち、また飽きるはずなので。

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2016年5月18日 (水)

時代の替わり目

昭和初期の歴史を学び直していると、どこで世の中の空気が変わってしまったのだろうと考えさせられる。この間記事にしたように、大正末から昭和六年の満州事変前までは軍部に対する風当たりが強く、軍人が肩身の狭い思いをした時期だった。それが、満州事変の勃発から変化していく。

満州事変後の大きな替わり目は、天皇機関説排撃事件とその中で出された国体明徴声明だろう。「統治権は国家にあり、天皇はその最高機関として統治する」という美濃部達吉の天皇機関説は、国家公認の憲法学説であり昭和天皇も機関説でなんら問題ないとしていたものだ。この機関説を軍部・右翼が排撃する中で、政友会も加わり国体明徴運動が政治利用されていく。機関説排撃は在郷軍人会を中心に全国展開され、岡田内閣は昭和十年に二度に渡って「国体明徴声明」を出す。

第一次の声明では、「機関説が国体の本義に反するもの」という文言にとどまっていた。それが、第二次の声明になると、「機関説は取り除かれるべきものである」として、帝国憲法のもとにおける立憲主義の統治理念が公然と否定されることになった。「合法無血のクーデター」とも言われるゆえんである。

「国体」という言葉は現代ではわかりにくい。おそらく「国民体育大会」の略語としての「国体」しか思い浮かべないだろう。wikipediaに載る定義では「天皇を中心とした秩序(政体)」とあるが、本来は「国がら」とか「国のあり方」くらいの意味しか持たなかったものが、「天皇を中心とした秩序(政体)」という意味に固定化していったのだろう。だから、「国体の本義に反する」というのは「天皇を中心とした秩序(政体)の本義に反する」ということになる。

この天皇機関説排撃事件と国体明徴声明のあった昭和十年が、時代の大きな替わり目なのではないかと思う。翌昭和十一年に二・二六事件、昭和十二年に日中戦争勃発。そして昭和十六年に太平洋戦争開始。機関説を巡る国体明徴運動を通じて軍部が政治の主導権を握り、戦時体制へと国内を引きずっていくことになった。

しかし、その当時の社会に生きていた人々は、それほど重大なことだとは受け止めていなかったのではないか。国体明徴声明が持つ政治的な意味など、一般大衆には無縁の話であり、それよりも景気が悪かったり暮らしが大変だという日々の問題のほうがはるかに大事だったろう。

時代をある方向に引きずっていきたい人々にとって、この一般大衆の政治的無関心は最大の味方となる。とんでもないことになると誰も思わなければ、それに抵抗しようとする勢力も生まれないし、密かに進めていることに関心が向けられることもない。もう引き返せないところまで連れてこられてしまったと気づいても、どうしようもない。

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2016年5月17日 (火)

いま私たちの立っているところ

今年の夏に参議院選挙がある。衆参同日選になるのかどうか分からないが、この先の歴史を大きく変えてしまうかもしれない重大な意味をもつ選挙となる。これまでの国政選挙のように投票率が上がらず、結果丸投げの選択をする有権者が多ければ、おそらく引き返すことのできない隘路へと突き進んでいくことになるだろう。

それは、安保法制が継続されることや憲法改正が現実化されることだけを意味するのではない。もっと底の深い、体の芯から冷えてくるような社会の変化がもたらされるということだ。憲法改正の手順は、まず第九十八条として緊急事態条項の新設。次に第二十四条の「家族、婚姻等に関する基本原則」の改正。その次に第九条の第二項を「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と改めるという流れ。

この中で、第九十八条として新設される「緊急事態条項」がきわめてマズイものであることについては、一昨年の記事(こちら )でふれた。記事に引用したリンク先に、現行憲法と自民党改憲草案の詳細な比較があるので、そちらにぜひ目を通して頂きたい。

なぜ、「緊急事態条項」の新設からなのか。それは現政権の背後にある勢力の意向がそうだからだ。こちらのサイトに菅野完氏の「草の根保守の蠢動」という連載が載っている。検索結果ページの中段くらいに1〜7とページ番号が出ているので、「7」のページの「安倍内閣を支配する日本会議の面々」という記事からさかのぼって読まれるとよい。

このシリーズは扶桑社新書から『日本会議の研究』として最近書籍化されたばかりだが、菅野完氏のツイートによると「在庫払底にてご迷惑をおかけしているものの、現在、三刷目を鋭意重版中!近日中には全国の書店に再びお目見得します」とのこと。そういうことで、本が手に入らないので、サイトに掲載されたシリーズを一通り読んでみた。

深いため息が出る。戦前の日本に回帰するつもりなのか。安倍政権の背後にある勢力は、地方議会から積み上げ、選挙では「日本会議」を構成している各宗教団体の組織を動員し集票の実を挙げるという、きわめて地道な手段で長い年月をかけて着実にここまで進めてきた。宗教団体が関わっているからマズイというのではない。宗教団体が政治活動をすること自体は、何も問題ではない。政教分離は、国の宗教的活動や宗教への援助を禁じ、宗教の特権や政治上の権力行使を認めないというものとされている。宗教団体の政治活動を禁じるものではない。

問題は、宗教団体が関わっているから怪しいとか、いわゆる「陰謀論」的な底の浅い話ではないというところだ。「日本会議」を実質的に動かしている一群の人々は、「本気で」戦前回帰を考えている。そのために有効な手段を一つひとつ着実にこなしてきている。数年ではなく数十年に渡って活動している筋金入りの人々が、その中枢にいるのであり、実績も出してきている。

今年の参議院で改憲勢力が圧勝すれば、憲法改正が現実のものとなる。彼らの望む「美しい日本」というのが、いかなる姿をしているのか、ぜひとも菅野氏の述べるところで確認してみることをお勧めする。「徴兵制」論議など、まだまだかわいいものにしか見えてこないのではないかと思う。

いま私たちの立っているところは、切り立った断崖の先端部なのだ。

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2016年5月16日 (月)

全体と個

個々の違いを押しつぶしならしてしまおうとするものに出くわすと、抵抗したくなる。個は個であるがゆえに、代替不可能であるがゆえに、尊重されなければならない。流動性が高くなった時代に生きていると、自分がいなくなってもその代わりをする人間はいくらでもいるんだろうなと、なげやりな気持ちになったりするが、それでも自分という存在に代わりうる存在はない。

その個を成り立たせている全体こそが大事ではないか。全体あってこその個であり、全体がなければ個はどうやって生きていくのだ。そういう考え方もある。たしかにそうなのだが、だから全体のほうが優先されるべきだということになると、ちょっと待ってくれと言いたくなる。一人一人の顔や声が違うようにひとりひとりが抱える事情は異なる。それを考慮に入れず、あるいは考慮しても対応しきれないからという理由で、個々の持つデコボコを地ならしするように押しつぶしてしまうのは、果たしていいことなのか。

これは全体と個を二項対立的に考えるからおかしくなるのだろう。全体と個は包含関係なのだ。個は全体の中で個であることが位置づけられるのであり、全体は個によって構成されることで全体となる。ところが力関係でいえば圧倒的に全体のほうが個より大きな力をもつ。それはもっともな話で、個が全体より大きな力を持ってしまったらどうなるか想像してみるとよい。誰か一人の意思や決定が全体を動かすことになれば、それは「独裁」と呼ばれるしかない状態だ。

全体を構成している個が、それぞれの意思を表明しあい、それを調整することで全体の意思や決定とする。そういう手間のかかる道を進むことで、全体の意思や決定に正当性をもたせる。近代の民主社会というのはそうやってできてきたのではないか。だからそれは時間がかかり、手間ひまがかかり、なかなか思うようにものごとが進まない「ぬるい」やり方と映ってもやむを得ないものなのだ。

情報の量が飛躍的に増大し、意思決定に速度が求められる時代になると、この手間ひまかかるやり方は「非効率」だと思う人々が出てきても不思議ではない。トップダウンで一気にものごとを進めたほうが「効率的」だ。費用対効果の面からもそちらのほうがいい。しかし、「効率」も「費用対効果」もビジネスの用語だ。政治や社会のあり方をビジネスの用語だけで語ってしまってよいのか。ビジネスは利潤の追求という単一目的に向かうものだから、あれこれ余計なものに配慮することなど不要である。極言すれば、おそらくそうなるだろう。少なくとも多様性への配慮や少数意見への配慮、合意形成の過程の重視、利害関係の調整といったものは視野に入れなくていいことになっているはずである。

しかし、政治や社会は利潤の追求といった単一目的に向かうものではない。多様性や複雑性を留保したまま、損害を被る人をできるだけ少なくする道を探るものではないか。つまり「不幸の最小化」だ。そこにビジネスの「わかりやすさ」を持ち込むと、できるだけ小さくされるはずだった損害が桁外れに大きなものになってしまう恐れがある。有能なビジネスマンが有能な政治家になるという保証はどこにもない。ただ、「わかりやすさ」から大衆的な人気を博することはあるだろう。共和党大統領候補のトランプ氏の例のように。

理想は、ラグビーでよく言われる"One for all.  All for one."だが、これは難しい。ラグビー・チームのような小さな集団だからあてはまるのであって、国家や社会という大きさになると、きわめて非現実的な話になるのかもしれない。自分が生活している小さな集団の範囲、自治会からせいぜいが市町村くらいまでなら、なんとかなるだろうか。地方自治は民主主義の学校と言われる。そのように中学の公民の教科書では習う。当事者として関わり、過程や結果に責任を持つ。この意識をもつことからやり直さないと、いつまで経っても「市民社会」を構成する「市民」が存在しないまま過ぎていくことになるだろう。

今からでも間に合うのだろうか。

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2016年5月15日 (日)

平均の終焉

二ヶ月に一度放送され、ポッドキャスト配信もされているTBSラジオの「文科系トークラジオLife」という番組については何度か記事にした。先月の放送は「いま"大学のコストパフォーマンス"を考える」 と題して、今大学へ行くことの意義は何なのか、学生を受け入れる大学側の現状はどうなっているのか、などなどについて出演者がいつものように延々とあれこれ議論を交わしている。

その中で、司会役の鈴木謙介氏が「平均の終焉」という言葉を使った。確か「大学生にもなってホームルームがあるのか、と思わないほうがいい」という話から「背中を押されないと学問ができない学生が大学に入っている現状」という流れの中で、「両端の山が大きく、真ん中の人が少ない二極化が進み、平均に合わせるとガチ勢にはぬるく下位層には難しくという状態になる」という話が出てきたときだった。

この「平均の終焉」という言葉は、今のあらゆる局面によくあてはまるキーワードではないだろうか。中学生、高校生にしても「平均に合わせるとガチ勢にはぬるく下位層には難しく」なる。かつてのように、クラスの中間層に合わせておけば授業が成り立つという時代は「古き良き時代」になってしまったのではないか。われわれのような個別指導が売りの学習塾は、はじめから個別対応に特化しているのでラクだが、学校で一斉授業をしなければならない先生方は本当に大変だろうと思う。複数の教師が入るなどの工夫をしても、二極化に対応していくのは並大抵のことではなかろうと推察する。真ん中に合わせた授業をすると、上位層は飽きるし下位層は分からないでポカンとしているという状態になり、下手をすると収拾がつかなくなるかもしれない。

学校だけではない。「平均的な○○」と言った時の「平均」像っていつの時代の話だということになりかねない。雑な言い方だが、「一人勝ち」している一部と取り残されている大多数という構図がさまざまな分野で見られるのではないか。つまり、「両端の山」のうち上の山の構成数は少なく、下の山が圧倒的に多いというのが現状ではないだろうか。

「平均の終焉」は何が困るのか。学校の教室が「学級崩壊」状態になるのと同じように、中間層が薄くなると、社会秩序は流動化する。「みんなそうだよね」の「みんな」って誰だよ、少なくともオレには当てはまらねえぞ。そう思う人間が多くなる。だから治安が悪くなるとか、反社会的な人間が増えてくるとか言いたいわけではない。社会が回らなくなるだろうということなのだ。さまざまな施策にしても、平均に合わせると、誰のためにもならないということになりかねない。両極化するそれぞれの山に合わせた個々の対応をしないと、総スカンを食うだろう。

「平均的な子ども」というと、「ドラえもん」ののび太くんや「ちびまる子ちゃん」のまる子を思い浮かべてしまうが、すでにノスタルジーの対象でしかないのか。現実に目の前に座っている小学生や中学生や高校生は、個々の事情を抱えた、個々の能力を持った、きちんと手間をかける必要のある「平均的でない」生徒なのだ。小学生はみんなサッカーが好きなわけではないし、中高生はみんな本を読まないというわけでもないのだ。

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2016年5月14日 (土)

ちょっと意外な気もするが

ブログのアクセス解析で普段あまり見たことのない「ユーザー属性」という、サイト訪問者の属性分析ページをのぞいてみた。性別・年齢・ネットリテラシーの三項目に分かれており、いずれも(推測)となっている。この「推測」がどのようにして推測されたものなのかはわからないが、それなりの分析手法があるのだろう。

四月の分析結果を見ると、「性別」では男性が58%、女性が42%でまあこんなものかなという感じ。意外だったのが「年齢」の項である。10代40%、20代25%、30代30%、40代以上5%となっており、なんと訪問者の95%までが30代以下、20代以下に限っても65%である。

うーむ。これは一体どういうことなのだ。しばし考えこんでしまったが、検索ワードランキングの上位がいつも「あし・わろし・よろし・よし」や「ぬ・いぬ」であることを合わせて考えてみると、おそらく高校生が古文の勉強がらみで見に来ているということなのだろう。目的のページを読んで終わりなので、2ページ目以降の閲覧はほとんどない。

「ネットリテラシー」の項目はどうやって分析したのだろう。検索ワードの組み合わせ方などから判断したのだろうか。61%が「中級者」となっている。ちなみに「初心者」は27%、「上級者」は12%となっている。そもそも「ネットリテラシー」の上級者ってネット閲覧者のどれくらいを占めているのだろう。「年齢」「性別」では、「40代・男性」というのがネット利用者の中のボリュームゾーンだという話を耳にしたことがあるのだが、「ネットリテラシー」に関してはどんなものなのだろう。

ここ数年更新頻度が下がり、このブログはほぼ「放置」状態だったのだが、それなりに一定数のアクセスが続いていて、結局のところ書いても書かなくても同じかと思っていた。以前にも記事にしたことがあるように、枕草子の古語について、岩波書店の新日本古典文学大系版に載っている「枕草子心状語要覧」を紹介してみようと思いながらそのままになっている。今年は、少しずつ記事にしていけたらと思う。古語辞典だけではつかみにくいニュアンスの差について紹介するだけでも、多少の意味はあるのではないかという気がするからだ。

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2016年5月12日 (木)

近現代史の学び直し・その後

去年のいまごろから延々、というかだらだらと近現代史の学び直しを続けている。そもそも何がきっかけで始めたのか、よく覚えていないのだが一年前の「近現代史の学び直し」という記事を読み返すと、亜細亜主義者の幾人かに興味をもったことからのようだ。

まだまだ学び直しの途上で、学び直しというより新しく学ぶことや認識することのほうが多い。その中で、いかに大雑把な印象しか持っていなかったか思い知らさせることがしばしばだ。そうだったのかと特に意外に思ったのが、大正末から昭和初期の社会の風潮である。昭和初期といえば、満州事変や五・一五事件あるいは二・二六事件に代表される軍部の台頭というイメージしかなかった。軍国主義・全体主義一色のきわめて不自由な空気感の中で人々が日常を送っていたのだろうな、ぐらいの感触である。

ところが実際は違っていたようだ。特に第一次大戦後の大正末から満州事変の起きる昭和六年ころまでの十年は、外交では幣原喜重郎の国際協調外交、国内的には第二次護憲運動に代表される大正デモクラシーの流れの中にあり、社会の風潮は軍国主義や全体主義的なものではなかった。軍人に対する風当たりも強く、軍服を着た軍人が電車の中で乗客からあれこれ文句を言われて肩身の狭い思いをすることもあったという記述を読んだりすると、「えっ、そうだったの?」と驚いてしまう。国粋主義的な政党が選挙で候補者を立てても当選する方が稀であったようで、一般大衆はそういう勢力を支持していたわけではなかったのだとわかる。

その社会の空気感が変わるのが1931年(昭和6年)に起きた満州事変である。「満蒙問題」とか「満州問題」と呼ばれていた問題を解決するため、国外では満州事変、国内では国家改造を同時に進める。これが軍部とそれに結びついた国家主義者たちの意図していたことであった。

「満蒙問題」とは、日露戦争後獲得した満州・内蒙古をめぐる日本の利権ないしは勢力圏に関する問題である。1920年代の後半から、それまで列強諸国にあたえていた諸権益を回収する国権回復運動が中国でおこった。日本がロシアから引き継いだ満蒙での権益も、ロシアと清国との間で決められていた25年という期限が迫っており、二十一ヶ条の要求で99年までの延長を押しつけていたものの、国際的な正当性は認められなかった。この中国側の権益回収の中には、南満州鉄道の買い戻しも含まれる。元々のロシアとの条約に「売り戻し」の条項があり、おそらくロシアは25年の条約期限後に満州鉄道を高く売るつもりでいたのだろう。この条項を逆手に取り、アメリカからの借款で南満州鉄道を買い取るという考えが中国政府にあったようだ。

これを一気に解決する策として満州の領有という案が陸軍の中に生まれる。明治以来の陸軍の大陸進出志向からすれば、ごく自然な発想だろう。と同時に、第一次大戦後に強く意識され始めた総力戦体制を確立するため、国家改造が必要だともされた。現行の内閣を倒し軍部首脳を首班とする国家改造内閣を成立させ、そのもとで総力戦にむけた総動員体制を作ること。それが急務だと軍部に強く認識される。こうした動きに民間の国家主義者たちが結びついて、三月事件、十月事件、血盟団事件、五・一五事件、二・二六事件が起こされていく。

「満州事変」「満州国成立」「国際連盟脱退」という流れの中、民衆の意識は軍部支持へと振れていく。この意識の底に何があるのか。現代のわれわれには実感できないのだが、日露戦争で日本の兵士が9万人弱戦没しているということが大きかったようだ。満州の地は、日本人兵士の血によって獲得されたものだという意識。これが当時の民衆の意識の根底に共通項として横たわっている。それゆえ「侵略」という意識より、当然の「権利」だという意識のほうが強かったのだろう。日露戦争から二十年ほどしか経っていない時代なのだ。戦死した家族や親戚が身近にいて、従軍した人々も存命だったはずだ。こうした人々の意識が国家主義的な流れに束ねられていくのは、そう無理な話ではなかったのかもしれない。

こうして見ていくと、国際協調ではなく対立と、権益の保護(今なら国益の擁護とでも言うのだろうか)が対外侵略の正当化に利用されているのがわかる。国際協調みたいな手間のかかるぬるいやり方より、敵と味方をはっきりさせて対立を煽り、実力行使で手早く解決したほうがすっきりする、と考える人が多くなると、今の時代でも同じような流れは生まれてくるのではないか。手間のかかるぬるいやり方にこそ、力による衝突を避ける歴史の智慧が含まれていると思うのだが。

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