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2015年6月 8日 (月)

小西豊治『石川啄木と北一輝』

このところ北一輝関連ばかり読んでいる。朝日選書に入っている渡辺京二の『北一輝』が、一番よく分かった。他に松本清張、村上一郎も読んだが、松本健一や田中惣五郎のものは未読。特に松本健一は、『評伝 北一輝』が五巻控えているので、他をあたってから読もうと考えている。また、短いものだと思うが『三島由紀夫全集』の評論の部にも「北一輝論」が入っているようだ。

北一輝自身の著作は多くない。『国体論及び純正社会主義』『支那革命外史』『日本改造法案大綱』が主要著作となるだろうか。これらは、みすず書房の『北一輝著作集』の第1巻と第2巻に納められ、第3巻にはその他の論文や書簡が収録されている。この著作集も未読なので、これから読む本は多い。

こうして読み始めた中で、少し違った切り口から北一輝を述べた本に出会った。小西豊治の『石川啄木と北一輝』(御茶の水書房、1987年)である。晩年の石川啄木のたどり着いたところが、国家社会主義に近い立場であるというのは知らなかった。

この本の中でいくつか興味深い指摘を読んだ。一つは西郷隆盛が西南戦争を起こしたとき、旧南部藩と旧庄内藩でそれに呼応した反政府蜂起が企図されていたということ。旧南部藩では事前にことが漏れてしまったが、庄内では軍隊が派遣されて鎮圧している。石川啄木は大川周明と同年の生まれで、ともに北一輝の三歳下である。庄内出身の大川と南部出身の啄木は、意外と近い精神風土にいたのかもしれない。啄木は若くして病に倒れたが、もし大川周明と同じくらいまで生きたら、有数の国家社会主義者として名を残したかもしれない。

晩年の啄木は幸徳秋水の大逆事件の裁判を詳しく追っており、その中で幸徳秋水の社会主義特に無政府主義へと傾斜していく。この時代、左右両翼の交流が盛んだったから、社会主義、共産主義の立場と国家社会主義の立場は容易に入れ替わり得た。だから、啄木にしても幸徳秋水の無政府主義の立場から、権藤成卿の農本主義的な無政府主義に傾き、大いに論陣を張ったかもしれないという可能性がでてくる。

幸いなことにというか何というか、私たちは『一握の砂』『悲しき玩具』の歌人としての啄木しか知らない。しかし、思想家としての啄木もありえたのだ、ということに人の生の不思議さを思う。早逝せず思想家として名を成したとすれば、もしかすると北一輝や大川周明と同じようにファシズムへ日本を導いた一人として、その歌集も全く異なる評価を受けていた可能性だってあるかもしれない。

「われは知る、テロリストの  かなしき心を…」という「ココアのひと匙」の一節が浮かんでくる。幸徳秋水の大逆事件に触れた啄木の心情なのかと思うが、閉塞していく時代状況と自己の置かれた生活状況を打ち破るものとして啄木の視線の先にあったものが、なんだかとても気にかかる。

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