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2015年3月20日 (金)

名人の死

三代目桂米朝師匠が亡くなった。

米朝師匠の噺を初めて聴いたのは、いつだったろう。高校生の頃だったか、それとも大学に入ってからだったか。ラジオの落語番組を何気なく聴いていて、米朝師匠の「壺算」に引き込まれてしまった。

上水道が普及する遥か以前のこと、大阪は「水の都」と言われる割にいい水が手に入りにくく、どの家にも「水壺」と呼ばれる壺が置かれ水屋から買った水を蓄えていた。

長屋に引っ越したある夫婦が新しい水壺を買おうと考えた。ところが亭主は、安い品物を高い金出して「どうもありがとう」と買ってくるような買い物下手。そこでおカミさんは、亭主の友人で買い物上手の男に一緒に行ってもらえと焚きつける。

よし任せとき、とその友人は亭主を瀬戸物屋に連れていき、一荷入りの水壺の金額で二荷入りの水壺をせしめるという噺。詐欺ではないかと言われればその通りなのだが、瀬戸物屋の番頭と買い物上手の男とのやり取りがやたらにおかしい。

まず、一荷入りの水壺を三円で買う。縄をからげ天秤棒を通してもらい、二人で担いで一旦店を出る。そのまま回れ右して「じゃまするで」とまた店に入る。「なんぞお忘れで」と尋ねる番頭に、「実は二荷入りの水壺がほしかったんや」と男は告げる。「へえへえ、ほな二荷入りは三円の倍の六円で…。あっ。あんさん買い物うまいわ」と番頭は感心する。実は一荷入りの水壺も、自分達で運ぼうと天秤棒まで用意してきたと言われて、三円まで大まけに値引きしたのだった。

で、支払いの段になり、買い物上手の男は「この水壺なんぼで引き取ってくれる」と番頭に尋ねる。「なんぼで引き取ってと言われましても、今さっき売ったばかりでっしゃろ。傷さえなかったら元値の三円で引き取らせてもらいます」「そうか、助かるわ。ほな、さいぜんの三円と合わせて六円でええな」「へえ。へえへえ、そういうことになりますな」「ほな、じゃましたな」

何が変なのか分からないが、どこか腑に落ちない番頭は、帰りかける男たちを引き止める。このやりとりが何度か繰り返され、最後のオチにつながる。米朝師匠を代表する噺ではないと思うが、私はこの噺が一番好きだ。オロオロする番頭に同情しながらも、ついつい笑ってしまう。

米朝師匠は「上方落語中興の祖」と言われ、持ちネタの数も多かった。「たち切れ線香」「一文笛」のようなホロッとくる噺。「算段の平兵衛」のピカレスク。「地獄八景亡者戯」といった大作。西の旅、東の旅を題材にした数々の旅の噺。どれを取っても繰り返し聴きたくなるものばかりだ。

談志師匠が亡くなった後、これで米朝師匠が亡くなったら「名人」がいなくなってしまうなと思ったが、ついにその日が来てしまった。

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