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2015年3月23日 (月)

ロバート・グラスパー

TBSラジオで、「文科系トークラジオLife」(こちら )という番組が二ヶ月に一度放送されている。日曜日の深夜、生放送で三時間ほど若手論客のにぎやかな議論を耳にすることができる。

直接放送を聴くことができなので、私はいつもポッドキャスト配信されたものをダウンロードして聴いている。ポッドキャストだと生放送終了後のやりとりも「外伝」という形で一時間くらい収録されていて、満腹するまで議論が聞ける。

二月の末に放送された回は、「No Music, No Life?〜音楽はいまどう聴かれているのか」というテーマで面白かった。音楽というテーマは身近なものであるせいか、寄せられたメールの数も番組史上最多だということだった。

『Jazz the New Chapter〜ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』という評論を出した柳樂光隆さんや、矢野利裕さんといった三十代の若い評論家の方々が、しきりにロバート・グラスパーがいいと薦めていた。矢野さんは以前の放送回でもロバート・グラスパーを推しており、どういう音楽なのか気になっていた。

ジャズとヒップホップを融合させた音楽らしいのだが、ともかくYoutubeで「Black Radio」(こちら )を聴いてみた。フィーチャーされているボーカリストはグラミー賞クラスの有名どころがそろっているようなのだが、うーん…である。オールドジャズファンとしてはいまいちピンとこない。柳樂さんはある講座で、オールドジャズファンから「お前にジャズを語る資格はない」と酷評されたそうだが、そのお爺ちゃんの気持ちがわかるような気がする。

つまり、モダンジャズを聴き続けてきたオールドジャズファンからすると、「これはジャズじゃないだろう」としか挨拶のしようがない。油井正一がキース・ジャレットを認めなかったレベルの話ではなく、そもそもジャンルが違うんじゃないか。ジャズじゃなくてブラック・コンテンポラリーとかヒップホップとかでいいのじゃないかと思ってしまう。音楽としては良質だと思うが、「ジャズ」ではない。昨日のジョン・クレマーの「Nexus」と比べてみれば一目瞭然である。誰が聴いても「Nexus」はジャズだが「Black Radio」はジャズではない。サギをカラスと言うたが無理かで、ジャズでないものをジャズというのは無理だ。

ジャズのジャズたる所以は何か。それは即興演奏だ。エリック・ドルフィが語ったように「音楽は空に消えて、二度と捉えることはできない」という究極の一回性に支えられている。この再現不能性を感じさせないものはジャズと呼ぶことができない。これは譲ることができない一線だ。スリリングなインプロビゼーションがないジャズを聴きたいとは思わない。

誤解無いように繰り返すと、ロバート・グラスパーの「Black Radio」は音楽として良質だと思う。悪くない。しかし、ジャズではない。私も頑固なオールドジャズファンなので、この感想には固執したい。

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