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2013年10月12日 (土)

桜井章一『手離す技術』

桜井章一氏は、「雀鬼」という異名を持つ伝説的な雀士である。その桜井氏が、講談社+α新書から出していた本で、何度目かの読み返しとなる。

一読して、なんだかふっと気持ちが楽になった。そうか、これまで何か息苦しく感じていた正体がつかめなかったが、自分の中にある「こだわり」や「信念」みたいなものが、余計なこわばりをつくり出していたのだなと実感した。

あらゆるものを、いつでも手離していける。そういう気持ちを持てば、肩の力も抜けて、もっと楽に呼吸が出来るようになる。頭の中から、情報も知識も、つまりは余計な言葉を追い出して空っぽにすると、ものごとの見えなかった面が感じられるようになる。風が吹いて通り過ぎていくような感触だ。

等身大の自分に向き合う。いろいろなものを手離していくと、行き着くところは身の丈にあったものになる。水が流れていくように、風が吹き過ぎていくように、柔らかな体と心を持っていれば、もともとその人に備わったよいものが顔を見せてくる。

自分の中の負の部分を隠すのではなく、顕わにしてしまうことで、負の部分をコントロールする。これもまた、なるほどと感じ入った。劣等感や自己嫌悪や罪悪感に落ち込むのではなく、負の部分は、私にもあなたにも誰の中にもあることを認め、それに向き合う。克服するのではなく、総量を減らすという考え方。負の部分はなくなりはしないけれども、総量を減らせば、それだけ身も心も軽くなる。

他の人を許せないと思うのは、自分を許せないからだ、というひと言にドキリとした。そうだ、そうなのだ。誰かのすることに腹を立てたり、苛立ったりするのは、自分の中にも同じところがあってそれを許せなく思うからなのだ。だから、自分の中にもある負の部分に向き合い、そういう部分が自分にもあると認めてしまえば、他人を許せないと思う気持ちは消えていく。

負の部分も含めて、ありのままの自分、等身大の自分を認める。これはまさしく、達人のひと言ではないかと思う。

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