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2013年10月20日 (日)

江戸的スローライフのすすめ・その41

『花見の仇討』は、以前記事にしたことがあるので、そちら をごらんいただければと思う。花見の趣向のつもりが、本物の仇討と間違えられて困ってしまうという噺で、なかなかおもしろい噺だ。

もう一つの『高田馬場』も、本物の仇討ではない。

浅草の観音様で、人出を見込んだ物売りがいろいろ出ている。中にガマの膏薬売りが、例の口上とともに一枚が二枚、二枚が四枚と切り傷によく効く薬を売っている。そこへ老齢のお武家が、古い刀傷にも効くかと訊ねる。どのような傷か拝見しましょう。ほれ、この通り背中から刺された突き傷じゃ。

するとガマの膏薬売りが、パッと飛び離れ、姉上、父の仇でございます。やっとめぐり会いましたぞ、と声をかける。姉という女性も現れて、こうしてガマの膏薬売りに身をやつしているのは、どこかで仇にめぐり会えるかと思ってのこと。ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負、勝負。

こう言われて老いたお武家は、いかにもそなたらの親の仇はこのワシじゃ。そなたらの父親を斬り殺した後、逃げる背中にご妻女から刀を投げつけられ、その時の傷がこれよ。しかし、往来で仇討ではいろいろと迷惑がかかる。明日、高田馬場で果たし合いということでどうじゃ。

仇討だということで黒山の人だかりができていたが、明日高田馬場へと日延べすると聞いて散り散りになる。

さてその翌日、高田馬場では仇討があるというので大勢の人が見物に集まってくる。人出をあてこんで物売りが屋台を構える。ところがいくら待っても仇討の姉弟も老いた侍も現れない。刻限が過ぎても仇討が始まらないので、見物もあきらめて三々五々と散っていく。

その見物人の一人が、ある居酒屋で仇討の老侍を見かける。あれ、お武家さん、今日仇討で高田馬場へ行くんじゃなかったんですかい。ああ、あれはウソじゃ。あの姉弟はワシの娘と息子で、ひと芝居したのじゃよ。なんでまた、そんなことを。なに、見物で人出があれば商売になった連中も多いことじゃろう。ワシは頼まれてひと芝居うつ「仇討屋」なのじゃよ。

実際にそういう商売があったのかどうかは分からないが、人寄せ商売と考えれば、案外需要はあったのかもしれない。いずれにしても落語に出てくる仇討には、シリアスなものは少ないようだ。

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