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2013年9月23日 (月)

筒井康隆『漂流 本から本へ』

書評つながりでもう一冊。朝日新聞の日曜版読書欄に連載されていた文章を一冊にまとめたもので、連載当時読んだ文章もいくつか記憶に残っていた。2011年、朝日新聞社からの刊行である。

しかし、こうして一冊にまとまると、連載時にバラバラで読んでいたときとは違い、きちんと全体の統一感が取れていることに驚く。もちろん、筒井康隆が幼少期から現在に至るまでの読書歴をまとめたものなのだから、統一感があって当たり前なのではあるが。連載時の字数が決まっているために、三頁で一回分になっているのもこの統一感に一役買っているのかもしれない。

最終回に書かれているように、この書評は「筒井康隆のつくりかた」である。どんな本を読んできて作家筒井康隆が生まれたのか。この一冊を読むとそれがよく分かる。特に、世界文学の傑作をきちんと読んでいるのだなあと感心する。文学全集をきちんと読む機会があったということなのだが、それにしてもよく読んでいる。

それとともに、これは書評集でありながら、一つの虚構作品なのではないかと途中から半信半疑で思い始めた。あの筒井康隆が、老境に入ったからといって、素朴に半生を振り返った読書歴など書くわけがない。これは「年譜」ものなどと同様に、仕掛けがあると思った方がいい。そう思いながら読み続けた。もちろん、読書歴そのものは虚構ではないだろう。しかし、繰り返し出てくる「…することになるとは、夢にも思っていなかった」というフレーズの、しつこいくらいの反復を目にすると、ああこれも意図的な反復なんだろうなとついついうれしくなってしまった。筒井康隆健在である。途中から脱線して、もしかしたらどんどん虚構の読書歴に入っていくのではないだろうかと半分ほど恐れていたが、それも杞憂に終わり無事最終頁までたどりついた。

頁を閉じて、この書評で取り上げられていたので、ディケンズの『荒涼館』を読んでみようと思ったのだったなあ、と懐かしく思い出した。読み終わるまでかなりの期間を要したが、筒井康隆が賞賛していたようにとんでもなく面白い本だった。ディケンズの『大いなる遺産』や『二都物語』や『デビット・カパーフィールド』などはいまだに読み継がれている作品だと思うが、『荒涼館』は、筒井康隆が紹介しなかったら読む機会がなかったかもしれない。

四十年来の筒井ファンとしては、筒井作品のあれこれを思い浮かべながら読むことができて、楽しい一冊だった。加えて、デュマの『モンテ・クリスト伯』やカフカの『審判』など、これまで読んでいなかった古典的傑作を、あらためて読んでみたいという気持ちになった。

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