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2013年8月23日 (金)

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読む・その7

この作品には、村上春樹の世界で重要な意味を持つ「井戸」について率直な記述がある。

しかし彼女を家まで送りとどけて別れてしまうと、僕の喪失感は彼女と会う前よりもっと深くなっているように感じられた。そのとりとめのない欠落感を僕にはどうにもできなかった。その井戸はあまりにも深く、あまりにも暗く、どれほどの土もその空白を埋めることはできないのだ。
(「村上春樹全作品 1979-1989」第4巻 p203)

この記述から「井戸」=「とりとめのない欠落感」=「喪失感」であることが分かる。井戸が欠落感や喪失感の象徴であることが分かると、後の『ねじまき鳥クロニクル』で、主人公が井戸の底まで降りていく話も、納得のいくものになるのではないか。

この「喪失感」についても直接的な記述がすぐ後に続く。

おそらくその喪失感は僕の失われた記憶とどこかで結びついているのに違いないと僕は推測した。僕の記憶が彼女の何かを求めているのに、僕自身がそれに応えることができず、そのずれが僕の心に救いがたい空白を残していくのだろう。しかしそれは今のところ僕の手には負えない問題だった。僕自身の存在はあまりに弱く不確かなのだ。
(「村上春樹全作品 1979-1989」第4巻 p203)

これほど率直に、直接的に記述されている部分は、おそらく他の作品には見当たらないのではないだろうか。そういう意味でも、この作品は、村上春樹の世界を読み解く際の重要な案内役になると思う。

村上春樹の世界の底流にある喪失感は、初期三部作から一貫している。そしてまた、この喪失感にはある種の普遍性がある。日々失われていくものは誰にもあるのだ。それが損なわれているかどうかは別として。

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