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2013年8月15日 (木)

今日も暑い

七月末まで、梅雨空の肌寒い日々が続いたかと思うと、八月に入って連日真夏日という変な暑さの年だ。もっとも西日本のように38度とか40度という想像もできない暑さにくらべたら、このあたりの暑さなどどうということはないのだろう。

例年より少ないような気もするが、セミの鳴き声がやっとするようになった。夕暮れ時に、ヒグラシがカナカナカナと鳴き始めると、来し方行く末をぼんやりと思ったりする。

「たら」「れば」の話はしても仕方がないと思う。その一方で、あのとき別の選択をしていたら、今どうなっていたのだろうと思うこともある。後悔しているわけではなく、とうに分岐点を過ぎてしまった地点から振り返った、単なる好奇心である。

三十になるかどうかというころ、以前勤めていた塾の先生たちと独立しようかという話が持ち上がった。そのころ勤めていた塾は、勤務や給与の面でいろいろと問題が多かった。独立して自分たちで教室を運営していけば、少なくとも現状よりは満足のいく仕事ができるのではないか。そんなふうに私も考えていた。

しかし、一緒に仕事をしていた仲間の一人が急死し、葬儀やなにやらで落ちつかない日々が過ぎていくうちに、独立する話はいつの間にか立ち消えになってしまった。誰も本気で、つまりは具体的な計画立案もせず、気勢を上げていただけのことだったのだ。同僚の急死という衝撃はあったが、それを一つのバネにして結束を固めていくということもできたはずだが、なにか気が抜けてしまったような成り行きだった。

あの時、自分たちの教室を作って運営していたら、今ごろどうなっていたのだろう。経営の厳しさに直面して空中分解してしまったただろうか。それとも順調に生徒数を増やし、多くの教室を展開するようになっていただろうか。典型的な「たら」「れば」話だから、どちらの結末になっていても不思議ではないだろうなと思う。

いくつもの分岐点を過ぎてしまい、もう引き返すことができない地点に自分がいることに気がつく。けれども、それを悔やむわけではない。驚きがあるわけでもない。まだこの先も分岐点はあるだろうし、今いる地点だって途上に過ぎない。引き返すことができない分岐点のことを、悔やむことには意味がないが、振り返ってあれは何だったのかと考えてみることは必ずしも無意味ではないだろう。そのころは理解できなかったことでも、今なら分かることがいくつかあるにちがいない。

雑事に追われていると、振り返ることすら忘れてしまう。忘れているということ自体を忘れている。ヒグラシが鳴く夕暮れ時に、ふと立ち止まって振り返ることも、時にはあったほうがいいのだろう。

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コメント

あれから四半世紀が経ちましたね。
何が変わったかと言えば、間違いなく25年の年を重ね、そして多くの方との別れがありました。
人生の定めの中で右往左往してきた日常だったような気がしないでもありません。
ドラマの脚本の最終章はどんな結末で終わるのか知るよしもありませんが、自然体で行きたいですね。
毎日暑い日が続いています。お互い年ですので、無理をしないで頑張りましょう。


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。

四半世紀も過ぎてしまったことに、ときに呆然としてしまいます。一体、この25年、自分は何をやってきたのだろうという問いが自然に浮かんでくるからかもしれません。

それでも、まだまだこの先があるわけですから、いつまでも呆然としてはいられないなあと思います。

残暑厳しい時節です。ご自愛下さい。

投稿: かねごん | 2013年8月16日 (金) 09時36分

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