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2013年8月21日 (水)

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読む・その5

この二つの世界の対比は鮮やかなイメージを喚起する。動的で活き活きした「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界と、静謐さに満ちた「世界の終り」の世界。ところが、物語が中盤を過ぎたあたりから「世界の終り」が「ハードボイルド…」の「私」の意識に侵入し始める。

たとえば、「やみくろ」たちの襲撃を受けて隠れた「博士」を救出するため、「私」と「博士」の孫娘が地底をはい回っているとき、どこかで噴出し始めた水の音が引き金となって「私」はニュース・フィルムの記憶を思い出す。

ダムの放水がスクリーンに映し出され、その水流の影がダムの壁にうつっている。その影をじっと見ていると、それが「私」自身の影に変わり、湾曲したダムの壁で踊っているのに気がつく。気がつくけれどもどうにもできない。他の観客は誰も「私」の影には気付いていない。

この記憶は、真の記憶ではなく、「博士」が切り替えた脳内回路が作り出した偽りの記憶である可能性がある。しかし「世界の終り」で「影」が「僕」とともに街から脱出するために「南のたまり」にやってきて、「影」だけがそのたまりに飛び込む場面に直結している。このたまりに飛び込んだ「影」がダムの放水のニュース・フィルムに出てくる影なのだ。

一角獣の頭骨にしてもそうだ。「ハードボイルド…」の頭骨は、「博士」が精巧にこしらえたレプリカである。本物ではないはずなのに、「私」が図書館司書の女性の部屋で眠ったときに光り始める。それは「世界の終り」で「僕」が夢読みをしているときの光り方に似たような感じだ。

逆に「ハードボイルド…」の「私」の意識が「世界の終り」の世界に反映されたのではないかと思えるものもある。それは「ダニー・ボーイ」のメロディーである。

「ハードボイルド…」の冒頭で、「私」が「博士」に依頼された仕事の件でやって来たビルのエレベーターの中で、「私」が口笛で「ダニー・ボーイ」を吹いてみる場面が出てくる。このとき「私」の口笛は「肺炎をこじらせた犬のため息のような音しか出てこなかった。」

このメロディーが「世界の終り」で重要なシーンに登場する。「僕」が発電所の管理人からもらってきた手風琴を図書館の女の子に聞かせようとしている場面で、不意に「ダニー・ボーイ」のメロディーを見つけ出す。「世界の終り」の世界には唄が失われてしまっているので誰も楽器を弾かないし、唄を歌ったりもしない。

このすぐ後で「僕」は、一角獣の頭骨の中に散らばる光の中から、図書館の女の子の心を読みとりひとつにまとめようとする。それによって失われた彼女の心を取り戻そうとする。

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