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2013年8月27日 (火)

森達也『A3』・その1

今年の初めに作った読書リスト(こちら )は、ほぼ手つかずのままだが、たまたま図書館で森達也氏の『A3』(集英社インターナショナル、2010年)を目にして読んでみた。

読書リストを作ったときにもちょっとだけ書いたが、オウム真理教とそれに関連した事件に触れることは、現代の日本社会の中では触れたくないタブーのようになっているのではないかと感じていた。1995年の地下鉄サリン事件からすでに十八年過ぎ、事件そのものもオウム真理教という集団とその教組のことも、直接関わりを持たなかった人びとにとっては風化してしまった過去でしかない。しかも、あまり触れたくない、いやな感触を持つ過去ではないか。

1995年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きた年だが、日本社会が変わり始めた年だったのではないかと感じていた。何がどう変わったのか。そう訊かれても、具体的にこうだと説明できるわけではない。ただ、この二つの出来事が与えた衝撃は大きかった。

阪神淡路大震災のときの、横倒しになった高速道路や焼けつくしてしまった商店街の映像は、東日本大震災の津波の映像と同様に、信じられない光景だった。地下鉄サリン事件とその後のオウム報道もすさまじかった。たぶん、テレビで触れられない日はなかったのではないか。ほぼ毎日、この教団と教祖について、いかに凶悪なカルト集団であったかという趣旨の報道が繰り返された。

この二つの出来事の後、日本の社会では何が進行したのか。森達也氏の『A3』は、その疑問に一つの示唆を与えてくれる。それは、過剰なまでの安心・安全への希求である。オーウェルの『1984年』も恐れ入るほどの監視カメラ社会。防犯カメラという名目で、あちらこちらに設置され、その数は300万台を越えるともいう。オーウェルの母国イギリスも監視カメラ大国だが、日本もそれに肩を並べる状態なのではないか。

だれもが防犯カメラのおかげで安心だと思う。凶悪犯罪が多いですからねえ、それに最近じゃあ青少年犯罪も増えてますし…。そういう思い込みで納得しているが、実際は凶悪犯罪も青少年犯罪も増加していない。特に青少年犯罪は先進工業国の中ではダントツに低く、どうして日本は青少年犯罪の発生率が低いのかと海外の専門家が知りたがるほどだという。

けれども、日本に暮らしているわれわれの「体感治安」は「悪化」しているのではないだろうか。それはマスコミによって連日のように殺人事件やら凶悪犯罪やらの報道がなされるからだ。地下鉄サリン事件以降、「不審物にご注意」とか「不審者を見かけたら警察へ」という表示にだれも違和感を持たなくなった。9.11のテロは、その流れを一層加速した。

異物は排除せよ。気にくわないものは吊し上げろ。凶悪犯罪者は死刑だ。こういった噴き上がり方が多くなったのではないか。白黒はっきりさせて、善玉悪玉に単純化した方が分かりやすい。マスメディアの報道も分かりやすさを優先するため、少数意見はお義理程度にしか採り上げない。その分かりやすさからうまれてくるものは、ポピュリズムだ。

結局、メディアに私たちが求めているものは、単純化された分かりやすい判断なのであり、メディアも需要に応じて供給しているということなのだろう。本当は違うのかもしれないとか、真実は分からないという留保が、どんどん無くなっている。容疑者・被疑者としてメディアに報じられてしまえば、仮に事実無根だったとしても、社会的には真っ黒の有罪であり犯罪者の扱いとなる。これは、日本の刑事裁判で起訴されると有罪率が9割以上だということから派生しているのだろう。

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