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2013年8月24日 (土)

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読む・その8

二つの世界から成り立っているからというだけでなく、この小説には二重性のしかけがいくつかあるように思う。

「ハードボイルド・ワンダーランド」では光あふれる東京の地下に「やみくろ」たちの支配する世界が存在している。これは何の隠喩になっているのだろう。秩序だった意識の世界に対する、混沌とした無意識の世界があることの比喩なのか。それとも人々の内面に潜む暗黒面を象徴的に表したものか。闇があるゆえに光があるのだという、どこかで聞いたような一節も浮かんでくる。

いずれにしても、この地下の暗黒世界の描写は、おぞましいほどまでにリアルである。闇の持つ凶暴なまでの邪悪さ、人間の感覚を奪い取ってしまうような虚無の深淵。今回読み返したときに、一番印象に残ったのは、この地下世界を描いた部分だった。

この地下世界巡りは、冥界巡りのような趣があるのだが、視覚的要素以外で暗黒の空間をどう描いていくのかという点で興味深い部分になっている。ここでは、聴覚と触覚と嗅覚に関する描写が重ねられ、意識の底に引きずり込まれるような闇の恐ろしさをみごとに描き出している。

「世界の終り」では、「僕」に対する「影」の存在。本来、光と闇のように切り離し難く結びついているはずの「影」を切り離さないと、壁に囲まれた「街」の中へ入ることができない。「影」は「自我の母体」=「心」だと見なされているから、「街」に住む人間は心を失った人間ばかりということになる。

「影」は「自我の母体」なのだから、それ自身は善でも悪でもない。というか善でも悪でもあり得る。どちらか一方ではなく、どちらの要素も含んだものであろう。その「影」を切り離し、「影」が死んでしまった人間しか住んでいない「街」というのは、「不自然な」場所である。

しかも、完全性の中を循環しているかのように思える「街」の近くに、心を残した人々の住む「森」がある。壁に囲まれた世界の中に、そういう場所が設定されているのも面白い。

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