« 第3回白ゆりテスト(2012)を実施しました | トップページ | 富めるときも貧しきときも »

2012年12月 2日 (日)

そういえば昨日は「映画の日」だった

毎年十二月一日になると、今日は「映画の日」だなあと思う。学生のころよく通った仙台の「名画座」は、「映画の日」になると特別企画を組んでいた。それに加えて、今もあるのかどうかわからないが、映画好きの人たちが作成して映画館に置いていたシネマ情報のチラシみたいなもの(フライヤーとか言うんですか、今は)でも、「映画の日」の話はこの時期になると定番の記事だった。それで今でも、十二月一日と聞くと「映画の日」をすぐに思い浮かべてしまう。

最近は、映画館に行って映画を観ることがほとんどなくなってしまった。私の住む北上市にはワーナーマイカルのシネマ・コンプレックスがあり、観に行こうと思えばいつでも行けるのだが、以前記事にしたように(こちら) 、シネコンのような小ぎれいな映画館は苦手である。

ちょっと不健康な、うらぶれた感じのする昭和の映画館を懐かしく思う。あの頃の映画館は入れ替えもなく、一日中映画館で過ごすことも可能だった。観終わったばかりの映画を続けてもう一度観ることもよくあった。そういうゆるい感じの映画館があればしっくりくるのだが、経営的には成り立たないだろうから現実には無理だ。

映画に関して言えば、全体のストーリーより細部のワンシーンの方がいつまでも記憶に残っている。しかも、それは必ずしもベストシーンとは限らない。

初めて一人で映画館に入って観たのは、たぶんロバート・デニーロ主演の『タクシードライバー』である。マーチン・スコセッシ監督の映画をその後よく観ることになったが、最初に観た『タクシードライバー』が今でも一番面白いと思う。

この映画で思い出すシーンは、デニーロ演じるタクシードライバーが拳銃を数丁手に入れて、ジャケットの袖の下から飛び出せるように腕の所にカーテンレールみたいなスライダーを装着したところだ。肘の近くにあった拳銃が腕のひと振りで手のひらの中に納まる瞬間は「おお!」という感じだった。

ジェーン・フォンダが主演した『ジュリア』でも、本筋からするとあまり重要ではないシーンが印象に残っている。『ジュリア』は、ハードボイルド作家ダシェル・ハメットの夫人で戯曲家だったリリアン・ヘルマンの自伝をもとにした映画である。

ジュリアは、リリアン・ヘルマンの幼いころからの友人である女性の名前だ。映画では、ヴァネッサ・レッドグレープが演じていた。大胆で行動的だが思慮深いジュリアは、内気で人見知りなリリアンにとって姉のような存在だった。ジュリアはオックスフォード大に進んだ後ウィーンで精神分析を学び、そこで反ファシズムの運動に身を投じることになる。

モスクワの演劇フェスティバルに招かれヨーロッパに渡ったリリアンは、パリでヨハンという若い男からベルリンにいるジュリアに活動資金を届けることを頼まれ、不安を感じながらも引き受ける。資金をリリアンに託す男は、リリアンの滞在するホテルに現れるのだが、記憶に残るのは、資金を受け取った後のあるシーンだ。

朝のホテルの食堂である。リリアンはやってきた男に朝食を勧める。トーストと目玉焼きのごくありふれたメニューである。男性は素早く平らげるのだが、皿に広がった黄身をトーストのかけらできれいにぬぐうようにして口に入れる。

何ということのないシーンだが妙に忘れられない。その男が、十分に食事がとれていないのではないかという様子がうかがえた。おそらくレジスタンスに身を投じているせいもあったのだろう。そしてこのような食べ方は食事マナーとして許容範囲なのかどうか、そのあたりにも興味を持ったのかもしれない。

この映画には、海辺の家に暮らすリリアンが、夫のダシェル・ハメットと海岸で流木をたき火にして語り合う印象的なシーンもあるのだが、『ジュリア』というタイトルを耳にして、すぐに浮かんでくるのは先に挙げたシーンの方だ。妙なものである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 第3回白ゆりテスト(2012)を実施しました | トップページ | 富めるときも貧しきときも »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そういえば昨日は「映画の日」だった:

« 第3回白ゆりテスト(2012)を実施しました | トップページ | 富めるときも貧しきときも »