« 富めるときも貧しきときも | トップページ | 江戸的スローライフのすすめ・その34 »

2012年12月 4日 (火)

人はなぜ山へ登るのだろう・その3

今日も以前の記事の掘り起こし。栗城史多(くりきのぶかず)さんのことだ。エベレスト単独無酸素登山に挑戦し続け、今年も果たせなかった。(以前の記事はこちらこちら

公式ブログ によると「気温マイナス20度以下、平均風速25-30m/sという環境での長時間の登攀により、両手指が凍傷になり水分補給もできない状態で自力での下山が困難となったため」シェルパに救援に向かってもらい6,400mのキャンプまで下山したという。下山後すぐに入院し、現在も入院が続いているようだ。

8,000mまで上りながらあと一歩のところで届かなかった。しかも今回の登山で払わなければならなかった犠牲はあまりにも大きい。公式ブログの最新記事は10月30日のままである。しばらく見ていなかったので、この最新記事を読んで衝撃を受けた。

肝心の指の方は、左手親指と両手の指数本は、第一関節から切断することになりそうです。
(栗城史多オフィシャルブログ 2012年10月30日記事より)

口頭で伝えた内容を記事に起こしてもらったようだが、「ただ、時間を掛けて少しでも長く残せるようにしていく方向で、入院はかなり長くなりそうです。」と淡々とした言葉を目にすると、30歳のこの若者が指を失うことをすでに受け入れているのだ伝わってくる。それはあきらめでもなく空元気でもなく、事実を事実として受け入れるというごく平静な姿のようだ。

いや、内面ではさまざまな葛藤もあるのかもしれない。複雑な感情が入り混じっているのだろうとも思う。それでも静かな心境にあることに驚きを禁じ得ない。

ホーンバイン・クロワールに向かって行ったことを後悔しているかというと、少しも後悔していません。
あの強風の中で、あれ以上行っていたら帰って来られなかったし、そして自分とエベレストが対話するギリギリのラインが、ホーンバイン・クロワール入り口の8000m地点でした。
今でもベッドの中で、まだ登っているのではないかと思うくらい、感覚が残っています。
(栗城史多オフィシャルブログ 2012年10月30日記事より)

今回のアタックについても、このように冷静に振り返っている。そして最後に「僕は、必ず復活します。」というひと言。

以前の記事にも書いたように、どこにでもいそうな普通の若者である。にもかかわらず、誰もできそうにないことに延々挑み続けている。病院のベッドに横たわりながら、心は折れていない。これを奇蹟と言わずして何と言うのだろう。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 富めるときも貧しきときも | トップページ | 江戸的スローライフのすすめ・その34 »

ひとりごと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人はなぜ山へ登るのだろう・その3:

« 富めるときも貧しきときも | トップページ | 江戸的スローライフのすすめ・その34 »