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2012年11月24日 (土)

『夢酔独言』という本・その2

見つからないと思っていた『夢酔独言』の文庫本が、意外にあっさりと見つかった。大震災のときに崩れてきた文庫の山を適当に横積みにして戻しておいた所にあった。偶然山の上の方にあったので、拍子抜けがするくらい早々に探し出せた。

角川文庫だったと記憶していた通りで、初版は昭和49年1月。私の持っている文庫は第五刷で昭和49年5月となっているが、仙台の本屋で入手したはずだから、買ったのは昭和55年あたりだと思う。勝部真長氏による訳編で、夢酔先生こと勝小吉の自伝が小気味よい現代語に訳されている。

夢酔先生は七歳で勝家の養子になり、さっそく近所の悪童たちとの大喧嘩をやらかしている。相手が二、三十人に対し、七歳の勝小吉は一人で大立ち回りを演じるが、追い上げられて石場の上で逃げ場がなくなってしまう。ここですごいのが、七歳でありながら武士らしく腹を切ろうと肌脱ぎして石の上に座ったというのである。そこへ白子屋という米屋の男が通りかかり、仲裁に入って小吉を家まで送ってくれる。以来、近所の子どもはみな小吉の手下になったという。

八歳のときには、飼っていた犬がよその犬と噛み合いをしたことをきっかけに大喧嘩が始まる。相手方は四、五十人。こちら側は八人である。多勢に無勢ではあるが町方の子どもたちを追い返してしまう。口惜しがった相手方は大人もまじえて仕返しに来る。それを相手にまたまた大立ち回り。

これが七、八歳のときである。現代なら小学校低学年なのだが、すでにいっぱしの喧嘩人生が幕を開けている。その後十四歳で出奔し、何のあてもなかったものの上方を目指して旅に出る。家から七、八両の金を盗み出し品川までやってくる。品川は東海道の入口で、ここで江戸とはお別れになる。一人旅でいくらか心細い思いをしていると、二人連れの男たちに声をかけられ同行することになる。

一緒に小田原の宿に泊まることになったのだが、この二人連れ、いわゆる「胡麻の蝿」と呼ばれる、道中で旅人を相手に悪さをする連中であった。少し油断していたすきに着物も刀も金もみな盗まれてしまう。宿の主は親切な男で、それならこの柄杓(ひしゃく)を持って御城下や田舎を歩いて一文ずつもらいなさいと物乞いに出ることを勧めてくれる。

その翌日「まずは伊勢へ行って、身の上を祈って来なさるのがよろしいでしょう」という宿の主の言葉に従って、勝小吉は小田原を出る。それからは野宿したり物乞いをしたり、さまざまな目にあいながらどうにか伊勢へたどり着く。伊勢から江戸へ戻ることになるいきさつも、とんでもない事件の連続であるが、四カ月かかってやっと江戸の家へ帰ることができた。

これが十四の時の話である。この後一体どうなっていくんだろうと思わずにいられない。波瀾万丈という言葉通りの人生が待ち受けているんだろうなとワクワクしてしまう。

何十年ぶりかの読み返しとなるが、まるで落語か講談の世界にまぎれこんだみたいで面白いことこの上ない。

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