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2012年9月10日 (月)

『羊をめぐる冒険』を読む・4

第三章から登場する特別な耳を持つ女の子は、後半の羊探しの部分で重要な役割を演じる。

彼女と話をしなければ「僕」は羊を探しに北海道へ行く決断をしなかっただろう。気が重い「僕」とは対照的に彼女は旅行へ出ることを楽しみにしている。この明るさが「僕」と物語を前に押し出す推進力になっている。

彼女が持っている特別な耳については次のような描写がある。

 彼女は非現実的なまでに美しかった。その美しさは僕がそれまでに目にしたこともなく、想像したこともない種類の美しさだった。全てが宇宙のように膨張し、そして同時に全てが厚い氷河の中に凝縮されていた。全てが傲慢なまでに誇張され、そして同時に全てが削ぎ落されていた。それは僕の知る限りのあらゆる観念を超えていた。彼女と彼女の耳は一体となり、古い一筋の光のように時の斜面を滑り落ちていった。  (「村上春樹全作品2」p61)

彼女が「耳を開放した状態」の描写であるが、まるで女神が降臨したかのような非現実感に満ちている。彼女が「耳を開放した」瞬間に世界のスイッチが切り替わって別のモードに入ってしまう。そのような存在が彼女である。

彼女は、言ってみれば現実的世界と非現実的世界の橋渡しをする媒介者なのかもしれない。非現実的世界は虚構的世界と言い換えてもいい。異界への媒介者、あるいは門番(ゲートキーパー)のような役割が彼女には与えられている。

だから、翻訳事務所の共同経営者から電話がかかってくるときも、彼女がこれから羊のことで電話がかかってくると予言のように告げ、「そして冒険が始まるの」(「村上春樹全作品2」p65)という科白通り、「僕」は羊をめぐる冒険にまき込まれてゆく。

「いるかホテル」を選ぶときもそうだ。職業別電話帳の「旅館・ホテル」のページを片端から「僕」が読み上げ、彼女がストップをかけたところが「ドルフィン・ホテル」だった。このホテルを選択したことで次のコマへ進むことができた。これを御都合主義と言ってしまうのはたやすいが、彼女が「媒介者」だという設定を思い出せば、逆に彼女がこのホテルを選ばない限り物語は進んでいかないだろうということは分かる。

「鼠」のいた別荘から「僕」を残して彼女がいなくなるのも、彼女の役割はあくまで異界への媒介者でありゲートキーパーであるからだ。媒介者がいっしょについて行ったのでは、どこが境界なのか分からなくなる。彼女の退場は唐突なようでいて必然性があったのだと思う。

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