« 『羊をめぐる冒険』を読む・5 | トップページ | 『羊をめぐる冒険』を読む・7 »

2012年9月12日 (水)

『羊をめぐる冒険』を読む・6

ジェイズ・バーは国道わきの古ぼけた地下から、エレベーターのついた新しい四階建てビルの三階へと移転している。『風の歌を聴け』のセクション39に、実はすでに触れられている。

 僕は29歳になり、鼠は30歳になった。ちょっとした歳だ。ジェイズ・バーは道路拡張の際に改築された。すっかり小綺麗な店になってしまった。  (「村上春樹全作品1」p117)

新しいジェイズ・バーの窓から、かつて海であった場所が見渡せる。そこは数年前に埋め立てられ、高層ビルが建ち並んでしまっている。

『1973年のピンボール』の場面をちょうど裏返したように、ここには「鼠」の不在感が強く意識される。以前の店と「鼠」、新しい店と「僕」。この組み合わせも何か暗示的である。

ジェイと「僕」のやり取りは昔と変わらないように見える。しかし、「僕」もジェイも昔と同じではない。それはジェイズ・バーを出た後の情景描写に示されているように思う。

川沿いの道を海まで歩くと、河口には幅五十メートルばかりに切り取られた昔の海岸線の名残があった。砂浜も昔ながらの砂浜。五十メートルぶんだけ残された海岸線。しかしそれは高さ十メートルもある高いコンクリートの壁にはさみ込まれ、その先には高層住宅が建ち並ぶ。

かつての海岸道路に沿って歩くと古い防波堤が海を失って残っていて、海のかわりに埋立地と高層アパートが眼前に広がっている。この風景を「僕」は「物哀しい風景だった。」(「村上春樹全作品2」p122)とひと言でまとめている。

「街」はもはや「僕」にとって心安まるなつかしい場所ではなくなってしまったということだ。ジェイズ・バーですら新しい店に移転している。この「街」は「僕」にとって帰るべき場所ではないということだろう。

五十メートルだけ残された海岸線の姿は、無惨な感じを呼び起こす。失われていくものの中でかろうじてかつての姿をとどめている名残。それと気付く人もほとんどいないような忘れられた存在。確かに「物哀しい風景」であり、無惨な感じがする。とても印象的な場面だが、流れ過ぎた時間の大きさを強く感じさせる箇所でもある。この五十メートルだけ残された海岸線のことを書きたくて、「街」に帰る設定にしたのじゃないかと思うくらいだ。

「鼠」の元ガールフレンドに「僕」が会う場面は、必要だったのだろうか。ジェイとのやり取りと「街」の変容を描写するだけで、あとはさっと一行か二行で切り上げることもできたのではないか。そんなふうに思ったりもした。

ただ、彼女とのやり取りの中で「僕」の妻が「二十一で結婚して、二十二で離婚した」(「村上春樹全作品2」p130)ということが述べられる。先にも書いたように、「僕」が「街」に帰った六月、この同じ月の下旬に「僕」は離婚することになる。してみると、これに続く「鼠」の元ガールフレンドの言葉は含みのある内容に思えてくる。

「若いうちに結婚してすぐに離婚するって結構つらいのよ」と彼女は言った。「簡単に言ってしまうと、とても平面的で非現実的なものを求めるようになるのね。でも非現実的なものって、そんなに長くはつづかない。そうじゃないかしら?」  (「村上春樹全作品2」p131)

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 『羊をめぐる冒険』を読む・5 | トップページ | 『羊をめぐる冒険』を読む・7 »

読書」カテゴリの記事

村上春樹を読む」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『羊をめぐる冒険』を読む・6:

« 『羊をめぐる冒険』を読む・5 | トップページ | 『羊をめぐる冒険』を読む・7 »