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2012年9月29日 (土)

ルサンチマン

青森の大間原発の建設工事が年内にも再開されるようだというニュースを見た。結局、なしくずしに原発依存の構造を保持していこうという流れなのか。

原発の立地点と歴史的経緯について触れた興味深い記事を見つけた。内田樹氏のブログ 『内田樹の研究室』の2012.04.06記事 「大学における教育-教養とキャリア」が、それである。追手門大学で昨年行われた建学記念講演の講演録なので、記事そのものは相当長い。

その長い記事の後半、全体の三分の二を過ぎたあたりに「『歴史的に見る』ことについて」と題された箇所がある。そこで内田氏は高橋源一郎氏と『Sight』という雑誌のためにおこなった対談を紹介している。そのときに「原発と戊辰戦争」という話題が出たという。

幕末の戦争で、ご承知のように、東北の諸藩は庄内藩、会津藩を救うために奥羽越列藩同盟を結んで官軍に抵抗しました。この戦いで一番悲惨な目に遭ったのは、会津藩でした。藩主松平容保が京都守護職の任に当たっていた折りに新撰組を使って討幕派を弾圧したとされたためです。会津藩はその後斗南藩なり、極寒不毛の地であった下北半島に移されました。実高40万石から7千石に落魄した斗南藩での生活の悲惨さについては柴五郎の伝記に詳しく書かれています。そしてその斗南藩のあった場所に、今は原子燃料サイクル施設のある六ヶ所村があります。
福島県と下北半島に原子力関連施設があることと東北諸藩に対する明治政府の弾圧の間に何の関係もないと僕には思えません。
数えてみたのですが、日本には今54基の原発があります。東北と北海道に19基、福井と新潟に23基です。つまり、42基の原発が「佐幕」側にある。浜岡は駿府なのでもちろん徳川です。薩長土肥には2基だけ。佐賀県の玄海と、鹿児島の川内です。薩摩は西南戦争で中央政府に弓を引きましたし、佐賀は江藤新平の佐賀の乱がありましたから、そのペナルティでしょうか。長州には上関原発が計画中ですが、現役の原発は存在しません。
もちろん、原発が中央政府に刃向かった「賊軍」エリアに選択的に設置されたというような話をしているわけではありません。そうではなくて、中央政府に刃向かった地域は、どこもそのあとインフラの整備が遅れたということです。それくらいの傾斜配分は当然あったはずですし、あっても仕方がない。

(『内田樹の研究室』の2012.04.06記事より)

記事ではこのあと原敬と柴五郎を取り上げて、東北人の中央に対するルサンチマン(怨恨)の根深さに触れている。東北人である私には痛いほどよく分かる内容である。ぜひ元の記事を読んでいただければと思う。

構造的に生み出された原発立地点であり、それを選択せざるを得なかった歴史的経緯を思うとき、なんとも複雑な気持ちになる。そしてまた、これだけ震災からの復興と原発震災からの復興が立ち後れているのに、声を上げずに黙って耐えてしまう人々の多いことかと思わないわけにはいかない。

先日、仙台にある教材会社の代表の方と話をしているときに、阪神・淡路大震災の時と比べて復興のスピードが遅いのは何故だろうという話になった。その方いわく「東北人はガマンしてしまいますからね。関西の人は黙ってませんよ、これだけ遅れたら」。確かにその通りだと思った。

東北人が我慢強いのは美徳ではない。戊辰戦争どころか、律令国家の征夷戦のころから中央政府に抵抗し、敗れ、体制に組み込まれることを余儀なくされ、ルサンチマンを抱えながら黙らざるを得なかった長い歴史の上にある。

しかし、そうであるがゆえに我々東北人はもっと声を上げ、中央政府の対応の遅れや対応のまずさを批判すべきではないか。このまま黙ったままだと、これまでの長い歴史と同じように、また一つルサンチマンの種が増えていくだけだ。

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コメント

先生のこの記事をよんで、魂の習癖を考えていました。
東北人は東北に生まれたから東北人じゃなく、古代から連なる東北人の魂を共有しているから東北人なのだと考えています。
そろそろルサンチマンを開放したいですね。


【学び舎主人】
金田先生、いつもコメントありがとうございます。

「東北人の魂を共有しているから東北人なのだ」というご指摘、深く共感しました。そうなんですね、おそらく。縄文文化に連なる、日本の文化の古層が東北地方にはずっと残っていて、このどっしりと根を下ろしたような基盤がその魂を支えているようにも思います。

しかし、おっしゃるように、そろそろそのルサンチマンを開放した方がいいのかもしれません。そのためにも黙り込んで耐えてしまうのではなく、「物言う」民になることが欠かせないと思います。

投稿: かねごん | 2012年9月29日 (土) 23時22分

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