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2012年9月14日 (金)

『羊をめぐる冒険』を読む・8

さて、そろそろ本題にかからなければならないのだが、少し気が重い。これといって何も分かっていないのに、それについて語ろうとするのは無謀でさえある。重要な主題「羊」のことである。

一体、「羊」は何の比喩あるいは象徴になっているのか。背中に星の形の茶色い毛の生えている白い羊。「いるかホテル」で出逢うことができた「羊博士」は、「羊」が体の中に入るという経験をしているが、そのことに関連して次のように述べる。

 羊博士は肉団子にまんべんなくソースをつけると口の中に放り込み、もぐもぐと食べた。「羊が人の体内に入るというのは中国北部、モンゴル地域ではそれほど珍しいことではないんだ。連中のあいだでは羊が体内に入ることは神の恩恵であると思われておる。たとえば元朝時代に出版されたある本にはジンギス汗の体内には『星を負った白羊』が入ったと書いてある。どうだ、面白いだろう?」  (「村上春樹全作品2」p241)

この後、人の体内に入ることのできる羊は不死であると考えられており、羊を体内に持っている人間もまた不死であると述べられる。そしてある日羊が出ていってしまうと、その羊に逃げられた人は「羊抜け」と呼ばれるという話になる。

羊博士によると、羊の目的ははっきりとは分からないが、「人間と人間の世界を一変させてしまうような巨大な計画」(「村上春樹全作品2」p242)を持っていて、そのために人間を宿主として利用しているのだという。

さて、羊博士に入った「羊」は、博士が釜山から船で日本に帰ったあと博士の体を抜け出し、獄中の右翼青年の体内に入る。そして彼を右翼の大物に押し出し、中国大陸に渡り情報網と財産を築きあげさせ、戦後A級戦犯となりながら釈放され戦後の政治・経済・情報の暗部を掌握したと「僕」がその後のあらましを博士に話す。

ここから、ロッキード事件の頃「日本のフィクサー」と呼ばれた人物などの姿が浮かんでくる。とすると「羊」は、右翼の大物を通じて日本を支配しようとした勢力の比喩なのだろうか。

そういうとらえ方は分かりやすいのだが、一面的であるように思う。そのような要素も含みつつ、もっと広い虚構的措定と考えた方がいいのかもしれない。世界や人間を支配しようとする抽象的な意思を「羊」としているのかもしれない。権力を追求しようとする人間の意思を抽象化した存在とでも言えばよいか。あるいはそれも一面的な解釈で、多様に解釈できる存在を「羊」として考えているのかもしれない。

いずれにしても「羊」という存在を置くことでこの小説は動いていく。タイトル通り「羊」は物語を駆動する装置の一つとみた方がいいのか。村上春樹の小説には、このようなシンボリックな虚構内存在がこの小説以後の作品にも登場してくる。それらが表そうとしているものを正確に解釈していく力は私にはない。いろいろに解釈できる多様性の一面しか触れられないような気がするからだ。

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コメント

今回の小林先生の村上春樹謎解きシリーズ、わくわくしながら読ませてもらっています。面白いですよ!
羊、僕も考えてみました。本を引っぱりだして。
羊は人類の深層心理じゃないかと読んだ当時は考えもしましたが、なんか違ってたみたいです。
考え始めたら止まりません。どうしましょう・・・・


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。

三十代くらいまでよく読んでいたのに、この十年近くちゃんと村上春樹の小説を読んでいなかったような気がしています。長編も『海辺のカフカ』は読みましたが、その前に出ていた『スプートニクの恋人』は未読。『アフターダーク』と『1Q84』もまだです。

それで、こうして初期三部作から長編を読み返してみると、ほとんど細部を忘れていることに愕然としております。読み飛ばしていた箇所も相当あり、若い頃には気がつかなかったところに引っかかることも多く、楽しく読み返しているところです。

記事にも書きましたが、村上春樹の小説の主題はうまく説明できないですね。多様な解釈を可能にするような設定で描かれていて、限定的ではないと感じます。そこが「村上春樹の小説は分からない」という感想が出てくる元でもあるかと思うのですが。

これからしばらく、思い出したように書いていこうと思っていますので、気長にお待ち下さい。

投稿: かねごん | 2012年9月15日 (土) 00時09分

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