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2012年9月16日 (日)

『羊をめぐる冒険』を読む・10(終)

いくらでもずるずると続けてしまいそうなので、とりあえず10回目でひと区切りにしようと思う。最終回は、物語の本筋からすれば枝葉の部分となるサブ・ストーリーとサブ・キャラクターについてまとめておきたい。

たとえば、『風の歌を聴け』であれば、架空の作家デレク・ハートフィールドについての記述。『1973年のピンボール』であれば、ピンボールマシンについての小史。これらは本筋と関連しつつも、それほど書き込む必要があるのかどうか疑問が浮かぶところである。

しかし、この道草のような寄り道が村上春樹的世界の魅力の一つになっているのも、また確かだと思う。物語が直線的に進むのではなく、いくつもの脇道や迂回路を経て進行していく村上春樹の小説は、一見無駄とも思えるこうした脇道の道草を楽しめるかどうかで評価が分かれるのかもしれない。

『羊をめぐる冒険』で最も興味深かったサブ・ストーリーは「十二滝町の歴史」である。町史や村史の記述スタイルを模しながら、はるかに面白い小史が描かれている。これも架空の町の歴史だと思うのだが、北海道のどこかの町の歴史をたどれば、似たような変遷が見つけ出せそうな気持ちにさせられる。いかにもありそうな地域史なのである。

『1973年のピンボール』の中で、ピンボールマシンの変遷について書いた部分もそうだったが、村上春樹はこうした小史や年代記が好きなのかもしれない。そういえば『ねじまき鳥クロニクル』というタイトルの長編もあった。

ある一つの閉じられた歴史を記述してみるというのは、箱庭を作ったり、ミニチュアセットの街を作ったりするのと似たような感触があるのかもしれない。さっと俯瞰して全体がぱっと分かる小さな歴史。それを自分で作り出してゆくのは、結構楽しい作業なのではないか。

同じように、本筋に関係してはいるのだが、この人物がいなくても物語は成立するのではないかと思われるサブ・キャラクターが登場する。しかし、一度小説の中に登場してしまうと、本筋とは別に妙に印象に残る魅力的な人物たちでもある。

『羊をめぐる冒険』の中で一番印象に残るのは「先生」のお抱え運転手である。この運転手が、「僕」の飼っていた名前のない猫に「いわし」と命名する。それだけではなく、「僕」と交わす哲学的とも言える対話は、そこだけ独立させて短編小説に仕立てた方がいいのではないかと思うほど面白い。

いなくても本編の筋に大きな影響はないのかもしれないけれど、いざそうなったとすれば、何とも言えず寂しいなあと思わせる。そういう愛しのサブ・キャラクターの一人である。

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