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2012年8月19日 (日)

帰れない町

福島で原発事故が起き、この先何十年も帰ることができない広大な地域がこの国の中にできていることを、どう考えたらいいのだろう。

数日前、報道ステーションで「仮の町」をつくるという内容の特集を見た。双葉町だったか大熊町だったかはっきりと覚えていないが、全戸避難となった自治体が、ばらばらに被災者住宅に住むのではなく他の自治体の中にまとまって住む「仮の町」をつくりたいとしている内容だった。

確かにあちこちに分散し、なじみのない町で見知らぬ人々と新しい関係をつくっていくことは大変だろうし、自分が所属していた町が消えてしまうことにたえがたいものを感じる人が多いのも理解できるような気がする。

だが、受け入れようとする他の自治体の言い分もわからないではない。「仮の町」をつくり、そこにまとまって受け入れたとする。これから何年先になるか予測できないが、元の町へ帰還できる日がやってきたらどうなるのか。「仮の町」に暮らしていた人々がそこを引き払ってしまえば、ぽっかり穴が空いたようにゴーストタウンが自分の町の中にできてしまう。そういう事態を避けたいという考えから、被災者の分散した受け入れは喜んで協力するが、「仮の町」は認められないということらしい。

だれもが納得するような解決策は、もしかすると無いのかもしれない。少なくとも私には、こうしたらいいのではないかという良い案は思い浮かばない。ただ、元の土地を離れて「仮の町」をつくっても、うまくいくのだろうかと思う。土地とそこに住む人々の両者があって初めて「地縁」が生まれるのではないか。その土地の風景があってこそ成り立つものが、風土なのではないか。

だから、挿し木のように他の土地に「仮の町」をつくっても、どうなのだろう。人々のつながりは保つことが出来るのかもしれない。しかし、外国にある「日本人町」が日本そのものにはなり得ないのと同じように、元の町にはなり得ないように思う。町と人の両者がそろってその町が出来ているのだから、人だけでは難しいのではないだろうか。

しかし、当事者でない私が外野からあれこれ言ってもどうなるものではない。どのような形を望むのか、それは当の町の人々が決めることだ。出来ることならその決定が尊重されるようであることを願う。良くも悪しくも当事者が決めるしかないことだと思う。

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