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2012年8月14日 (火)

お盆休みの本棚から・村上春樹『風の歌を聴け』

昨日に続き、休み中に読んだ本の話。

村上春樹の『風の歌を聴け』を最初に読んだのは、二十代になったばかりの頃だったと思う。「と思う」と書いたのは、最初に読んだときのことをよく思い出せないからだ。この小説は、講談社の文芸月刊誌「群像」の新人文学賞を受賞し、同誌の1979年6月号に掲載された。

この年私は大学二年で、ときどき思い出したように大学に顔を出すと講義には向かわず、大学の図書館へ直行し二階にあった喫煙コーナーで雑誌を読みふけるのが常だった。そこには文芸月刊誌だけでなくありとあらゆる種類の雑誌が揃っており、雑誌が乗っている扉を上に持ち上げるとご親切にバックナンバーが奥に置かれていて、至れり尽くせりであった。今はもうやめてしまっているが、ヘヴィスモーカーだった私にとって、煙草を吸いながら雑誌を読みあさることができる喫煙コーナーはこの上なく居心地のよい場所だった。

だから、もしかすると『風の歌を聴け』も単行本になる前に「群像」の新人文学賞特集で読んだのかもしれない。単行本はいつ買ったのだろうと見てみると、発行は1984年7月の第十七刷となっている。けれども、単行本を最初に読んだときの記憶が薄い。

その後少なくとももう一回は読んでいるはずだから、今回で三回目かそれ以上のはずである。つまり、なじみの話を読もうというつもりで頁をめくり始めたのだ。が、あまりに抜け落ちている記憶に愕然としてしまった。もちろん印象に残っているいくつかの場面は、ほとんど記憶通りなのだが、まったく覚えていない場面や意外な発見があり面白かった。

まず、よく知られている「デレク・ハートフィールド」という架空の作家に関しての記述。初めて読んだときには、そういうアメリカの作家がいるのかと何の疑問も持たずにいた。後で架空の作家だったと知ったときには、村上春樹の巧妙な仕掛けに思わずうーんとうなったものだ。で、今回おやっと思ったのが、ハートフィールドという作家をヘミングウェイやフィッツジェラルドと同世代の作家と述べている箇所。1920年代のいわゆる「ロスト・ジェネレーション」世代である。この点だけに限ると、ヘミングウェイらの少し先輩の既成作家になるがシャーウッド・アンダスンやシンクレア・ルイスあたりを考えていたのかと思ってしまった。特にアンダスンはオハイオ州の出身で、ハートフィールドの出身地とも一致している。しかし、1909年生まれとされるハートフィールドに対し、アンダスンは1987年生まれで、やはり既成の先輩作家としか言いようがない。     

村上春樹自身がインタビューで述べるように、「ヴォネガットやラブクラフト、R・E・ハワードといった作家を混ぜ合わせて一つにした存在」というのが妥当なところなのだろう。この件に関してはこちら のサイトが詳しい。

二つ目は、この小説が1970年の8月8日から8月26日までの18日間に限定して描かれたものだということ。これは小説の初めの部分に出てくるのだから、はっきりと記憶に残っていてもよかったと思うのだが、すっかり脱落していた。この年代設定は絶妙である。70年安保闘争が、1970年6月23日の安保条約「自動延長」により終焉したあとの世界が舞台となっているのだ。70年安保は1968年から1969年にかけて全共闘や新左翼諸派の学生運動とともに全国的に反対運動が盛り上がり、その中で1968年10月には「新宿騒乱」も起きる。『風の歌を聴け』のなかでも、「僕」の二人目のガールフレンドに触れた箇所で、地下鉄の新宿駅で会ったヒッピーの16歳の女の子だったと紹介し、「それは新宿で最も激しいデモが吹き荒れた夜で、電車もバスも何もかもが完全に止まっていた。」とさりげなく書いている。

実は、意外だったのだが、70年安保闘争期の世相がさりげなく書かれている箇所がいくつかあった。『風の歌を聴け』という小説のイメージは芦屋の高級住宅地を背景に、アメリカの青春小説みたいなしゃれな会話のやりとりにあふれた作品というものだったが、それだけではなかったのだ。たとえば、レコードショップで働いている女の子の部屋で食事をする場面で、

僕たちは彼女のプレイヤーでレコードを聴きながらゆっくりと食事をした。その間、彼女は主に僕の大学と東京での生活について質問した。たいして面白い話ではない。猫を使った実験の話や(もちろん殺したりはしない、と僕は嘘をついた。主に心理面での実験なんだ、と。しかし本当のところ僕は二カ月の間に36匹もの大小の猫を殺した。)、デモやストライキの話だ。そして僕は機動隊員に叩き折られた前歯の跡を見せた。
   (村上春樹『風の歌を聴け』より)

してみると、ノンポリ風にみえる「僕」もデモに参加していたわけだ。だが、それに続く部分で

「僕は僕だし、それにもうみんな終わったことさ。だいいち機動隊員なんてみんな同じような顔してるからとてもみつけだせやしないよ」
「じゃあ、意味なんてないんじゃない?」
「意味?」
「歯まで折られた意味よ」
「ないさ」と僕は言った。
   (同上)

「もうみんな終わったこと」は、安保自動延長を阻止できなかった70年安保闘争を指しているのだろう。そして、「歯まで折られた意味」について「僕」は「ないさ」と答えている。

もう少し書きたいのだが、長くなりそうなので(ここまででも十分に長いのだが;)明日へ繰り越し。

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コメント

小林先生こんばんは。
僕は『風の歌を聴け』というタイトルを見ると、小田急線の電車を思い出します。新宿の本屋さんで購入し、各駅停車の電車の中で読んだのですが、新百合の駅を過ぎ、玉川大学前の駅を過ぎた頃には読み終わっていました。
衝撃的でしたね。あの時から村上春樹の存在は、ずっと僕の背後にへばりついています。


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。
この歳になってあらためて読み返すと、若い頃には気がつかなかったことに目がいくようになりました。しばらく、村上春樹の小説を読み返してみようと思っています。

投稿: かねごん | 2012年8月14日 (火) 22時08分

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