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2012年8月25日 (土)

『1973年のピンボール』を読む・1

この間『風の歌を聴け』をしばらくぶりに読み返して、あれこれと気付いたところを書き出してみた。若い頃読んだときには気にもとめなかった細かな所が、あらためて読み返すと、「あ、そうだったのか」と納得させられたりしていろいろと収穫があった。

というわけで、少しの間、村上春樹の主要作品を読み返してみようかという気持ちになり、さっそく第二作の『1973年のピンボール』に手を伸ばして頁をめくってみた。すでに多くの人が村上春樹の作品について詳細な分析を残している。そこに付け加えるような新しいものは何もないかもしれないが、自分なりに読み取ったものを備忘録のつもりで書いておきたい。以下、小説本文の引用は基本的に「村上春樹全作品1979~1989」(講談社)に収録されたものから。頁数も同作品集のものを使用。

さて、この作品も『風の歌を聴け』と同じように、背景となる時代の断片がごく微量ながら散在している。たとえば冒頭。

 彼はある政治的なグループに所属し、そのグループは大学の九号館を占拠していた。(「村上春樹全作品1」p124)

として、バリケード封鎖されていた大学の様子が少しだけ描かれる。第三機動隊が九号館に突入したのが六九年の十一月の午後のこととされているので、七〇年安保をめぐる学生運動の昂揚から来たものだろう。

そのエピソードの直後、唐突に「直子」のエピソードが登場する。同じ六九年の春のことだ。

 一九六九年の春、僕たちはこのように二十歳だった。(「村上春樹全作品1」p126)

そして、印象的な直子の話が続く。

「なにしろ街なんてもんじゃないのよ」彼女はそう続けた。「まっすぐな線路があって、駅があるの。雨の日には運転手が見落としそうなくらいの惨めな駅よ」
 僕は肯いた。そしてたっぷり三十秒ばかり、二人は黙って光線の中で揺れる煙草の煙をあてもなく眺めた。
「プラットフォームの端から端まで犬がいつも散歩してるのよ。そんな駅。わかるでしょ?」(「村上春樹全作品1」p126)

このプラットフォームを縦断する犬にどうしても会いたくなり、「僕」は四年後の一九七三年の五月に一人でその駅を訪れる。しかし犬の姿はなかった。

これに続いて双子の姉妹の話が、これまた唐突にはさみ込まれる。『1973年のピンボール』は、冒頭部分が短いエピソードのモザイクのようになっている。大事な要素が無雑作に並べられているが、断片的なためうっかりすると読み飛ばしてしまう。

たとえば、村上春樹の小説で重要なキーワードの一つ、「井戸」がこの冒頭部分にも登場する。十二歳の直子が「プラットフォームを縦断する犬」のいる駅がある街にやってきたときのエピソードに井戸掘り職人の話が出てくる。ただ、この井戸掘り職人は不慮の事故で亡くなり、以来この土地で美味い水の出る井戸は得難いものとなった、とされている。

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