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2012年8月27日 (月)

『1973年のピンボール』を読む・3

「鼠」が生きていく上での問題を抱えている一方、「僕」は友人と始めた翻訳事務所が順調で仕事に追われている。双子の姉妹と奇妙な共同生活を送ってはいるが「鼠」のように問題を抱えているようには見えない。そして「鼠」のことも、不思議な感じがするのだが、あまり「僕」の意識にのぼらない。

唯一出てくるのが「ジェイズ・バー」にあった「スペースシップ」というピンボールマシンに「鼠」が熱中していたエピソードくらいではないか。そして、このピンボールマシン「スペースシップ」に、東京に戻った「僕」ものめり込む。165000点のハイスコアを出すくらいまでになるのだが、突然そのピンボールマシンのあったゲームセンターがなくなりドーナッツショップになってしまう。

「僕」が「スペースシップ」というピンボールマシンにのめり込んでいたのは一九七〇年の冬から七一年の二月までのこととされている。なぜ「僕」は「スペースシップ」にのめり込んだのか。

 ボールが彼女のフィールドを駆けめぐるあいだ、僕の心はちょうど良質のハッシシを吸う時のようにどこまでも解き放たれた。
 様々な想いが僕の頭に脈絡もなく浮かんでは消えていった。様々な人の姿がフィールドを被ったガラス板の上に浮かんでは消えた。ガラス板は夢を映し出す二重の鏡のように僕の心を映し、そしてバンパーやボーナスライトの光にあわせて点滅した。(「村上春樹全作品1」p208)

この直後に「僕」と「スペースシップ」との印象的なやり取りが続く。長くなるが引用してみよう。傍線は原文についていた通りである。

 あなたのせいじゃない、と彼女は言った。そして何度も首を振った。あなたは悪くなんかないのよ、精いっぱいやったじゃない
 違う、と僕は言う。左のフリッパー、タップ・トランスファー、九番ターゲット。違うんだ。僕は何ひとつ出来なかった。指一本動かせなかった。でも、やろうと思えばできたんだ
 人にできることはとても限られたことなのよ、と彼女は言う。
 そうかもしれない、と僕は言う、でも何ひとつ終わっちゃいない、いつまでもきっと同じなんだ。リターン・レーン、トラップ、キック・アウト・ホール、リバウンド、ハギング、六番ターゲット……ボーナス・ライト。121150、終わったのよ、何もかも、と彼女は言う。(「村上春樹全作品1」p208)

この小説の中で最も切ない科白のやりとりの一つになっている。この「彼女」には「直子」の声が重なっているのだろうか。

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