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2012年8月28日 (火)

『1973年のピンボール』を読む・4

「僕」が「スペースシップ」と交わすやりとりは「僕」の内的対話にすぎないのだが、この小説のタイトルにまでなったピンボールは何の比喩になっているのだろう。

それを考える前に、一度整理しておこう。一九七〇年の冬から七一年の二月にかけてのめり込んだピンボールマシンと七三年の十一月に再会したことが、この小説には描かれている。この作品は文芸誌「群像」の一九八〇年三月号に発表されているので、執筆されたのはおそらく七九年のことだろうと思われる。

つまり七九年の作者が描き出した七三年の時代の「僕」が七〇年から七一年のある時期を回想しているという構造になっている。言い換えれば、七三年と七九年という二枚のフィルターを通してピンボールマシン「スペースシップ」にのめり込んだ時期がとらえ直されているということではないか。

二つの時代のフィルターを通すことで、細部の生々しさは薄れるかもしれないが、逆に核心のみが、雨風にさらされた骨格のようにはっきりととらえられているのではないか。

七〇年の冬から七一年の二月という時期は、『風の歌を聴け』を読み返したときにも触れたように、七〇年安保が自動延長されてしまったあとのことである。全共闘運動が下火となり、入れ替わるように新左翼諸派が先鋭化、過激化していく時期でもある。

七三年は石油ショックの年である。それまでの高度成長が終焉を迎えた年であり、これからは低成長の時代になるということが、その後盛んに言われた。それでもバブル崩壊後の不景気、あるいはリーマンショック後の不況感にくらべれば、まだまだ経済の活力があった頃であり、高度成長期を通過して人々は生活の中で物質的豊かさを享受していたように思う。

七〇年安保の年、私はまだ小学校の高学年だった。新宿騒乱や安田講堂攻防などはテレビで見ていたが、その運動の意味は全く分かっていなかった。七三年の石油ショックの時は中三だったと思う。だから、私たちより一回りくらい上の世代の人々が、七〇年安保を阻止できなかった挫折感をどのように感じていたのか、あるいはそこから過激な新左翼運動へとのめり込むようになった心情は、正直なところ分からない。

ただ、七〇年代半ば以降の白けた時代の感触は覚えている。斜にかまえて物事を見るような風潮が支配的で、それでいて上の世代が体験できた熱情の時代の残り火みたいなものもあって、何事かにのめり込んで熱くなることへの希求もどこかに持っていた。

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