« 中島敦『山月記』再読・その1 | トップページ | 中島敦『山月記』再読・その3 »

2012年5月21日 (月)

中島敦『山月記』再読・その2

高二で最初にこの作品を読んだとき、私は深く衝撃を受けた。李徴という主人公の悲劇的造型があまりにも鮮やかで、印象深かったからだ。

主人公の李徴は、若くして官吏登用試験に合格するほどの才子であった。しかし、下吏となって俗塵にまみれるより詩家としての名を残そうと、人との交わりを絶って詩作にふける。だが、詩人としての名は揚がらず、生活のためにやむなく一地方官吏の職につくことになる。鬱々とした日々の中、公用で旅に出た先で李徴は精神に異常をきたし、宿を夜半に飛び出すと行方知れずとなる。その翌年、監察御史という官職の袁参(正しくはニンベンに参)の一行が、その李徴の行方不明となった地の近くにさしかかり、人喰虎に襲われそうになる。その虎は李徴が異類となった姿であった。

これだけだと、人が虎に変身してしまったという怪異譚で終わりだが、そしておそらく元になったと思われる中国の話はそれで終わりなのだと思うが、中島敦の『山月記』がみごとなのは、ここからである。

虎の姿となった李徴は旧友の袁参に、叢の中に姿を隠したままいきさつを語り、そらんじている詩作のいくつかを伝録してもらえないかと頼む。袁参は部下に命じて李徴の吟ずる詩を三十篇ほど書きとらせる。いずれも格調の高い非凡な才を感じさせる詩である。が、袁参は「作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか」と感じる。

この「何処か欠けるところ」とは何か。その答えはすぐには示されない。自作の詩を語り終えた李徴の自嘲が続くからだ。なぜ自分が虎になってしまったのか。李徴は次のように自己分析する。

自分が人との交わりを避けたのは、臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいだと李徴は語る。

己(おれ)は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。

己(おのれ)の珠(たま)に非ざることを惧(おそ)れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。   (中島敦『山月記』)

憤悶と慙恚(ざんい)とによって益々己(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる」結果となり、「尊大な羞恥心」が自分の中の「猛獣」であり「虎」であったと李徴は言う。これこそが、袁参が李徴の詩に感じた、第一流の作品となるのに「何処か欠けるところ」の源ではないか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 中島敦『山月記』再読・その1 | トップページ | 中島敦『山月記』再読・その3 »

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中島敦『山月記』再読・その2:

« 中島敦『山月記』再読・その1 | トップページ | 中島敦『山月記』再読・その3 »