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2012年1月17日 (火)

只野真葛という女性

今年のセンター試験国語問題をざっと眺めてみたとき、古文の問題の出典に『真葛がはら』とあるのを目にした。はて、『真葛がはら』とはどのような作品であろう。古文問題の文中に「文化四年(1804年)」と出てくるので、江戸時代に書かれた擬古文なのだなとは分かったものの、この作品名は知らなかった。

さっそく調べてみるとWikipediaに詳細な記述がある。この『真葛がはら』を著した只野真葛という女性の項である(こちら)

どうやら『真葛がはら』というのは、文化十三年(1817年)にそれまで書きためていた歌や文を作品集としてまとめたものの名前のようだ。センター試験の古文に出題された部分は、『真葛がはら』天の巻に所収されている『一弦琴の詞』という伝説物語であるらしい。出題された部分にもあるように、『一弦琴の詞』は、仙台近郊中田に住む鷹匠が書を学ぶ志をいだいて京都にのぼり、その一筋な思いに感じ入った持明院の宮人から一弦の琴を贈られるという話。

さてこの文章を著した只野真葛という女性の生涯が興味深い。先に挙げたWikipediaの記述によると、『赤蝦夷風説考』を著した仙台藩江戸詰の医師工藤平助の長女として生まれ、仙台藩士只野行義(つらよし)と再婚して仙台城下で暮らし、その地で没した江戸時代の女流文学者だという。田沼意次の時代から松平定信の時代にかけての江戸や仙台の人びとの暮らしぶり、あるいは昔語り、紀行などが生き生きと伝わってくる文章をものした女性のようだ。

さらに興味深かったのが、この只野真葛という女性は『独考(ひとりかんがへ)』という経世論(社会批評とでも言えばよいか、あるいは社会思想か)を文化十四年から執筆し、滝沢馬琴と文通による交流もあったということ。馬琴とは後に絶交となるのだが、当時の女性でありながら鋭い社会批判の視点に馬琴は当初感心したようだ。

しかし、その生涯は必ずしも幸福だったとばかりは言い切れないところがある。親たちや夫だけでなく、真葛と妹(出家して尼になる)を残して、七人きょうだいの他の五人に先立たれてしまう。一人また一人と身内がいなくなる寂しさと悲しさを、生まれ育った江戸から離れた仙台の地で味わわなければならなかった。その中でさまざまな思いから痛烈な社会批判の書である『独考』が書き著されていく。

関民子氏が吉川弘文館の「人物叢書」シリーズの一冊として『只野真葛』を著しているそうなので、今度読んでみようかと思っている。

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