待ち人来る・その3
初対面の方が多い宴席だったにもかかわらず、私はなんだかすっかりくつろいで楽しんでしまった。金田先生と一緒だということもあるのだが、同業者でブログを通じてお互いのことをある程度知っている間柄の方々との席だという感じが強かったからかもしれない。
左隣に座っていた永田先生をほぼ独占して、延々話に付き合わせてしまった。また、本来訪ねてきて下さった先生方をおもてなしするホストの立場であるのに、お酒のお代わりやあれこれを静岡向上館の熊谷先生におまかせしてしまった。どちらの点も深く反省している。
さて、そうやって何を話していたのだろう。私はわがままな人間なので、自分が興味や関心を持っている事柄にしか反応しない。いつも後で反省することになるが、これだけはなかなか直らない。若い頃、明け方近くまで飲んで、翌日の昼過ぎに目を覚ますとひどい二日酔い状態が常だった。頭のてっぺんまでずっしりと砂が詰まり、まるで人間サンドバッグにでもなったような気分で、そういえば昨夜も人の話を聞かず自分の話しかしなかったなあ、とますます二日酔いがひどくなるようなことが多かった。
馬齢を重ねて、結局何も学んでいないのではないか。そういう自分の愚かしさになさけなくもなるが、そういう愚かしさもまた自分の一部である。おそらく自分の生涯というのは、悟ることなどと無縁の日々なのかもしれない。
したたか飲んで最初の店を出ると、カラオケに繰り出そうということになった。私は日頃カラオケに行かない人間なので、何年ぶりかのカラオケである。岐阜上野塾の上野先生も志道館の美川先生も、実に歌が上手い。これは前々から推測していたことであった。お二人のブログで、、打ち上げや歓迎会のときに熱唱している姿をいくつか拝見していたので、お好きなのだろうし上手いのだろうなと思っていた。
金田先生もそうだが、これまで一緒に仕事をしたことがある塾人は歌の上手い人が多かった。これは別に不思議なことではないのではないか、という気がする。生徒の前に立って教えることもカラオケで歌うことも、パフォーマンスという点では同じである。役者と同じように、人前で自分を表現することに長けていなければ、生徒を引き付けて指導することは難しい。上野先生や美川先生の歌を聞きながら、そんなことを感じていた。
そしてここでも別次元の面白さを見せてくれたのが、四畳半スクールの永田先生である。あれはカラオケの域を超えている。上手いとかどうとかの話ではなく、すでに一つの「表現」である。金田先生もそうなのだが、永田先生も音楽で「表現」ができる方である。これは正直言ってうらやましい。私は楽器も弾けないし、歌も上手くない。つまり音楽が「表現」の手段たり得ない人間である。そういう人間からすると、お二人のような「表現者」の存在はまぶしいかぎりだ。
それにしてもカラオケというのは面白いものだ。向上館の熊谷先生が選んだのはテレサ・テンの「つぐない」ではなかったか。年齢的に何故この曲?と思ったが、妙にしっくりとあっているのが不思議だった。神奈川学心塾のとよ爺先生が歌われた曲は初めて耳にする曲だったのだが、どういうわけでこの曲がお好きなのか聞きそびれてしまった。同じ学心塾のGO先生が歌われた松山千春の「大空と大地の中で」は、私たちの年代には懐かしいことこの上ない曲である。そして金田先生のところで指導を手伝っておられるドラゴン先生の選んだミスチルの曲もよかった。
ところで金田先生の歌われた曲だけ思い出せないのだが、何を歌われたんでしたっけ?
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