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2011年9月 6日 (火)

広河隆一『福島 原発と人びと』を読む・その1

先日、同じ広河氏の『チェルノブイリ報告』という二十年前に出された岩波新書を再読したが、今回は最新刊で8月19日に初版が出たばかりの『福島 原発と人びと』(岩波新書)を取り上げたい。

本書の第1章は、3月11日の東日本大震災発生から15日の4号機・2号機爆発までを時系列で追い、12日から現地に向かった筆者、広河隆一氏の行動も併記される。他のフリーランスのジャーナリストらと共に6人で福島第一原発へ、三台の放射線測定器(それぞれ20マイクロシーベルト・100マイクロシーベルト・1000マイクロシーベルトまで測定できるもの)を準備して向かったことが述べられる。

13日に双葉町の中心部に入り、県立双葉高校の近くで測ると毎時60マイクロシーベルトあったという。それは、その一ヶ月前に広河氏がチェルノブイリ原発から200メートルの地点で測った値より高く、通常値の1000倍であるということだ。そこから双葉町役場に向かったが、役場は無人だった。この役場周辺で広河氏の持参した100マイクロシーベルトまで測れる測定器は振り切れてしまい、別のジャーナリストが持ってきた1000マイクロシーベルトまで計測できる測定器も振り切れてしまっていたという。

1000マイクロシーベルトととはすなわち1ミリシーベルト。一般の人の年間許容量である。つまり、3月13日の双葉町役場の付近に1時間いるだけでそれを超えてしまうという放射線量だ。

ところがその町に避難していない人びとがいた。自転車の男性を止めて広河氏が話を聞くと、そんなに放射能が高いとは信じられないと言う。「念のための避難」「ただちに健康に影響がない」と繰り返されたため、深刻な事態だと受けとめている人がほとんどいない状態だったようだ。だから避難することになって町を出るときも、数千円しか持たなかった人が多かったという。

測定器が振り切れたという事実から広河氏らは取材を中止し、被曝の危険を伝えに行政機関を回り、川内村の副村長と田村市の市役所に事情を伝える。

14日からは二手に分かれて、広河氏らは南相馬市へ向かい、そこから沿岸部を北上し仙台市に到着する。この日午前11時過ぎに3号機が水素爆発を起こし、原子炉建屋が吹き飛ぶ。東電が政府に対し「全員退去したい」と告げ、枝野官房長官と海江田経済産業相は認めず菅総理に報告された。

15日、政府は事故対策統合本部を東電内に設置することを決め、菅総理が東電本店を訪れ当時の清水社長に「撤退は認めない」と申し入れた。午前六時頃に4号機と2号機で爆発が起こる。広河氏らは仙台から福島沿岸部に出て南下しながら原発方向に向かうが、南相馬市で放射線量の上昇が認められなかったので、国道12号線を西に向かい計測を続ける。そして伊達市南部で毎時60マイクロシーベルトの放射線量を測定する。そこから飯舘村に入り、前田地区の消防団詰め所前で針が振りきれる。100マイクロシーベルト以上あったということになる。

この第1章は、原発震災の初期の福島がどうだったのかという貴重な記録にもなっていると思う。特に、地元の人びとが深刻な事態を知らされていないことにあらためて愕然とする。

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コメント

子供が夏期講習でお世話になりました。とても楽しかったと申しております。
毎回、興味深く読ませて貰っています。小林先生とかねごん先生のブログはいつも私に気付きや、希望を与えて下さり感謝しております。
絶望に打ちひしがれそうになる時もありますが、子供達の明日を信じて頑張る毎日です。放射線の心配を周りの人と共感し合えません。先生たちのブログが、親としての私の慰めになります。
感謝の気持ちを伝えたくコメントしました。


【学び舎主人】
こちらこそ、夏期講習を受けていただきありがとうございました。

群馬大の早川先生が作成した放射線地図を見ると、原発事故後高濃度の放射性物質が風に乗っていくつかの方向へ進んでいるのが分かります。
そのうちの一つが北へ向かった流れで、行き着いた先は一関を中心とした半径30km程の範囲です。奥州市内もその中に入っています。

福島県内の線量に比べれば低いとはいうものの、降下した放射性物質がどれくらい残留しているのか気になるところです。ただ、奥州市役所では相当数の測定器(シンチレーションカウンターらしいですが)を購入した、と納入した元塾生のお父さんから聞きましたので、測定はしていると思います。

放射線の影響については、人によって受け止め方がまったく違いますし、今回の記事で取り上げた広河氏の本にも出ていましたが、福島では「洗濯物、どこに干してるの?」という問いかけが相手の関心度を測る物差しになっているそうです。何回か後の記事で触れますが、福島の人びとの中には深刻な分断と亀裂が生まれているようです。

いずれにしても、子どもと妊婦を守る国であってほしいと願わずにいられません。

投稿: 奥州市のチバ | 2011年9月 7日 (水) 12時56分

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