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2011年9月 9日 (金)

広河隆一『福島 原発と人びと』を読む・その3

広河隆一氏の最新刊『福島 原発と人びと』(岩波新書)を読む第三回目。今回は第3章と第4章を取り上げる。

第3章で広河氏は、福島原発事故で避難した人びとの具体的な姿を三つの実例で示している。

最初は浪江町で津波の難を逃れ高台の神社に避難した、農業を営むある夫婦。神社に役場の職員が駆けつけ、避難していた人びとはバスで浪江町役場に連れて行かれる。翌日の午後役場から診療所にバスで移動するときに1号機の爆発音を聞き、街には戻れず原発が大変なことになっていると初めて聞かされる。同じ浪江町に住む娘さんと息子さんは、川俣町の小学校に避難し、両親と携帯を通じて連絡は取れたものの家族が合流できたのは四月になってからだったという。

二つ目の事例は同じく浪江町に住み、南相馬市の小学校に避難した男性。この男性は東電や政府、保安院に不信感を持っている。警戒区域をコンパスで丸を書いて決めたため、その北の地区のコンパス外の人は仮払金がもらえない。補償金の受け取りにしてもB型肝炎訴訟みたいに和解までに何十年もかかり、その間にどんどん人が死んでいくのではないか。男性はそのように考えていると広河氏は述べる。

三つ目はいわき市から東京へと避難した家族の例。最初、福島空港に向かうが空港には避難している人が多く、その家族は車の中に泊まることになった。車中でつけていたテレビやラジオではNHKのアナウンサーや枝野官房長官が「ただちに健康に影響はない」と繰り返していた。それからツイッターなどで、高速が通行止めだが避難だと言えば通れることを知り東京へ高速で向かうことに決める。

東京に一時避難したもののいわき市に残してきた飼い猫が気になり、父親だけ三月十八日に再び福島に戻る。そしていわき市の平体育館で開かれた山下俊一教授の講演会に行って、例の「大丈夫です」発言を耳にする。それを聞いて高校生と中学生の子どもたちを東京からいわき市に戻すことにし、二十四日に家族は帰ってきた。しかし、インターネットであれこれ調べ始めてみると、山下教授の言う「大丈夫です」がだんだん信じられなくなり、テレビもラジオも新聞も真実を伝えていないのではないかと思い始めたという。

第4章では、そのメディアの問題を広河氏は取り上げている。

 福島第一原発事故は徹底的に情報が管理された事故だった。必要な情報も数多く隠蔽された。当初はなぜ東電がそんなことを隠し続けるのかと、理解に苦しむこともあった。しかしそのうちに、情報が保安院や官邸に上がった後も、発表されないことが多くあったのを、人びとは知らされた。それもずっと後で、時には取り返しのつかない被曝を引き起こしたあとでだった。(中略)
 「危険な状態にある」と書いたり話したりすることは、すべて「いたずらに不安をあおっている」とされ、「不正確な情報」ということになった。何が正しい情報かを決めるのは官邸であり、保安院であり、東電だった。もちろんこの三者もそれぞれ利害が一致しない場合が多い。それは情報伝達の乱れや、責任転嫁の形に見られていく。
 当初は福島とチェルノブイリとを比較すること自体が、不安をあおるとされた。実際にはこのころすでにレベル7の放射能が放出されていたのだが。
 こうした大事故の場合は、生じる責任に対する保身が、組織や人の判断をゆがめる。
(広河隆一『福島 原発と人びと』岩波新書 2011年  p80-p81)

漏れ出した放射能のデータも、放射能の拡散を予測するSPEEDIのシミュレーション解析も隠されてなかなか出てこなかった。炉心溶融やレベル7であることもすぐには認められなかった。

その間、NHKを始めとする大手メディアは東電・官邸・保安院の発言をそのまま伝えるだけで、「ただちに安全に関わる状況ではありません」が繰り返される。安心よりも安全のために「落ち着いてできるだけ遠くに避難することが必要です」と呼びかけるべきではなかったか、と広河氏は指摘する。特に妊婦と子どもに対しては、それが必要だったのではないか、と。

一方企業ジャーナリズムの困難さについて、五月に開催された「原発報道を考えるシンポジウム」でTBSの金平茂紀氏が指摘した内容が紹介される。1999年に東海村JCO事故の経験をもとに、危険があきらかにされないまま業務命令で現場に行くことについて、各局の労働組合から批判があったのだという。

また、NHKの三月二十一日付の内部基準には「放射線量についての考え方」として「我々の取材も政府の指示に従い行うことが原則」と書かれていることも明らかにされた、と広河氏は述べる。

さらに企業ジャーナリズムに関して言えば、スポンサーとしての電気事業連合会から入る潤沢な広告費が影響しているのではないかということも触れられる。

結局、隠蔽されていること自体を大手メディアが追究せず、逆に「翼賛体制」を作り上げて「ただちに健康に影響はない」という発表を後押しするような報道が繰り返されてきたということになるのではないだろうか。

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