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2011年9月 8日 (木)

広河隆一『福島 原発と人びと』を読む・その2

広河隆一氏の最新刊『福島 原発と人びと』(岩波新書)を取り上げて、前回は第1章の概要を紹介したが、今日は第2章について。

第2章は、福島第一原発で下請け会社の作業員をしている方の証言をもとに構成されている。匿名ではあるが、3月11日の大地震直後の様子は生々しい。猛烈な揺れが長く続き、作業員は作業していた建物の外へ出ようとしたが、停電で放射線量の測定をする装置が動かず、出口付近に三百人ほどの作業員がじっと指示を待っていたという。

Tさんという作業員の方が驚いたのは、誰も警備員を突き倒して外へ出ようとするような人間がおらず、きちんと並んで退域モニターという測定装置が動くのをじっと待っていることだった。東電の社員が上司に何度も確認を取り、放射線量を測定せずに外へ出ていいという許可が下り、作業員は発電所を出ることになる。

津波の心配も少しあったが、おそらく2,3メートルのものだろうとTさんは気にしなかった。ところが発電所を出てすぐの所にある事務所に行ってみると、海岸付近の駐車場に停めていた車が津波で流されるのを目撃したと同じ会社の人間が話している。結局、その日は解散し自宅待機状態になる。

両親を探しに行くと公民館に避難しており、翌12日にはバスに乗って避難するように言われる。このときTさんは、「もしかしたらここはチェルノブイリ原発近くの街みたいに廃墟になるんじゃないか」と思ったそうだ。午後3時36分に1号機が爆発した。首相も官房長官も保安院も、大丈夫だと言っていたがTさんはすごい汚染になるはずだと考えていた。

14日になると、会社から戻れという連絡が入る。Tさんは「人海戦術の海になる」ことを覚悟して戻ることを決める。実際に破壊された原子炉建屋を目にしたときは、テレビ映像から想像する範囲を越えていてショックでぞっとしたという。

しかし、現場に戻ってみると、自衛隊が誰もいないことに驚く。どうも3号機の爆発の時に、東電が「絶対爆発しないから大丈夫」と言うので、装甲車ではなくジープのような車で現場に向かった自衛隊員が3号機の近くで爆発に遭遇したらしい。車は吹き飛ばされ、下半身不随になった隊員がいたという噂が作業員の間に流れたという。これ以降自衛隊は郡山駐屯地に撤退し、東電に対する不信感が強まり非協力的になったということをTさんは知る。

この3号機爆発の際に自衛隊の車が吹き飛ばされたという件は、マスメディアではどう伝えられたのだろう。ケガの程度などもあまり大したことがないように報道されていたのではないか。

第2章には、なぜ福島に原発が作られたかという歴史的経緯やこれまでの主な事故と共に東電の体質にも触れられる。一日止めると一億円の損失になるため定期検査の工期を短縮させようとしたり、トラブル隠しをするような体質があると指摘される。

さらに作業員の被曝について広河氏は言及する。3月から4月にかけて緊急作業に従事したのは8,338人で、全員が被曝しそのうち111人は100ミリシーベルト以上、6人が250ミリシーベルトを超え、最高で678ミリシーベルトに達している人もいるという。

毎日新聞の記事によると、過去にガンを発症して労災認定された原発作業員10人のうち、白血病や多発性骨髄腫、悪性リンパ腫になった9人は100ミリシーベルト以下の累積被曝線量であるということを広河氏は指摘する。今回の事故で作業員は250ミリシーベルトまで上限が引き上げられている。今回の事故で作業員たちがいかに多くの被曝を強いられているのかかが分かる、と広河氏はまとめる。

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