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2011年8月 2日 (火)

昨日・明日

広河隆一氏の『チェルノブイリ報告』(岩波新書、1991年)を少し前から読み始めた。二十年前、チェルノブイリの事故からはまだ五年しか経っていない頃に出版された本だ。

冒頭の章はチェルノブイリからではなく、オーストリアやドイツといったヨーロッパのいくつかの土地から始まる。ザルツブルグの湖沼地帯に置かれていたあるベンチの10センチ四方の板が猛烈に放射能汚染されていたことが分かったという話が紹介される。チェルノブイリから1,000km以上も離れているに、ホットスポットがヨーロッパに点在していた。風で運ばれ降下した地点なのだろう。

第二章からいよいよチェルノブイリの30km圏内、いわゆる「ゾーン」と呼ばれる地域のようすとなる。二十年前の、事故から五年経ったチェルノブイリ周辺の記述を読み進めるうちに、何か既視感のようなものに襲われた。これは福島のことについて書いたものではないか。いやいやそうではない。タイトルは『チェルノブイリ報告』だ。

ところが、急な避難指示や汚染の数値が住民に知らされていないところなど、ほとんど同じような状況が示されている。事故評価も同じレベル7。チェルノブイリは1基の原子炉が事故を起こしたが、福島では4基。大気中に放出された放射能は福島がチェルノブイリの10分の1とはいうものの、海洋にどれだけ放出されたか分からない。

読み進めるにしたがって気が重くなってきた。事故から五年も経っていないのに甲状腺異常や白血病の子どもたちが増えている実態が記述されている。30km圏内の「ゾーン」の外でも高濃度の放射性物質に汚染された地域があったということだ。病気で子どもを失った母親の悲しみが淡々と記述されていく。

チェルノブイリの二十五年の経過は、福島のこれからではないのか。とてもつらい話だが、冷静に考えるとそう思わずにいられない。できればそうなってほしくないけれど、チェルノブイリ周辺で起きたようなことが福島で起きないという保証はない。

現に福島には汚染された土地に住んでいる人々がいる。東日本に住んでいる人間は、線量の多少はあっても放射性物質が降下した土地に住んでいることを覚悟した方がいいのかもしれない。内部被曝もすでに始まっている。福島の子どもたちの尿から放射性セシウムが検出されたという話は以前の記事でも書いた。福島以外の人びとが内部被曝していないとは言い切れないだろう。

東日本の全域で広範囲な内部被曝の実態を調査すべきではないのか。ホールボディカウンターではなく、尿の検査などである程度測定できるのであれば、早急に実施すべきだと思う。その結果、ほとんど放射性物質が検出されないのであればそれに越したことはないし、仮に検出された場合でも、どの程度のリスクを負うことになるか各人が判断する材料にはなるだろう。

同じ岩波新書にはR・P・ゲイル、T・ハウザー両氏による『チェルノブイリ(上)(下)』や高木仁三郎氏の『プルトニウムの恐怖』、あるいは田中三彦氏の『原発はなぜ危険か』、武谷光雄氏の編になる『原子力発電』などもある。特に『チェルノブイリ(上)(下)』は、広河氏の本を読み終わったら取りかかりたいと思っている。

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コメント

こんにちは。私も広河隆一さんの本を時々めくっています。
「チェルノブイリの真実」という本。 
今の、これからの日本のようで、読んでいて辛いものです。
現在幼い子をお持ちの方は疎開や保養など手を尽くしてほしいと思いますが、個人で動くには、先立つものがあまりにもかかります。
そして、一関の行政がこれほど情報を隠し、市民が訴えても何もしないでいられることが私は理解できないでいます。


【学び舎主人】
コメントありがとうございます。

広河隆一さんの本を読んでいると、福島がチェルノブイリになるだろうという暗い予感がします。

「一関の行政が」ということですが、おそらく一市町村では手に負えない段階に入っているのではないでしょうか。おそらく都道府県単位でも無理で、やはり国をうごかすところまでいかないとどうにもできないのだろうと思います。

今この国で「希望」を語ることほどむずかしいことは無いように思いますが、それでも絶望にうちひしがれて立ちつくしているわけにはいかないと思っています。一人一人が自分の心と頭で考え抜かなければならない難題に直面しているのだとも思います。

投稿: あきこ | 2011年8月 6日 (土) 20時35分

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