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2011年7月13日 (水)

やっと読了

連日、原発震災か東日本大震災に関連した話題で記事を書き連ねてきたので、お読みいただいている方には、また原発震災の話かとウンザリされる方もいるかもしれない。書いている当人もいささか嫌気が差してきた。

だからというわけでもないが、今日は久々に普通の記事。それも読書ネタである。

去年のいつ頃だったか、ディケンズの長編『荒涼館』を読み始めたという記事を書いた(こちら) 。朝日新聞の日曜版読書欄に筒井康隆氏が大江健三郎氏から勧められて読んでみたら面白かったと載っていたので、読んでみようと思ったのがきっかけだった。

ところが図書館から借りだして実物を開いて驚いた。筑摩世界文学大系に収められた『荒涼館』は三段組で570頁の本文である。おそらく見開き六段分で通常の6頁分はあると思われるので、単純に考えても約三倍、つまり1700頁以上の分量ではないか。

というわけで、読み始めたのはいいが遅々として進まず、あっという間に二週間の貸し出し期間が過ぎてしまう。去年だけで、この一冊を何回借り直したことか。なんとか去年内にと思っていたが、冬期講習前に挫折。それから半年ほど経過しての再挑戦であった。

実は、このディケンズの『荒涼館』を読み直す前に、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』を借り出して読んでいた。これがやたらに面白い本だった。去年読もうと計画していた中の一冊なのだが、何とも不思議な味わいの小説で、それでいてぐいぐい引き込まれしまう魅力があった。このV・ウルフの『オーランドー』を読み終えたときに、ふと思い出したのがディケンズの『荒涼館』のこと。同じイギリス文学つながりで、時代は全く違うものの、この勢いで読んでしまえるのではないかと思った。

実際に借り出してみると、誰も『荒涼館』をその後に借りた人がいなかったらしく、私が前に栞のヒモをかけた頁のままになっていた。二、三章戻って読み返しているうちに、すっかりストーリーを思い出した。ディケンズの小説はそれほど濃密な世界を作り出していて、定着するイメージは強烈である。

ある男爵夫人の過去の秘密を巡りいくつかの事件が起こってストーリーが展開していく。推理小説にも似た味わいがあるが、背景となっている十九世紀のイギリスの風景が、何かハリー・ポッターにでもでてきそうな古色を帯びていて興味をそそる。

結末近くなると、予想内と予想外の展開が入り乱れ、ディケンズの筆力のすごさに舌を巻く。確かに現代小説からすればカビの生えたような古さはあるのかもしれないが、このストーリーテリングのうまさは何なのだろう。バルザックなどにも共通する十九世紀的語りのうまさとでもいうものなのか。

去年読もうと計画していた長編はあと一つ。プルーストの『失われた時を求めて』。これも長大な作品だなあ。『荒涼館』どころの話ではない。二年くらいかけたら読み切れるんだろうか。

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