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2011年5月10日 (火)

ひさびさの更新

十日ほどブログを更新していないのを心配して、先日大験セミナーの金田先生 からお電話をいただきました。聞けば、とよ爺先生 から依頼されたとのこと。上野先生 からも何かあったのですかというコメントをいただきました。お騒がせしてすみません。少し休もうと思っているうちに日数が過ぎてしまいました。

金田先生にもお伝えしたが、関わっている「地域誌」の校正作業を連休明けまでに終えなければならず、原稿チェックに追われていた。以前にも少し紹介したが、私の住んでいる地区で地元の「歴史と文化を語る会」という会が、かつて昭和58年頃から平成13年頃まで活動を続けていた。農村地帯である地元の戦前・戦中・戦後の変わり様を継続して調べていた会で、機械化される前の米づくりや農村文化、地域の歴史・伝承、野草や生き物に至るまで広範囲に渡るテーマで十数冊の小冊子にまとめていたようだ。

その「歴史と文化を語る会」の二代会長で地区公民館(現交流センター)館長も務めた方が、保存していた大量の原稿を交流センターに預けられた。内容に目を通した現在の交流センター長が、刊行すべきだとして編集委員を各行政区から1名ずつ集めて編集事業が始まった。地域の生活史や文化を知る貴重な資料であり、ぜひ地域の人々に読んでもらえるようにしたいとの考えからである。

編集委員といっても、すでに印刷会社が活字に起こしたゲラを、分担して元原稿とつき合わせ不明個所などを判読していくという校正作業だけで、実態から言えば「校正」委員ということになる。細かい作業ではあるが、きらいな作業ではないので楽しみながらやっていた。ただ今回の連休期間は、最終版を確定する前に全体を再度校正していくという詰めの作業を頼まれていた。私の他に3名の委員が担当し、2段組で二百五十頁ほどの原稿をそれぞれが確認するというものである。

神楽関係などは、すぐ近所に保存会の代表であるお爺さんが住んでいるので直接確認に行ったりしていた。それでも十数ヶ所が前後の文脈から考えてもどうしても分からず、他の委員の方が解決してくれるのではないかと期待して作業を切り上げた。校正作業そのものが少し早く終わったので、目次と「本書の構成」という簡単な内容解説を作ってみた。今後の編集作業上で必要になるはずなので、議論の叩き台になるものがないといけないのではないかと思い、出しゃばりではあるが勝手に作ってみた。

四部構成で、第一部は昭和十五年に当時の尋常小学校職員の方々が五年かけてまとめた地域誌の復刻。第二部は昭和五十八年に始まった「歴史と文化を語る会」の会則と総会議事録。第三部が本体の地域誌で、ここに会で発行していた小冊子の内容を収録。第四部は小冊子の一つであった地域の伝承・昔語りを独立させて収録した部分。

実はこの構成に関しては、全体を読んでみるまでよく分かっていなかった。最初に十人の委員で分担して校正作業をしたときに、私が担当したのは地域の野草・植物を調査した原稿の半分くらいであり、他の部分については印刷会社でまとめた梗概しか見ていなかった。実際に全体を校正しながらじっくりと読んでみると各部の内容が把握できたのだが、このままだとできあがった地域誌を読む人が、各部分がどういう来歴の文章なのか理解できないのではないかと感じた。そこで「本書の構成」という簡単な内容解説を目次の次に入れておくことを思いつき、叩き台となる原稿を作ってみたのである。

「歴史と文化を語る会」でまとめた本体部分の地域誌は膨大な分量で、一つ一つの項目を長い期間かけてまとめたことがよく分かる。それ以上にすばらしいと思ったのが、第一部に収録した昭和十五年の地域誌復刻版である。内容も詳細、正確であるが、それ以上に文章力のある方々が執筆しているということが最初から伝わってきた。戦前の尋常小学校の教員をしていた方々だから、明治後半から大正の生まれの方々かと思われるが、基礎教養の差とでもいうべきものを感じさせる文章だった。語彙が豊富であるのはもちろんなのだが、正確で明瞭な文章である。この昭和十五年の地域誌以前、おそらく昭和七年頃にまとめられたと思われる「村誌」の復刻版を図書館で見つけて読んだときにも感じたことだが、とても現代のわれわれにはかなわないくらい基礎教養を身につけた人々がいたのだと実感した。

ともすると時間の経過とともに歴史は進歩していくと思いがちだが、こういった古い文書を読んでいるといかに現代に生きるわれわれの基礎教養が薄っぺらなものになっているかということを痛感する。進歩ではなく、あきらかに退歩である。情報を自分の中に蓄積せず、外部記憶化して検索していくだけではやはり限界があるのではないか。そういうことを改めて考えさせられた。反射的な速さだけでは体系的な知は構成されない。蓄積していったものをときに忘却し、発酵させるようにして熟成されたものしか本質的な教養にならないのではないか。

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コメント

小林先生
私もしばらく更新されていなかったので、
体調を崩されたのではないかと気に掛かり、
隠密行動で電話しようと昨晩連絡先を手帳に
控えたところでした。
安心しました。


【学び舎主人】
すみません。美川先生にもご心配をおかけしました。
こちらはいたって元気でおりますが、記事の更新だけしばらく休んでしまいました。

また復帰しますが、更新は気まぐれですので気長にお待ちいただければ幸いです。

投稿: 美川 | 2011年5月10日 (火) 16時30分

小林先生、お帰りなさいませ。
私とは違ってアカデミックなお仕事に
従事されていたのですね。

岩手にお伺いした時に
私の無脳ぶりが浮き彫りにされそうです。

元気で良かったです。
頑張れニッポン!
頑張れ塾屋!


【学び舎主人】
いえいえ、アカデミックという作業ではなく、「老眼との戦い」でした。あとは小論文の添削作業にも似て、文脈を追いながらひたすら誤字脱字探しという印刷職人になったような毎日だったような気がします。

おさわがせして、すみません。

投稿: 上野義行 | 2011年5月10日 (火) 22時41分

こんばんは、相変わらずアカデミックな内容で小林ワールドと言っ
た感触です。
更新がなかったので、お体でもなどといらぬ心配をしてしまい、
本当に申し訳ないことをしました。
私自身、いつもからだと相談している日々ですから、ついついみ
なさんもそうなのではなどと思ってしまいます。
無理をしないで、ブログは続けてください。


【学び舎主人】
とよ爺先生、ご心配いただき恐縮です。
上野先生にもアカデミックと形容されてしまいましたが、実際の作業はほとんど印刷職人のような誤字脱字探しでして、面白かったのですが目が疲れました。

ブログ更新は今後も気まぐれで中断が入るかもしれません、気長にお待ちいただければ幸いです。

投稿: とよ爺 | 2011年5月10日 (火) 23時17分

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