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2011年4月27日 (水)

晴耕雨読の日々・その2

地震で崩れ出た文庫本のおかげで、行方不明だった本が二冊出てきた。一冊はジョージ・オーウェルの『1984年』。村上春樹の『1Q84』はまだ読んでいないが、こちらが本家である。オーウェルの『カタロニア賛歌』はすぐ読める場所に出ていて、その近くにあるはずだと思いながら長い間見つからずにいた文庫である。ハヤカワ文庫だったんだ。昭和五十三年の五刷を買っているということは、学生のころだったのかもしれない。

スターリン時代のソ連を思わせる独裁国家のイギリス(オセアニア国という大きな国の一地方になっているのだが)が舞台で、監視カメラと密告でガチガチに統制された監視社会の中で生きている、さえない一人の男が主人公の話である。

情報が完全にコントロールされ、党にとって不都合な事実は跡形もなく抹消され、まったく別の事実に置き換えられていく。言葉そのものが変容し、かつて存在した数多くの言葉が抹消され、それに伴ってその言葉が表していた観念そのものも抹消されていく。洗脳と恐怖政治に支配されたディストピアを描いていて、先にあげたようにオーウェル自身はスターリンの支配するソ連を念頭に置いていたようだ。

この本を読んでいたころ、アントニー・バージェスの『時計仕掛けのオレンジ』(これもハヤカワ文庫だったか)を読んだように思う。スタンリー・キューブリックが監督した映画も見た。『1984年』とは設定もテーマもまったく違うのだが、なぜか管理社会への異議申し立てみたいな部分が通底する作品だなという印象を持った。

オーウェルの『1984年』は、この大震災と原発事故の後に読むといささか重苦しい。救いの無さみたいなものが全編に色濃く流れているので、明るい気持ちにはなれない。そうではあるけれども、震災前からずっと気になったままの一冊だったので、なんとか読み切りたいと思っている。

もう一冊はジェイムズ・リー・バークの『ブラック・チェリー・ブルース』(角川文庫)。元ニュー・オーリンズ警察警部補のデイヴ・ロビショーが主人公のシリーズ三作目である。といっても、これも発行年を見ると平成二年とあるので、もう二十年も前だ。同じ角川文庫から出ていた『ネオン・レイン』『天国の囚人』『フラミンゴたちの朝』までは読んだのだが、この『ブラック・チェリー・ブルース』だけ行方不明の状態だった。

デイヴ・ロビショーのシリーズは、この後『過去が我らを呪う』『エレクトリック・ミスト』『ディキシー・シティ・ジャム』『燃える天使』と、もう四冊出ているようだ。久々にこのシリーズを読みたくなった。これもまた主人公の置かれている設定はいささか重苦しいのだが、ニュー・オーリンズの風物や主人公の周りにいるチョイ役の人物たちが魅力的で救われる。

特にニュー・オーリンズの風物が鮮明に印象に残る作品で、ストーリーのあらかたは忘れてしまっても、ロビショーがボートに乗って川に出たり、小エビのカクテルサラダを食べるシーンとか、何気ない一場面が映画のカットのように思い浮かぶ。それだけ、ニュー・オーリンズという舞台が作品のしっかりとした背景になっているということなのかもしれない。

未読の後半四冊とともに、「デイヴ・ロビショー」シリーズを久々に楽しみたい。これは純粋に娯楽のための読書である。

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